少しずつ変えられていく日々

 亜利沙と藍那と気持ちを通じ合わせ、咲奈さんとも気持ちを確認した日から数日が経過した。俺にとって大きな変化があった出来事なのは当然だが、俺を取り巻く彼女たちの様子も大きく変化していた。


『隼人君、何かしてほしいことはある?』

『隼人君とイチャイチャしたいなぁ!』

『今日も甘えてくださいね? 隼人君』


 三人ともそれぞれ違う形で俺に愛を囁いてくるのだ。亜利沙、藍那、咲奈さん、似ているようで似ていない三人からの好意……こう言ってはなんだが、このままでは本当にダメにされてしまう気がする。


「……ったく、贅沢な悩みだよな」


 三人とのやり取りを思い出して苦笑する。

 このままではダメだと、甘えたいけれど甘えるだけではダメだと頭では分かっているし俺もそう行動はする。でも、そんな当然のことですら三人は……特に咲奈さんに関しては褒め殺す勢いで接してくるのだから。


『隼人君は甘えるだけではダメ、そう思っているようですが勘違いしています。隼人君は決して甘えているだけではありませんよ。亜利沙と藍那もそうですし、私のことも常に気に掛けて助けてくれるじゃないですか』


 それは普段の手伝いであったりなのだが、俺はそれについてはして当たり前だと思っている。だから俺も彼女たちのことを気に掛けているのだが、どうもそれだけのことを彼女たちは頼りになる部分だと認識しているらしい。


『高いところにある物を何も言う前に取ってくれる。買い物に行く時に付き合ってくれる。私たちが隼人君に目を向けたら抱きしめてくれる……隼人君からしたら普通と思っているかもしれませんが、その普通を私たちは幸せに感じているんです』


 自分では普通と思っていることでも、彼女たちからしたらそうではないらしい。

 彼女たちはとにかく俺が傍に居ることを望んでいる。俺が何を言っても決して拒否はしないし、どんなことにも答えようとしてくれる。愛が重い、けれど嫌ではないのは当然だった。


「おはようっす」


 教室に挨拶をしながら俺は入った。

 その瞬間、女子はそうでもないが男子はこれでもかと俺を見てくる。悪意のある視線は感じないが物珍し気に見られていることだけは分かる。


「よう隼人」

「おはようさん」


 鞄を置いて席に座ると友人たちがいつものように傍にやってきた。

 相変わらずそれなりに視線をもらってはいるが、こうして近くに彼らが居るだけで安心出来る。


「隼人もそれなりに有名になったなぁ」


 有名……っていうと少し語弊があるぞ。


「なんたってあの美人姉妹を……って噂をすれば何とやらだ」

「え?」


 友人の片方が教室の入り口に目を向けた。

 すると二人の女子が堂々とクラスに入ってきた。彼女たちは俺を見つけると嬉しそうに笑みを浮かべ、そのまま真っ直ぐに俺の元へ歩いて来た。


「おはよう隼人君。君たちもおはよう♪」

「朝礼が始まるまではやっぱりこうしないとね」


 その二人とは亜利沙と藍那だった。

 二人が来たことで友人たちは後は楽しめよと肩を叩き行ってしまい、二人と入れ替わる形で彼女たちは俺の近くにやってきた。


「お母さん何もしなかった?」

「……してないよ」

「ふふ、隼人君ったら分かりやすいわよ」


 今日うちに朝から来てくれたのは咲奈さんだが、あの人に関してはいつも俺が起きた時に既にベッドの中に居るのだから驚きだ。普通なら誰かが傍に来れば寝ていても気づくはずなのに、どうしてか咲奈さんだけは気付けない。


『……母さん?』


 つい寝ぼけて今朝そう口にしてしまったのだ。それからは凄かった……主に感動した咲奈さんの抱擁がずっと続いたのだ。感極まった様子だったので離してくれと言えず、咲奈さんが満足するまで俺はされるがままだった。


「それにしても……なんか結構普通になったな。二人がこうして来るのは」


 学校で有名な美人姉妹、その二人が俺の元に来るのは今に始まったことではない。最初は確かに困惑されたものの、回数が続けばそれも珍しいことではなくなるみたいだった。


「あ、隼人君髪に糸が付いてるわ」

「え? マジで?」


 一体どこに、そう思った俺だったが亜利沙が手を伸ばした。そして僅かに髪に指が触れたと思った次の瞬間、まるでキスをするのではないかと言わんばかりの距離に彼女の顔が接近する。


