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「……?」
もうそろそろ寝るか、そう思った矢先にスマホが着信を知らせた。
一体誰かと思って手に取ると、電話を掛けてきた相手は祖父ちゃんだった。直近では特にやり取りはなかったけど……あ、もしかしてあれかな。
「もしもし」
『もしもし。元気にしとるか隼人』
「元気だよ。何かあったらすぐに知らせるって言ってんじゃん」
離れて過ごしているとはいえ、俺のことは祖母ちゃんと一緒によく気に掛けてくれている。なので何かあったらすぐに知らせる約束はしているけど……そう思っていると祖父ちゃんは話したのはあのことだった。
『よく言うわ。強盗と鉢合わせしたと聞いたが?』
「……咲奈さんか」
どうして祖父ちゃんがそれを、そう思った俺の脳裏に浮かんだのは咲奈さんだ。一応今連絡が取れる唯一の肉親として、祖父ちゃんたちの連絡先は咲奈さんに伝えているのだ。数日前のことだったけど、やっぱりそのことを話したのか。
『危ないところをお前に助けられたと聞いたぞ。同い年の娘さん二人も助けてもらったとお礼を言われてな』
「うん」
『香澄が一人になってからお前は必死に支えようとしてくれていた。だからこそ流石はわしらの孫と思ったものだ。だがな? もしお前に何かあったらと思うとわしは心臓が止まるかと思ったぞ』
「あぁ……それはごめん」
確かに、一歩間違えば誰かが怪我をしていた未来もあったかもしれない。もっと酷ければあのナイフで誰かが犠牲になった未来もあり得ないわけじゃない。結局あれは運が良かっただけだ。俺も亜利沙も、藍那も咲奈さんもみんなが無事だったのは本当に運が良かったんだ。
「まさか咲奈さんがそんなに早く祖父ちゃんと連絡を取ったのは予想外だけど何を話したんだ?」
『うむ。お前の面倒を見たいと言っておった。父親も母親も傍に居ないお前のことを大層気に掛けている様子だった』
「……………」
……本当にどれだけ優しすぎるんだっての。
さっき祖父ちゃんの言葉の中に出た香澄という名前は母さんの名前だ。それはいいとしてどことなく祖父ちゃんが楽しそうな様子なのは気のせいか?
『咲奈さんか、香澄とほぼ同年代らしくてな。わしも女房もお前のことは大変気に掛けておる。それもあって意気投合して話し込んでしまったんだ。お前のことを可愛いと、甘えさせてあげたいと口にするのは香澄に似た部分があるな彼女は』
あ、祖父ちゃんもそれは思うのか。
見た目は当然違うけれど、甘えさせようとしてくる姿は確かに似ている。他人の母親なのに、あの人の胸に抱かれて甘えてほしいと言われたら逃げられなくなりそうだから。
『隼人、お母さんに甘えなさい』
『隼人君、私に甘えてください』
記憶の中の母さんと、その気になればいつでも会える咲奈さんの姿が被る。それを想像して祖父ちゃんの会話を話し半分で聞いていたのが悪かったのか、祖父ちゃんが笑った。
『香澄もお前が甘えてくれないと駄々を捏ねていたが……彼方君が亡くなってから香澄を支えたいとお前は頑張っていたからな。そうして大きくなった頃に香澄が居なくなってしまった』
「……そうだね」
ちなみに彼方というのは父親の名前だ。
まあ昔ならいざ知らず、中学生にでもなったら母親であっても甘えるのは恥ずかしくて無理だ。もちろんそうじゃない人も居るとは思うけど俺には無理だった。
「それで寂しさを感じてたら世話ないけどね」
『確かにな。それなら咲奈さんに甘えてみてもいいんじゃないか?』
「何言ってんだよ祖父ちゃん……」
『話してて思ったが、香澄と似ておるぞ咲奈さんは』
ドクンと、心臓が跳ねた。
似ている……そう祖父ちゃんに言われて確かにと今思った。見た目は全く似ていないけど、どこか雰囲気は似たようなものを感じるかもしれない。甘えてほしいと訴えかけてくるあの仕草もそうだし……後はなんだ? 何に俺は似ていると思ったんだろう。
『まあ香澄よりは御淑やかみたいだがな。彼方君を射止めるために色仕掛けとかしておったからなぁ香澄は』
「……え? 母さんが?」
なんだその知らなかったけど聞きたくなかった感じの話は……。
『うむ。まあ彼方君も満更ではなかったようだし、あの時点でうちの娘を好いてくれておったから上手く行ったんだ』
「へ、へぇ……」
何だろう……あの母さんの過去にそんなことがあったなんて知らなかった。知らなかった母さんを知れて嬉しいような悲しいような……何だろうねこの気持ち。
『それで結婚したのだが……彼方君のご実家のことはお前も知る通りだ』
「うん……でも俺は父さんと母さんが結婚して良かったって思う。そうして俺が生まれて、二人を親だと自信を持って言えるんだから」
『そうだな』
「それに、祖父ちゃんと祖母ちゃんにも会えたからなぁ!」
