自由を欲する鳥は籠の中を望むか
「はい、ここが私の部屋だよ」
「……お邪魔します」
夕飯を終え、寝るための準備を終えた俺は藍那の部屋に招かれていた。
オレンジを基調とした花柄のパジャマに身を包んだ藍那の姿に、俺はどうしようもないほどにドキドキしていた。いや、それは別におかしな感情ではないはずだ。制服と私服とでは全然違う一番リラックスしたその姿なのもあるが、今いる場所が彼女の部屋というのもあるのだろう。
「あはは、そんなガチガチに固くならないでよ。そんなんじゃ寝付けないぞ?」
そうは言われましてもですね……。
俺は緊張する気持ちを落ち着けるようにさっきまでのことを思い返した。
昼食の時にも思ったけど、何とも温かな夕飯の時間だった。
彼女たちは外食をするということがなくいつも家で夕飯は済ませているそうだ。旦那さんが亡くなってから夜に四人で食事をすることはなかったらしく、俺という存在が加わってせっかくだからお鍋をしようということになったのだ。
俺としてはそんな場所に入り込んでいいのかと思ったものの、藍那を筆頭に気にしないで良いからと安心するような笑みを向けられてしまった。それで鍋を囲んで彼女たちと色んな話をしながらの夕飯となったが……懐かしい温かさだった本当に。
「ほら隼人君、座って座って」
「お、おう……」
藍那に呼ばれ、俺は強制的に意識を引き戻された。
しっかりと掃除がされている綺麗な部屋で、これぞ女の子の部屋って感じだ。勉強机の上は少し散らかっているものの、ベッドの上に置かれている多くの人形はとても微笑ましい。
突っ立っているわけにもいかないということで、俺は用意された座布団の上に腰を下ろした。
「女の子の部屋に入るのは初めてかな?」
「……その通りでございます」
「ふふ、ということは私が隼人君の初めてってわけだ!」
初めて……だからそういう誤解を招きそうな言い方をするんじゃないよ。
でもあれかな、俺みたいに彼女が居ないからこんなに慌ててるのかな。彼女が居たり女性慣れしている人ならこんな場面でも平常心を保てるのだろうか。
「……えへへ」
お互いに床に座っているわけだが、藍那はテーブルに肘を突くようにして顎を手に乗せている。そのままニコニコと笑顔を向けてくるわけだが……本当に可愛い。そんな藍那を見ていると無意識ではあったが大きな欠伸をしてしまった。
「……ふわぁ」
結構大きな欠伸だったので、思ったよりも緊張とかが重なって疲れていたのかもしれない。
「ま、もう十時だしね。それに……たぶん疲れてるでしょ? 隼人君は今日泊まることになったけど、私たちの方にちょっと無理やり感があったからさ。ごめんね」
「あ、ああいや別に謝る必要はないって!」
そうだ謝る必要なんてない。
いきなり決まったことだし俺も……実際困りはしたけど、彼女たちの提案が俺を思ってのことだとは気づいていたから。家族が居ない、だからその寂しさを埋めてくれるように気遣ってくれたことは良く分かってる。
「……元々俺が家族の話をしちゃったのが原因だよ」
そう言うと、藍那は咄嗟に手を伸ばしてきた。
両手で俺の手を包み込むように……温かい、彼女の手はとても温かかった。
「それでも、私は知れて良かったと思う。隼人君はお礼とか全然いらないって言ったけど、そんな隼人君にお返しが出来ると思ったから」
「……そっか」
「うん。だからいいんだよ……大丈夫だからね。これからは私たちが居るから」
……………。
マズい、今ヤバいくらいに顔が熱い気がする。真っ赤になっているかは分からないがきっとなっているんだろうなぁ。藍那は気付いているだろうけれど何も言わない、それが今はありがたかった。
それにしても、私たちが居るから……か。ヤバいなぁ、そう自分でも分かるくらいに嬉しく思っているのが理解できる。この手の平から伝わる温もりを手放したくないなんてことを思ってしまう。
「ふふ、取り合えず布団を敷こうか」
「……あ」
藍那の言葉に、俺はさっきまで感じていたドキドキが吹き飛んでしまうほどの緊張が再び襲ってきた。
既に夜の時間帯、さっき藍那が寝付けるのかなと聞いてきた原因の一つだった。掃除の関係や諸々の事情も含め、藍那の部屋で寝ることになったのだ。私の部屋で寝ようよと最初に言ったのが藍那で、亜利沙と咲奈さんも特に何も言うことはなくそうすればと頷いていた。
いや、年頃の男女を二人にしていいのかと思ったのだが……いくら彼女たちの恩人のような立場とはいえ厚すぎる信頼が少し重たい気もする。絶対に裏切れない、鋼の心を持てよと俺は強く自分に言い聞かせることになったわけだ。
