再び参上、顔を隠したヒーロー

「それでどんな風に過ごしてるんだよ」

「姉妹とイチャラブしてんだろぉ?」

「……うるっせぇ」


 とある喫茶店にて友人たちに俺は揶揄われていた。

 最近はずっと亜利沙や藍那と一緒に居たから友人たちと放課後を過ごすのも久しぶりだ。まあ決まって話題はどんな風に過ごしているのかばかりだけど、俺も同じ立場なら気になってしまうかな。


「何か嫌がらせとかされてないか?」

「あ~それは俺も気になってたわ」

「されてないって。俺も少しは覚悟してたんだけど特にないんだよ」


 一応二人と付き合っていることは公言していない。けれど最近は顔が合えば話し込むことも多いし、今日の昼休みなんかには後輩の男子にも二人に手を繋がれているところを見られたりもしたが……本当に何もないのだ。


「何かあったら言えよ?」

「あぁ。リア充クソ野郎とは思うけど力になるぜ」

「あぁ。サンクス」


 本当に頼りになる友人たちだよ。


「んで? どんな風に過ごしてるんだっての」

「それくらい教えてくれてもいいだろ?」


 やっぱりそれは聞きたいことなのか。

 俺はオレンジジュースを飲みながら何か話せることはあるかなと考える。どんな風にと言われたら……何というか、一言で言うと本当に毎日刺激的な日々としか言えないかもしれない。


『隼人君好き』

『隼人君好きよ』

『隼人君好きですよ』


 亜利沙と藍那、咲奈さんから愛を伝えられる日々……それは本当に甘い奈落のような日々だ。


「なんつうか……幸せとしか言えん」

「そりゃそうだろ」


 当たり前のこと言うなってばかりに肩をトンと叩かれた。


「あの美人姉妹と一緒に過ごす日々……これで物足りないとか言ってたら俺たちはお前を殺してたぞ」

「そうだぞ? お前が幸せそうにしてるのは友人として嬉しい……嬉しいけど! あの二人に挟まれ、時にはあの特大おっぱいを押し当てられるのを見て血涙を流す男子がどれだけいると思ってるんだ!」


 声がでけえよ……でもやっぱり目立つよなぁ。

 昔から目立つのは苦手だけど、だからと言ってあの二人の好意を恥ずかしいからと言って拒否するのは俺自身嫌なんだ。


 悔しそうに握り拳を作る二人に苦笑し、俺は再びジュースを飲む。


「それで……エッチとかしたのか?」

「っ!? ごほっ!!」


 いきなりそんなことを聞いてくるんじゃない!

 完全に気を抜いたところでの不意打ち、思わずジュースを噴き出しそうになってしまった。今の俺の反応で二人は察したらしい。


「俺たちの友人は幸せでエロエロな日々を送ってるわけかぁ」

「随分と遠いところに行っちまったんだなぁ」


 これ、亜利沙と藍那だけじゃなく咲奈さんという存在もそこに加わっていることを知られたらどうなるんだろうか……ちょっと怖い。

 それから友人たちと別れ、俺は少し買いたいものがあったので本屋に向かった。


「……お、あったあった」


 昔からずっと追い続けている漫画の最新刊だ。

 友人たちも同じものが好きでよく話題にも出る漫画の一つ、人気だし買えないと思ったけど在庫があって良かった。


 本を手に取って会計を済ませ、店を出てから帰路に着く。

 もう亜利沙と藍那は家に来てるのかな。たぶん居るだろうし早く帰ることにしよう。


「……へへ」


 家で待ってくれている彼女たちのことを考えると自然と笑みが零れた。

 普通のことかもしれないけど、家に帰った時に電気が点いているというのは本当に幸せなことだ。一緒に帰った時はその限りではないが、帰った時におかえりと言ってくれる安心感は本当に心に来るモノがある。