「ふふ♪ 流石に学校だもの、我慢しなくちゃね」


 おそらく誰の目も無ければ思いっきりキスはされていたと思うし、そんな亜利沙の様子に藍那は苦笑していたものの、二人っきりになるとところかまわず甘えてくるのは藍那の方だ。


「う~ん、クラスメイトの前でもキスくらい出来るといいんだけどなぁ」

「藍那あなたは本当に……はぁ」


 藍那の言葉に亜利沙が困ったように溜息を吐く。正直なことを言えば亜利沙も時々ぶっ飛んだ言動をすることはあるものの、比較的なそう言った常識的な部分に俺は助けられることも多い。


「亜利沙は頼りになるよ本当に」

「っ……ふふ♪」


 何気ない呟きだったが、亜利沙にとってはとても嬉しい言葉だったらしい。

 そんな風に二人と話をしていた時だった。一人のクラスメイトの男子が近づいて来たのだ。


 俺と亜利沙、藍那が首を傾げる先で彼はこう聞いてきた。


「えっと……新条さんたちはどうして堂本と?」


 こうして男子が聞いてくるのは初めてだったかもしれない。

 彼はクラスメイトというだけで特に絡みはなく、彼女たちに見つめられて顔を赤くしながらも、俺を見る目には何をしたんだという意思が伝わってきた。

 友人たちが立ち上がろうとしたところで、先に口を開いたのは亜利沙だった。


「命を救ってもらったの」

「……え?」


 亜利沙の言葉にその男子だけでなく、他の人も口を閉じて視線を向けてきた。

 あのことを事細かに話すわけではないだろうが、間違ったことも言ってないので俺としても何も言えない。というか藍那が大丈夫と肩に手を置いてるからな。


「以前隼人君に私と藍那は助けてもらったことがあるのよ。そのこともあってこうして彼とは親しくさせてもらっているわ」

「命って……まさか?」

「ふふ、どうかしらね」


 そこは想像に任せる、そんな風に亜利沙はクスッと笑った。

 亜利沙は俺の方に体を向け、手を取って持ち上げた。そうしてまるで宝物を扱うように、大切そうにして目を細めて言葉を続ける。


「そういうことがあったのなら、こうして彼と親しくしていてもおかしなことはないでしょう?」

「……そう、だね」


 亜利沙に丸め込まれるように彼は頷いた。亜利沙の様子とその話から、改めて俺が二人と仲良くしている理由は彼らに知られることになった。詳細は話していなくてもそれを話したのが亜利沙だからこそ、彼らはその言葉を疑うことはなく信じたみたいだ。


「だから私と藍那は彼と仲良くさせてもらっているの。だからそれで納得してくれるかしら? あまり彼を困らせたくない……あなただって、自分を助けてくれた人が困るのは嫌でしょう?」

「……あぁ。分かったよ」


 亜利沙の言葉に彼は頷いて戻っていった。

 友人たちも何事もなかったので安心したように溜息を吐いており、俺と目が合うと親指を立ててきた。


「間違ってることは言ってないけど核心も口にはしてない。でも姉さんはその落ち着いた雰囲気と言葉で相手を信じ込ませる……凄いよね。隼人君の前では色々台無しなのにさ」

「あはは……でも助かったよ」

「だね。姉さんに任せて良かった」


 亜利沙はおそらく思ったことを口にしただけだろうけど、戻ってきた彼女の表情を見るに特に意識して言葉にしたつもりはなさそうだ。つまり彼女は天然で俺たちの関係性を怪しませず、もっとも良い形に落ち着かせたわけだ。


「亜利沙って凄いんだな」

「え? ……私、凄い?」

「うん」

「凄いよ姉さん」

「そう……ふふ♪」


 あ、凄く嬉しそうだ。

 その後、チャイムが鳴る五分前まで彼女たちはここに居た。そうして帰る間際に亜利沙がこんなことを呟いた。


「私、役に立てた?」

「え? うん。本当にありがとう」

「お礼なんて……でも嬉しいわ凄く」


 そうして笑った亜利沙の笑顔はとても美しかった。亜利沙の言葉だけでなく、藍那もところどころでそう周りに伝えていたからか俺たちが三人で居ることは普通になっていった。時々そこに友人たちも加わって話が弾んでいく。


 間違いなく俺の平凡は終わり、良い意味で俺の日常に彼女たちが加わったのだ。





【あとがき】


この話で文字数が10万文字を突破しました!

ここまで続けて来られたのも読んでくださる皆さんのおかげです。応援コメントをもらう度にニヤニヤしておりますが、本当に感謝しています!ありがとうございます!

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