隼人くんと劇的に距離が近づいてからしばらくした時のことだ。学校でも近づいて話をすることにある程度の違和感を持たれなくなった頃、私と藍那は隼人くんの友人二人に呼び出された。


 こうやって男子に呼び出される時は決まって告白をされるわけだが、まさか彼らもそうなのかと私たちは思っていた。隼人くんから時々彼らのことは聞かされており、大切な良き友人なのだとは教わっていたけれど。


「何の用なのかな?」

「分からないわ」


 屋上に向かった時、彼らはやはり二人で私たちを待っていた。


「単刀直入に聞かせてくれ。君たちが隼人に近づいたのは……あいつを陥れたりするわけじゃないんだよな?」


 その問いかけに私たちは一瞬目を丸くしたものの、当たり前だと肯定するように頷いた。どうしてそんなことを思ったのか問いかけると彼らは隠さずに答えてくれた。


 全く絡みがなかった私たちが隼人君に近づいたわけを彼らはずっと気にしていたみたいだ。ないとは思うが私たちが彼に何か悪いことをするのではないか、何か目的があって近づいたんじゃないかと考えていたらしい。

 彼を私たちに溺れさせたい、そんな目的は確かにあるが悪いことで困らせるつもりは一切ない。仔細を話すわけにはいかないが、一旦私たちの様子に彼らは安心したのかホッとした様子だった。


「……アンタたちの間に何があったかは知らない。でも、隼人が最近凄く楽しそうにしていてさ。良く笑うんだよ」

「俺たちの前でもあいつは基本笑顔だけど、それでも幸せそうっていうか……なんて言うんだろうな。欠けていたものがあいつに戻ったような感じかな」


 隼人君は家族の温もりを求めている。

 お父さんを失い、お母さんを失い一人ぼっちになっても彼は立ち上がった。でも家族を失った穴を埋めることは出来ず、永遠に消えない寂しさは隼人君の心を覆っていたのだ。


「……君たちは隼人君のことを本当に気に掛けているんだね?」


 その藍那の問いかけに彼らは頷いた。


「まあな。元々、俺たちはこんなに話すような仲じゃなかった。俺は重度のオタクだしこいつは荒れてたからなぁ」

「だな。中学の頃から喧嘩ばかりしてたから友人なんて居なかった」


 へぇ、それは知らなかったことだ。

 眼鏡を掛けた彼はオタクというもので、丸刈りの彼は喧嘩をしていたと……普段なら気にすることはないが、彼らが隼人君の友人ということもあって少しばかりの興味が沸いていた。どうやらそれは藍那も同じらしい。


「一年の頃、俺とこいつは誰も友人が居なくて一人だった。そんな俺たちに声を掛けてきたのが隼人だったんだ」

「そうだったな。いきなり一人で居るのは寂しいだろって言われた時は何だこいつって思ったけど……今じゃあこんなに仲良くなっちまった」

「そうだったんだ」


 ……珍しい、やっぱり藍那が興味を示しているのは。

 まあ興味とは言っても昔の隼人君のことを知れるからだろうけれど、私も同じような気持ちなので彼らの話に再び耳を傾ける。


「隼人を中心にオタクの俺と不良のこいつが集まった。正直水と油みたいな気はしたけど不思議と話は弾んだ。こいつの喧嘩も武勇伝みたいな感じになったし、俺の趣味も知ってコスプレもしてくれるようになったもんな?」

「いや待て、俺はそこまでしてないぞ!」


 丸刈りの彼がコホンと咳払いをして話を戻した。


「ま、そんな風に俺たちは纏まったわけだ。んで、あいつの家に遊びに行くことになった日だった。隼人の両親が既にこの世に居ないことを知ったのは」

「……そう、だったな」


 隼人君の家族の話、それは私たちにとってももはや無関係ではない。だからこそ彼らが悲しみの表情を浮かべているのと同様に、私と藍那も気持ちは似たようなものだった。


「俺たちはまだ母も父も生きている。でもあいつは……あいつはあんなに笑顔を浮かべているのに、一人だったことを知ってなんて強い奴なんだって思ったんだ」

「この歳になると反抗期っつうか、少し親を鬱陶しいと思うこともある。でもあいつは俺たちに家族のことは大切にしろって言うんだぜ? 他でもないあいつの言葉が響かないわけがない……おかげで両親のことをとことん大切にするようになったわ」


 それは……そうだろうと思う。

 ただの友達ならば家族のことを言われてもはいはいそうですかで終わるだけだろうけど、隼人君のような境遇の人からそれを言われてしまっては受け流すことなんて出来るわけがない。


