その者はただ尽くしたい、どこまでも
「……あの、亜利沙?」
「何かしら?」
今日は私が隼人君に夕飯をご馳走した日、そして夜に彼を独占できる日でもある。
夕飯を終えて彼の部屋にお邪魔し二人っきりの時間を楽しんでいるのだが、目の前に居る隼人君はちょっと困ったように私を見つめていた……正確には私の頭に付けられている猫の付け耳だろうけれど。
「それは……?」
やっぱり隼人君が気になったのはこれらしい。
隼人君の前で以前に見せたメイド服を着ながら猫耳を付けている理由は一つだ。彼に尽くすメイドのような存在でありながら、彼に所有されるペットになりたかったのである。
「似合ってないかしら?」
「あ、いやいやそんなことはないよ。凄く可愛いけど……その」
恥ずかしそうに視線を逸らした隼人君の様子に、私は心の中で密かに手ごたえを感じていた。悪いとは思っても、この姿にドキドキしてくれるのならそれはそれで凄く嬉しいことだから。
「隼人君」
今いる場所は彼の部屋、私も一緒に眠るお部屋なのだ。
隼人君に寄りかかるように身を預け、私は彼の顔を見上げる。メイド服とはいっても胸元を少し開け、スカートは短めに黒いストッキングも用意して……ってこれだけ見ると変態メイドにしか見えないのは気のせいだろうか。
「隼人君、この恰好少しエッチかしら」
「……そだね」
やっぱりエッチらしい。
実を言えばいつでもこの体に手を出してもらっても構わない。ご主人様に卑しくも色目を使うこの変態なメイドを躾けてほしい。冷たい声音で、鋭い口調で跪けと命令されたい……お尻を叩いて罰を与えてほしい。
「でも……もしかしてその恰好気に入ってるのか?」
「えぇ。隼人君にご奉仕したい気持ちの表れだから」
服自体にそこまでの思い入れはないけど可愛いとは思っている。でも一番の理由は隼人君に尽くしたい気持ちからのものだ。ねえ隼人君、私に何か命令をして? 何でも聞いてあげるわ。あなたにしてあげたいことはたくさんあるの。
「……あ」
っと、そこで私は一つ思い付いた。
よし、これを隼人君に提案してみることにしよう。
「隼人君。ご主人様とメイドさんごっこがしたいわ」
「なんですかそれ……」
思わず敬語になってしまった隼人君が可愛い……。
私は今言葉にした趣旨を説明した。単純に隼人君が私のご主人様になり、私が隼人君のメイドとして接するのだ。何を命令されてもいい、とにかく疑似的なものでも私は隼人君に仕えるメイドさんになりたかった。
「……えっとそれじゃあ……膝枕でもしてもらおうかな」
「畏まりましたご主人様」
遠慮がちに口にされた願い事に私は答える。
隼人君の頭を膝に乗せ、私は彼の頭を優しく撫でた。以前に藍那がやっていて私は嫉妬してしまったけど、なるほどこれは確かに何度だってしてあげたくなる。
「気持ちいいですか?」
「あぁ。凄く気持ちいいよ」
あぁ……その言葉がとても嬉しい。
もっと役に立ちたい、もっと隼人君が喜ぶことをしてあげたい。少し前まではそれを想像して一人で色々していたけど、今となってはもう遠慮をする必要はない。けどまだ藍那のようにストレートな気持ちで求めることが出来ないのも事実だった。
「ご主人様、他には何かないですか?」
完全にメイドさんの気分の私だった。
隼人君は何かを考える素振りをしたと思ったら、部屋に置かれていたカボチャの被り物を手に取った。そしてそれを被るのだった。
「隼人君?」
「あ~ごめん。ちょっと自分を落ち着けるのと、こうしてると普段と違う自分になれる気がしてさ」
「そうなの……?」
振り向いた隼人君を見て……私は少しジワっとしてしまった。
今の彼のスタイルはあの運命の日と全く同じ、被り物の隙間から見える隼人君の眼光は少し鋭くて、普段と違う自分になれるという言葉が納得できた。
「その……変なことを言っても嫌わないで居てくれると助かるんだが」
「大丈夫よ。何だって言ってほしいわ」
そう私が言った瞬間、隼人君の纏う雰囲気が少し変わった。
「亜利沙、ちょっとこっちに近づけ」
「っ……はい」
少し低くなった声にドキッとした。
逆らう気はないけれど逆らえない、私の女が戦う前から目の前の隼人君に屈服したような感じがした。いや戦うつもりはないけれど、彼の命令に私の中の何かが震えたのだ。
「何でも命令をしていいんだろう?」
「……はい! なんでも命令してください」
凄い……何が凄いのか分からないけど隼人君の鋭い声音に体が震える。とても気持ち良くて……これは一体何なの!? ダメ、これ以上隼人君の声を聞いていたらおかしくなりそう。
「……あ~」
いざ命令をしようとしても隼人君は悩むように言葉を詰まらせた。隼人君は決して誰かに命令をするようなタイプではない。だからこそ悩んでいるんだろう。
そんな困った姿の隼人君を見て私の中には彼の命令を待つ奴隷に染まり切った自分と、彼を愛おしく思い優しく抱擁したい自分が居る……本当に私は困った人間だ。
「こほん」
「っ……」
どうやら言いたい命令が決まったみたいだ。
チラッと見えた鏡に見えた私は頬を赤くし、瞳を潤ませ、目の前の雄に従属したい雌を思わせた。あぁいやらしい、いやらしくていやらしくて自分が情けない。だからこそ隼人君、私をちょうきょ――
「お前は俺のモノだ。一生傍に居ろ」
「っ!? ……あ、ダメ……ぅん!」
俺のモノだ……一生傍に居ろ……!!