「俺が敷くよ」
「良いよこれくらい」
いやいや、泊らせてもらうんだからそれくらいはさせてほしい。
予め持って来ていた布団が置かれている場所に向かおうとしたところで、思いの外足が痺れていたらしい。
「……あ、ちょ!?」
「え? きゃっ!?」
俺は立ち上がろうとしたところで足を絡めてしまい、藍那に倒れてしまうことになったのだ。咄嗟に藍那に怪我がないようにと俺の体を下にして彼女を抱き留めた。
「っ……ごめん、大丈夫か?」
「うん。私は平気だけど……?」
怪我がなさそうで安心した。
だが何かポカンとした様子で藍那は言葉を止めた。一体何を、そう思ったところで俺は自身の手の平に伝わるとてつもなく柔らかいものに意識が集中した。
何が起きたのか、それは単純だった。
俺の左手が彼女の豊満な胸元を掴んでいたのだ。柔らかく温かな感触、じんわりと指が沈んでいくが押し返してくる弾力もあった。
「ご、ごめん!!」
やってしまった、そうは思いながらも俺はすぐに手を離して藍那からも離れた。何を言われるかビクビクしていた俺だったが藍那はクスクスと笑うだけだった。まるで胸を触られたことなんてどうでもいいと言わんばかりに、彼女は慌てる俺を見てただ笑顔だった。
「あはは! 隼人君ったら慌てすぎだよ。胸を触られたくらいじゃ怒らないよ?」
「……そんなもんなのか?」
「私以外だと分からないけどね。ふふ、何なら思う存分揉んでみる?」
胸元のボタンをパチッと外す。
ぷるんと震えるように谷間が露出した。左胸の内側に小さな黒子が確認出来たところで俺は視線をサッと逸らすのだった。
「……いいんだよ、隼人君になら――」
「何か凄い音が聞こえたけど何かあったの?」
藍那が何かを呟いていたその時、亜利沙が部屋に入ってくるのだった。
普段のクールな印象とはかけ離れ、ハムスターの顔がドアップに描かれたパジャマを着ているその姿に俺は救世主を見た気がした。
「……残念。姉さんタイミング悪い!!」
「ふ~ん?」
何が起きていたのか分からないのは当然だ。でもきょとんとして首を傾げているその姿はとても可愛らしかった。でも……なんで亜利沙は布団を持ってきたんだ?
「私もこっちで寝るから。藍那には伝えていたけど」
「……え?」
「うん。今日はここで私たち二人と隼人君は寝るんだよ?」
……………。
それからあれよこれとという間に俺と亜利沙が使う布団が敷かれ、ベッドがあるはずなのに一緒に並んで寝たいと藍那も布団を敷くのだった。
見事にならんだ三つの布団、さながら漢字の川を思わせる並びだ。
「電気消すね?」
「えぇ」
「……………」
三人で横になり、藍那が電気を消した。
傍に誰かが居る感覚、布団が擦れる音が妙に耳に残る。時計の秒針の音も気になってしまうくらい俺は内心パニックだった。
「……すぅ……はぁ」
気持ちを落ち着けるように深呼吸をする。
すると幸いなことにすぐに眠気が襲ってきたのだ。そう言えばさっきから眠かったんだよな。藍那とのやり取りがあってつい忘れていた。
「やっぱり眠かったんだ」
「藍那はともかく私も寝る時間だし普通ね」
「まるで私が夜更かしするみたいな言い方だね……」
「違うの?」
本当に仲が良いなこの二人は。
……あぁでもそうか。緊張の中で忘れていたけど、夜に誰かが傍に居るのも随分久しぶりだな。というよりも、外泊をしなかったからずっと夜は一人だった。夜が来れば一人……ずっと一人だった。
「……突然だったけど、今日は本当にありがとう。久しぶりに家族の温もりを思い出した気がするよ」
眠い……俺は体の力を抜いた。
「いいのよ。おやすみなさい隼人君」
「安心してね。おやすみなさい隼人君」
両サイドから二人の声を聞き、思ったよりも早く俺は眠りに就くのだった。
完全に意識が暗闇に沈む直前、両の手が何かに包まれる気がした。
「これからはずっと」
「私たちがあなたのそばに」
愛の形には色んなものがある。
純粋なもの、或いは恐怖を伴うモノ、自己中心的なものと様々だ。
そんな中、彼に向けられる愛はとても深く、重く、溺れたいと思わせる底無し沼のような愛だ。気付かないうちに心に欠けている部分を埋めたいと思わせる愛、それは少女たちが意図しなくとも彼を縛り付ける。
愛を求める者、愛を与えようとする者の両者がぶつかるとどうなるか、答えは簡単だ。
反発することなく混ざり合う
【あとがき】
怖い愛より溺れたいと思わせる愛を書けるようにがんばります。
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