「両親が居ない俺を気に掛けてくれてありがとう、そんなことを言われたけど何言ってんだって話だ。気に掛けるのは当然だし……そもそも俺たちを繋いだのは隼人自身なんだ。俺たちがこんな風に友人になれたのも、今を楽しく笑って過ごしているのもあいつが居たからなんだ」


 その言葉には多くの想いが込められているようにも感じた。

 隼人君に対する感謝と、彼に幸せになってほしいという想いを私は感じ取った。


「そんな隼人が最近アンタたちと話すことで楽しそうにしている。幸せそうにしているのが良く分かるんだ。だから俺たちは……えっと、すまん。ちょっと何を言えばいいか纏まってないわ」


 頭を掻きながらそう言った彼に私は苦笑した。

 要するに彼らもまた隼人君のことをずっと気に掛けていた。失った家族の温もりを求める彼のことをずっと考えていたのだ。ならば、そんな彼らに私が……私たちが伝えることは一つだけだ。


「私たちは隼人君を支えたいと思っているわ。出会いに関してはあまり話すことは出来ないけど、彼をもう一人になんてさせない……ずっと私たちが傍に居る」


 藍那に視線を向けるとそうだねと頷いた。


「うん。それくらい私たちは隼人君のことが好きなの。だから彼の傍に居たい、私たちが絶対に彼を寂しい気持ちになんてさせないから」


 私、ではなく私たちと言ったことに彼らは当然驚いていた。それでも、私たちの気持ちが伝わったのか笑顔を浮かべて頭を下げたきた。


「それなら頼む……どうかあいつの傍に居てほしい」


 その言葉に私と藍那は頷いた。

 周りは私たちの変化を受け入れたけど、隼人君にとって最も親しい友人である彼らはその変化を少しとはいえ疑問に思っていた。これは意外な気持ちだけど、それほどまでに想ってくれる友人が居ることに少し憧れたのだ私は。


 顔を上げた彼らは緊張が抜けたのかこんなことまで話し出した。


「ま、あいつにとって良いなら何も言えないよな。ちょい大変かもだけど」

「確かになぁ。まさかこの学校の美人姉妹をあいつがなぁ……」


 決して他人ごとではないのに私たちは苦笑した。

 色々と考えてはいるけれど、確かに私と藍那……そして母さんに愛されるのは少し大変かもしれない。それでもちゃんと愛という沼に引き摺り落とすつもりではあるけれどね。


「でも話が纏まって良かったな。アンタたちが何か悪巧みをしているんじゃないかって最初は疑っててさ。こいつなんか、もしそうなら立場を悪くしてでもアンタたちを許さないって言ってたんだぜ?」

「それを言うんじゃねえよ!!」


 ……ふふ、本当に隼人君は色んな人に想われてるのね。


 この出来事が二人に呼び出された顛末になる。

 そしてこの出会いが、私たちを少し変えたのだ。


 隼人君に対する並々ならない想い、そこには止まることのない愛があった。隼人君にも言ったけどそこに仄暗いモノがなかったわけじゃない。けれど、彼らの話を聞いて私たちが抱く隼人君への気持ちはもっと強くなった。


 仄暗く重たい愛は確かにある。

 けれど、私たち二人は彼らに宣言した。隼人君を悲しませない、寂しい気持ちにさせない、ずっと傍に居ると。


 ある意味で、彼らとの約束が隼人君への気持ちを更に後押しした結果になった。






「そんなことが……」


 いつもはふざけてばかりいるような仲なのに、そこまで気に掛けてもらえていたことが俺は嬉しかった。


「彼らと約束したことも私たちの気持ちを強くすることに繋がったのよ」

「そうだよねぇ。隼人君の友人と約束したんだから、これはもう隼人君には私たちに溺れてもらうしかないでしょ? もう一度言うね……好き」

「あ、ズルいわ藍那……私も好きよ」


 俺はたぶん、もうずっと前から彼女たちに夢中だった。

 離れて行ってほしくなくて、無意識に温もりを求めて手を伸ばし続けていた。結局認めるのが遅くなっただけだ……俺は、俺は彼女たちと一緒に居たい。ずっと傍に居てほしいんだ。


「……ずっと傍に居てほしい……離れないでほしい」

「えぇ。ずっと傍に居るわ」

「うん。ずっと傍に居るよ」


 二人から抱きしめら柔らかな感触が齎される。

 もうこの温もりから抜け出すことは出来ない。俺はもう、彼女たちに捕まった……いや、捕まえてもらいたかったのだろうか。愛に溺れる……なるほど、確かにこれは怖いものだ。だってこんなにも温かくて、安心するのだから。


「俺も……俺も好きだ」

「っ!?」

「ふわっ!?」


 好きだ……口に出して理解した。

 俺はもう彼女たちから離れられない……完全に溺れてしまった。二度と抜け出すことのできない彼女たちの愛に、俺は溺れることを選んだ。

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