その言葉を理解した瞬間、私の体に凄まじい電気のようなものが駆け巡った。とても立っていられず、私はその場にお尻を付くように座り込んでしまった。
「……うがああああああ俺の方が耐えられん!!」
荒く息を吐く私の前で隼人君はカボチャを脱いで元の場所に戻した。
隼人君は座り込んでしまった私を心配しているみたいだけど、全然心配なんていらないの。これはもう、隼人君に私の全部が屈服したんだ。元々そうだったけど、今の言葉にまるで隼人君の所有物たる証を魂に刻み込まれたような気がした。
「……あはっ♪ そっか、これがそうなんだ」
魂まで隷属したい、そう私は以前口にした。
そうだ。これがそういうことなんだ。改めて考えてみると気持ちの悪い考えだが私は全然これで良い。私はもう、隼人君から離れることは出来ない。
「ごめんなさい隼人君。もう落ち着いたわ」
隼人君を心配させまいと立ち上がった。
少し足腰がまだ震えているけど全然問題はない。今のやり取りを持って私は完全に隼人君のモノになれた。藍那も言っていたけど、本当に私たちの気持ちって重たいなって思う。
「慣れないことはするもんじゃないな」
「ふふ、でも様になってたわよ? 出来ればこれからも時々お願いしたいわね」
「それは……勘弁してもろて」
それはどうしようかな?
あの鋭い目に見つめられたい、もう一度今みたいな言葉を言ってほしい、でもしばらくは我慢しようか。これも隼人君のため……それに期間を置いた方がもっと気持ちよくなれそうだし。
「私は隼人君のメイドさんだもの、たくさん命令してもらわなくちゃ♪ それに、母さんとこういうプレイをしたのも知ってるのよ?」
「マジで!?」
まあ母さんが嬉しそうに話してくれたんだけど。
こういう話を聞くと本当に私は母さんの娘だなって実感できる。血は争えない、どこまで行っても私はやっぱり母さんの娘なんだ。
「……なあ亜利沙」
「なんですか?」
また少しメイドさんに成り切ってみる。
頬を掻きながら隼人君はこんなお願いを口にするのだった。
「耳掃除……お願いしてもいいかな?」
「えぇ。もちろんだわ♪」
それから私は再び隼人君の頭を膝に置き、耳掃除を始めるのだった。
「どう? 痛い?」
「いや、大丈夫だよ」
亜利沙に耳掃除をしてもらいながら俺は眠気と戦っていた。
とはいえ、さっきまでの出来事があまりに強烈過ぎて脳から離れてくれない。亜利沙だけでなく、藍那も咲奈さんも本当に二人っきりになると俺の理性を消し飛ばそうとしてくるのだ。
……まあ、今更理性がなくなったとしても既にやることはやってるのでいいんだけどそれにしてもだ。毎日毎日、幸せの中にとんでもない魔物を飼っているような気がしてならない。
「……ふぅ」
なあ父さん、母さん……二人は天国で今の俺を見ているか?
もし見ていたらどんな風に感じているんだろうか。困った息子だと怒っているのかそれとも、彼女たちを助けてよくやったと褒めてくれているのか……ま、どっちもだろうな。
「亜利沙」
「なに?」
「……俺、すっげえ幸せだよ。亜利沙たちのおかげだ」
最近はこうして亜利沙だけじゃなく、藍那と咲奈さんにお礼と共に伝えている。それだけ俺は彼女たちの存在に支えられ助けられているからだ。
「は、隼人君!」
「むがっ!?」
感極まったように俺をその胸に抱く亜利沙……胸が苦しい、でもこの柔らかさを幸せに感じるあたり俺もやっぱり男なんだなと苦笑してしまう。
父さん、母さん。
色々大変だけど何とか上手く頑張ってるよ。今度墓参りにも行くし、祖父ちゃんと祖母ちゃんにも三人を合わせる予定を立てたんだ。
もしも……もしも俺を残したことを悔やんでいるならその必要はないよ。こんな風に支えられながら……ちょっとエッチな日常を送っているから笑ってくれ。だからもう大丈夫、俺はもう大丈夫だよ。
俺はもう、寂しくないから。
【あとがき】
次回で区切りですが、一旦章の終わりってことでお願いします。
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