その者は愛し愛されたい、ただそれだけ
「……えへへ」
「……ズルいわ藍那」
昼休み、眠る隼人君を膝枕する私を見て姉さんが不満そうな顔をしていた。
午前の授業が終わってすぐに隼人君と合流し私たちは空き教室に赴いた。今日は私がお弁当を作ったけれど、いつものように隼人君は美味しいと言ってくれた。
そして弁当を食べ終えて少しした時に隼人君が眠そうだったので、膝枕をしてあげたというわけだ。
「……すぅ……すぅ」
随分と可愛い寝顔で寝ているなぁ。
私はどちらかと言えば甘えたい側だけど、こうして甘えられるのもやっぱり好き。その相手が隼人君ともなると尚更だ……うん、いいねこういうの。
「姉さん」
「なに?」
「幸せだね」
「えぇ、そうね」
幸せ、それをこうやって感じる日が来るなんて夢にも思わなかった。
あの出来事は私たちにとって絶望を刻み込んだものでもあるけど、同時に隼人君と巡り合わせてくれた出来事でもある。感謝する……なんて言えないけど、それでもこの運命に私たちを誘ったことだけは神様にお礼を言ってもいいかもしれない。
「……あぁやば、私も眠いかも」
隼人君の寝顔を見つめていたら私まで眠くなってきてしまった。
「藍那も眠ったらどう? 私も……少し眠たいし」
「そう? それじゃあ……ちょっとだけ」
昼休みはまだ三十分近くあるし、午後の授業の予鈴で目を覚ましても十分に間に合う。姉さんが肩を貸してあげると言ってきたので、私は姉さんに寄りかかるようにして目を閉じた。
これは珍しいことだけど、すぐに私は眠ったんだなと実感することがある。
そうして見るのが夢、現実ではない世界のことを夢に見る。私の目の前に広がるのは普段の光景、その中に私とは違う私が居た。
『姉さん、今日はどうするの?』
『真っ直ぐに帰るわ。下劣な視線が鬱陶しいし』
すれ違う男子たちがジロジロと見てくることに夢の中の姉さんが嫌悪感を全く隠さない様子で呟いた。何も喋れない、触れることも出来ない私の前で彼女たちは廊下を歩いていく――そして、角を曲がったところで彼にぶつかった。
『きゃっ!?』
『おっと……ってごめん!』
あ、隼人君だ。
夢の中でも素敵……今すぐ抱き着きたい、抱きしめてもらいたい。何ならすぐその場で私を脱がして貪ってほしい。そんな欲求を抱える自分自身に苦笑し、私は目の前の光景に意識を戻した。
『大丈夫か?』
『う、うん……大丈夫』
尻餅をついた私に隼人君が手を伸ばしてくれる……でも、夢の中の私はその手を取ることはなくあろうことかパシンと叩いたではないか。
何をしているの? 何をしているの!? 思わず怒りを露わに掴みかかろうとした私だが、当然体は動かないのでどうしようもない。
『取り敢えずごめんな? 本当に』
『ううん、全然良いよ。それじゃあね』
ヒラヒラと手を振って離れた私は……陰に隠れて嫌悪を露わにしていた。
『いや……いやだ気持ち悪い! 男にぶつかったなんて最低!!』
……夢の中の私は隼人君に対しても嫌悪感を示していた。
ふざけるな……ふざけるな!! お前は誰に対してそんな言葉を吐いている! 私の大好きな人だぞ!? 私と姉さん、お母さんが愛している人だぞ!? その人に対してお前は何を言っているんだ!!
怒りが溢れてくる。目の前に居る私の姿をしたこの女を殺したいとさえ思う。
でも……少しだけ冷静になれば分かることがある。あの強盗に襲われる出来事がなかったとしたら、カボチャの彼が隼人君だと分からなかったら……もしかしたらこうなっていたかもしれないことに気づいたのだ。
「……あぁそうか。じゃああれは私なんかじゃない。隼人君を想わない私なんて私じゃないんだから」
声が出せる……目の前の私は私に気づいた。
目が合ったことで私は見下すように笑ってやる。自分の全てを捧げてもいいとさえ思える人と巡り合えなかったお前を見下してやる。隼人君に愛されないお前を私は徹底的に見下してやる!