父さんと母さんが結婚したことが原因であっちの実家から嫌われる羽目になったけどそれが何だって話だ。父さんと母さんの間に生まれたことを俺は後悔したことなんてない、そんな風に頷いていると電話の向こうで祖父ちゃんが泣いていた。
『は、はやとぉ……わしは……わしはうれしいじょぉ……いえらが』
いえら? ……あぁ入れ歯か。
祖父ちゃんも祖父ちゃんで涙脆いんだよ。祖母ちゃんの方はそうでもないんだけどなぁ。あぁでも、一回祖母ちゃんに誕生日プレゼントをあげた翌月仕送りが相当な額だったっけ。二人ともどれだけ孫が好きなんだっての……へへ、嬉しいよほんとに。
それから入れ歯の外れた祖父ちゃんに代わって祖母ちゃんと話をして電話は切れた。
「……あ~、変わりないようで安心したよ」
病気をしているわけでもなく、どこか体が悪そうでもないから安心した。久しぶりに祖父ちゃんたちの声を聞いたから今日はよく眠れそうだな。そう俺が思ったようにベッドに横になるとすぐに眠気が襲ってくるのだった。
「~~♪~~♪~~♪」
「……?」
小鳥の囀りが聞こえ、目元に届く光が眩しい。
リズムを取った鼻歌が聞こえるような気がするけれど、俺は気にせずに目の前にあるとてつもなく柔らかいものに顔を押し付けた。
「……う~ん」
あれ……俺って抱き枕なんか持ってたか?
あのオタクの友人ならともかく、俺の部屋にはそんなものはないはずだ。掛け布団を抱きしめている? いいや違う……だってこんなに温かくて柔らかいはずが。
「……?」
まさか、俺はそう思って目を開けた。
まず目に飛び込んできたのはニットのセーター、純白を基調としたものだった。ちょっと顔を離したら、頭の後ろに回った手に再び押されるように俺は顔をその柔らかなモノに押し当てられる。
「ダメですよ。まだちょっと早いですから、もう少し私に甘えてください」
「……咲奈さんですか?」
「あんっ♪ ふふ、その通りです」
胸に顔を埋めた状態で喋ったものだから何ともエッチな声を発した咲奈さん。俺としてはどうしてここに居るんだと思ったが、そう言えば合鍵を渡していたんだった。
「いつから居ました?」
「数十分前ですよ。朝食を作りに来たのですがちょっと早くて、それで隼人君の様子を見に来たら寝ていて……ごめんなさい、こうするのが我慢できませんでした」
「あぁいえ……謝る必要は全く」
我慢できないって……うん、それにしても朝からヤバいなこれは。
目の前にあるのは巨を越えて爆の乳、香ってくる匂いはとても甘くてずっとこうしていたいと思わせられる。昨日祖父ちゃんと話をした翌日にこれとは……咲奈さん狙ってないよね?
「昔は亜利沙と藍那にもよくこうやってたんですよ。するとママって言っておっぱいに顔を埋めるんです。それがとても可愛くて」
「そうなんですね……?」
「それがとても可愛くて♪」
「はい……?」
「それがとても可愛くて♪」
……ええい!
俺は思いっきり咲奈さんの胸元に顔を埋めた。いや、抱きしめられているから同じことなんだけど逃げられないんだ。それに、こうしないときっと咲奈さんはずっとこのままな気がする。
「そう言えば、昨日祖父ちゃんから話を聞きましたよ」
「あら、そうでしたか。ダメでしたか?」
「あぁいえ……もし俺に何かあったら心臓が止まるって言われました」
「ふふ、愛されている証拠ですよ」
そう……だなぁ。
昨日の電話でそれはもう再認識した。それを思い出していると咲奈さんが再び俺の頭を撫でてきた。
「色々と話を聞いたんです。お父さんが亡くなってからお母さんを支えようと頑張ったそうですね?」
「……はい」
「まだ小さかったのに凄いことだと思いますよ。でも……それもあってお母さんに甘える機会がそんなになかったんだなとも思いました」
「ですね……その通りです」
そう呟くと、咲奈さんは俺の額に手を置いて前髪を持ち上げ顔を近づけた。
「ちゅっ」
小さなリップ音と共に、咲奈さんは俺の額にキスをするのだった。
突然のことに呆然とする俺をクスクスと微笑ましそうに見つめながら、咲奈さんはもう一度抱きしめてきた。
「よく頑張ったね。よしよし、えらいぞえらいぞ」
……だからそういうことを……ああもう!
俺は何も言えなくなり、咲奈さんの胸元に再び顔を埋めた。恥ずかしいはずなのに落ち着くその温もりに身を委ね、しばらくの間俺は咲奈さんに抱きしめられ続けているのだった。
……とはいえ、だ。
女性としての魅力と、母親のような母性……それを合体させたような愛情を向けられるのはちょっと困る。無意識に溺れてしまいそうになるから。
【あとがき】
女としての魅力と母としての魅力、それが合体すれば無敵なんです……知らんけど。
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