「さてと、帰る……か?」


 少し急いで帰ろうか、そう思った俺の視線の先で如何にもなチャラ男に絡まれる女の子が居た。うちの高校の制服ではなく、たぶんだけど近所の女子高の制服だろうことが分かった。


「……誰も見てないフリしてんのな」


 後ろ姿だけ見ても明らかに女の子が困っているのは分かるのに誰も見て見ぬフリをして助けようとしない。俺は小さく溜息を吐き、チラッと視界の隅に映ったあるものを手にするのだった。


「すいません。これいくらですか?」






「あの、本当にやめてください」

「いいじゃんかよ。君あの女子高の生徒っしょ? みんな綺麗どころばかりだからお近づきになりたいと思ったんだよね」


 明らかに嫌がっている女の子に男はずっと絡み続けていた。

 走って逃げたいと思っても肩に手を置かれていて逃げることは出来ない。助けを求める目を通行人に向けてもチラッと見てはすぐに目を逸らして行ってしまう。


(……なんで誰も助けてくれないの?)


 男もそうだし通行人も知る由はないが、女の子は男が苦手だった。

 昔からあまり家族以外で男と接する機会はそんなになかったし、今は女子高に通っているということであまりにも男性に対する耐性が無さ過ぎたのだ。


 近々ある母の誕生日に合わせてプレゼントを買いに街に出たことが災いし、このようなことになってしまった。


「お願いですから離してください!!」


 少し強く声を出すと肩に置かれていた手が離れた。

 しかし、それは解放してくれるわけではなかったらしい。チッと舌打ちをした男の顔に怒りが見えた。もしかしたら乱暴をされてしまうかもしれない、そんな恐怖が女の子を襲った。


「このクソアマ……っ!?」

「いやっ!?」


 伸びてくる腕から目を逸らすように女の子は顔を背けた。だが、不思議と体に触れてくるものは何もない。一体何が、そう思って女の子が顔を上げるとそこには大きな背中があった。


「嫌がってんだろ。やめてやれよみっともねえ」

「な、なんだよてめえ。ふざけたもんつけやがって……いてててっ!」


 大きな背中に呆然としていた女の子だが、直感でこの人が自分を守ってくれているのだと理解した。男の手を掴み力を込めて握りしめたのか、苦痛に顔を男が歪めていく。


「ほら、とっとと行けよ。騒ぎにはしたくないだろ?」

「……クソが。覚えてろよ変人野郎が」


 男は悪態をつきながら背中を向けて歩いて行った。


「変人って酷くないか? 子供たちに謝れよ」

「あ、あの……」


 声を掛けるとその背中の持ち主は振り返った。

 だが、直後女の子はポカンと目を丸くした。その理由は何故か、その男性が戦隊もののお面を顔に付けていたからである。


「……お面?」

「あはは……まあ気にしないでくれ。それよりも大丈夫だったか?」


 大丈夫だったか、その声には女の子を労わる優しさが込められていた。

 現れたお面の男性に困惑はしたが、無事だったことに安堵した女の子は小さく息を吐いた。


「はい……大丈夫です。ありがとうございました」


 お礼を言って頭を下げると男性はいいからと手を振った。


「それじゃあ俺はこれで。暗くなる前に帰るんだぞ?」

「あ……」


 男性はヒラヒラと手を振りながら走って行ってしまった。

 どうしてかは分からないが、咄嗟に伸ばして空を切った自身の手に女の子は首を傾げる。そして胸に手を当てると、ドクンドクンと心臓が大きな鼓動を立てていた。


「……誰なんだろう。あの人は」


 名前は当然分からない……お面の人ととしか分からない。

 女の子はしばらく男性が去っていった方を見つめていたが、早く帰るんだという言葉に従うように歩き始めた。


 少女の胸元、そこには名前が刺繍されていた。


 “堂本”かなで、そんな文字が。




【あとがき】


この子はヒロインではありません。今のところはそう考えております。

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