「アンタはそのまま何も得ずに生きていけよ……私と同じように夢を見ることがあったら幸せそうにしている私を見て悔しがれ! 隼人君とイチャイチャしながら子作りする私を見て悔しがればあああああか!!!!」
まだまだ言葉は止まらない。
時間が幼い頃に戻ったかのように、ただただ相手に対する悪口を口にする子供の様に私は言い放った。
「アンタが絶対に出会うことのない素敵な人、それが隼人君なの! こんな私を甘えさせてくれる人、甘えてくれる可愛い人! 二人っきりになって抱きしめられでもしたら発情しちゃって子供欲しいって懇願しちゃうこんな変態の雌でも愛してくれる凄い人なの!!」
……あ、私ったら何を言ってるんだろう。
急激に恥ずかしくなって私は喋ることを止めた。……こんな夢は嫌だ、早く目を覚まして隼人君を見つめたい……見つめられたい。
「……隼人君」
そう呟いた時、私は光に包まれるのだった。
「……っ!?」
「お、起きたか藍那」
「全くもう、随分寝てたわね藍那?」
立ち上がって私を見下ろす姉さんがまず目に映った。
「……あれ?」
おかしい、私は確か隼人君を膝枕していたはず……そこまで考えた時、私が寄り掛かっている相手が隼人君だと気づいた。
「あ、ごめんね隼人君」
「はは、全然いいよ。何なら満足するまでそうしてくれてていいからさ」
「……うん」
あぁダメだ……こうやって優しくされると私、本当にダメになっちゃう。
動けなくなった私を微笑ましそうに見た姉さんは先に教室に戻っていった。まだ後少し昼休みの時間はある。なのでそれまでは隼人君を独占することにしよう。
それにしても、何か夢を見ていた気がするけど何を見ていたんだろうか。全然思い出せないってことは思い出す必要がない夢ってことなのかもしれない。
「ねえ隼人君」
「なんだ?」
「好き……本当に好きだよ」
何かあれば隼人君を想い、何かあれば隼人君のことを想像する。
事あるごとに彼のことを想う私は本当にしょうがない女だと思っている。でもそれが悪いこととは思わないし、それだけ隼人君のことを強く想っていると実感出来るから全然悪くない。
こうやってただのんびり触れ合っているだけでも満足するのに、隼人君はなんと私を抱きしめてくれたのだ。
「その……藍那が可愛くてさ。思わずこうしたくなった」
「……ふわ」
あ、ヤバい……隼人君と二人っきりの時に抱きしめられると……ううん、それもあるしそんな嬉しくなることを言われると本当にヤバい。疼く、体の奥底が隼人君を求めてしまう。
「隼人君……赤ちゃん欲しい」
「うえ!?」
「お願い……欲しいよぉ」
体が言うことを聞かない、目の前の彼を愛したくてたまらない。愛してほしくて、愛してほしくて……愛してほしい!!
『ばああああか!!』
脳みそが完全にピンク色に染まっていた時、私の声で大きな罵声が聞こえた気がした。そのおかげがあってか何とか踏み止まり、隼人君を困らせることにならずに済んだ。
「大丈夫か?」
「うん……ねえ隼人君。今日は私が夜行く番だけど……」
その先を言わないのは女の子としての恥ずかしさと思ってくれないかな? 顔を赤くした隼人君はしばらくして、分かったと頷いた。
「……えへへ♪」
隼人君を困らせることは嫌だ、でもちょっとは困らせても良いよね? その分私も隼人君に返すから。あなたを愛して、ドロドロに溶かしてあげるから。
姉さんもお母さんも同じことを考えていると思うけど、私はずっと隼人君にこの重たい愛を捧げ続ける。
この命が潰えるその時まで、私は隼人君のことを愛し続けるから。
これからの長い時間をあなたに捧げる……それはとても素敵なこと、それこそが私が望む生き方なのだ。
「ところで隼人君」
「どうした?」
「……お墓参り行きたいな。隼人君のご両親に会いたい」
「……ありがとう藍那。みんなで行こう」
「うん!」
隼人君のお父さんとお母さんにも安心してもらいたい。
私たちがずっと彼の傍に居るから大丈夫です、安心してくださいってちゃんと伝えないとね!
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