008 女勇者と思ったら、イケメン勇者だった
「魔王様! 勇者が現れました!」
はいはい、分かったよエリーたん。
今日はやけにハスキーな声だね?
風邪でもひいたのかなぁ?
「はいはーい! 待ってたよー!」
俺が扉を開けると山羊の骸骨が立ってた……。
絶倫じゃねーか。
「はて? どうかされましたか?」
表情の無い山羊の骸骨が小首を傾げる。
可愛くないよ?
むしろ怖いからな!
「えっと、エリーたんは?」
「エリーたん? あぁ、エリー女史ですか? 彼女なら最近女勇者の相手ばかりで疲れたので休むと言ってどこかに行かれましたが?」
ナンダッテー!
これは一大事やぁ!
いや、これはチャンスやぁ!
女勇者との仲を進行させるチャンス来たじゃーん!
「うむ、それは致し方あるまい……。とりあえず俺は先に転移で玉座の間に行く。お前はくれぐれも……く・れ・ぐ・れもゆっくり来い?」
「はっ? はぁ……」
絶倫が不思議そうな顔をして返事する。
だって、お前みたいな奴が来たら女勇者ちゃん怖がるじゃーん!
今日は名前でも聞いてみるかなー。
できたら男性の好みくらいまでは聞きたいけどなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は絶倫を放置して玉座の間に移動した。
今日は剣戟の音が聞こえるなー。
もしかして、勇者ちゃんレベル上げしながら来てるのかな?
あっ、音が止んだ。
気配が近づいてるなぁ……。
おっ、今日は4人居る。
魔法使いと僧侶復活か?
まあ、どうせすぐ飛ばしちゃうんですけどねー!
「お前が魔王か!」
え、誰このビキニアーマーのお姉さん……戦士ってお父さんじゃなかったの?
っていうか、魔王城にそんな装備でよく来れたな。
「クリス勝手に進むな」
「むっ……すまない!」
続けてさらさらの赤茶色の髪をした男が入ってくる……誰?
「待ってくださーい!」
修道女の恰好した女が入って来た。
あっ、こけた……嘘だろ?
何もないところで転ぶ運動神経の悪い女が魔王城にたどりつけるのか?
「みんな焦り過ぎ……」
魔女っ娘キタ――!
あれっ?
セクシー魔女だった……。
まあいいや……。
やけに胸を強調したボディコンみたいな服着てマント羽織ってる。
ボディコンとか分かるかな?
分かるよね?
分かるといってくれ!
分かるものとして進めよう!
「さて、失礼したね。あなたが有名な魔王様かな?」
何こいつ?
様付けされてるけど、若干上から見られてる感じでイラッとするわ……。
「動揺しているようですね。私はセントレアの勇者ムスカと申します。
突然ですが、貴方の命頂きに参りました」
こいつの丁寧語腹立つわ……。
絶対自分がカッコいいって思ってるよね。
というかハーレムパーティで魔王城攻略とか舐めてんの?
そもそも女勇者ちゃんは?
どこいった?
「何か、お答えいただけませんか?」
女勇者ちゃああああん!
「無理無理、ムスカがカッコ良すぎて言葉も出ないってさ!」
女勇者のこと考えてたら、戦士がなんか言い出した。
おいっ、ビキニアーマー黙れ。
「魔王って童貞って噂じゃない? 女の子に相手にされないなんて哀れね」
セクシー魔女がクスクス笑う。
黙れビッチ!
剥くぞ!
誰が童貞じゃーい!
俺が童貞じゃー!
相手さえ選ばなければとっくに捨てられるんじゃ!
負け惜しみじゃないぞ……!
いや完全に負け惜しみですね……辛い……。
「セリーちゃん、お下品なこと言わないでください! でもムスカ様と比べるとちょっと可哀想ですね……」
君も何気に酷いね……つか、もう勇者許さん!
勇者に直接何か言われた訳じゃないけど、絶対に許さん……!
とりあえず深呼吸して、気持ちを落ち着けよう。
「ふむ……気は済んだか?」
俺は4人の目を順番に見据える。
「フッ……」
鼻で笑ってやったぜ!
あとはおごそかに決める!
「俺が魔王だ」
よし、頑張った俺……。
精一杯の威厳を保てたはずだ……たぶん……きっと……。
やっべ、勇者たちが冷や汗垂らしてるっぽい。
「くっ、魔王の癖に生意気な!」
おい露出痴女!
あっ、うちの部下の方が酷かったわ……。
この半端痴女!
魔王ってのは王様だぞ?
しかも勇者にしか倒せない強者だぞ?
なのに、たかが人間の戦士が生意気とかどういうことよ?
「この余裕……流石魔王か……急に威圧感が増した」
イケメン勇者は性格もイケメンだなー。
俺のこと直接乏したりしないし……ムカつくぜ!
「まさか……童貞っていうのは嘘だったの?」
おいっ、ビッチウィッチ!
っていうか、誰がその噂広めてんの?
どれくらいの人が知ってんの?
「はぅ……怖いですぅ!」
エセドジッ娘がほざくな!
あのね、あんたここに来てる時点で相当の実力者だからね。
さっきも何もないところで転んだけど、ステータス的に有り得ないだろ。
可愛い顔してあざといな……。
ムカつくからちょっとだけ、魔力開放しちゃおーっと!
おーおーおー、4人の顔が真っ青で魔族みたいやでー。
「この魔王は他の魔族とは桁が違う……! なんとか時間稼ぐから、転移の魔法でみんなは逃げるんだ!」
「ムスカは?」
「私は残る! 魔法の発動時を狙われたら全滅だ! それは阻止する!」
魔王の前で作戦暴露しちゃってるよぉ……。
なんで勇者ってこんなに真面目なの?
バカなの?
死ぬの?
「私も残る! ムスカを置いてなんて行けるか!」
「クリス分かってくれ! 私1人ならなんとか逃げられる! セリー、どうだ?」
「魔法陣の生成と、詠唱で4分……場所を選ばなければ詠唱省略で2分」
この間に1分くらい経ってないか?
すぐに魔法陣作らないと……。
「それでいい! どこに飛んだってここよりはマシだ!」
「私は残ります。あの魔王を補助魔法無しでどうにかできると思いますか?」
「ナナリーも行くんだ!」
ふーん、君補助魔法使うんだ。
黙ってても手の内ボロボロ言ってくれるのねー。
ははは、呆れるわ。
それでも戦士がゴネてる……もう3分経ってるよ?
完全版の転移するつもりだったら1分稼いだらいいだけじゃん……。
「分かった……だが、必ず生きて戻って来いよ!」
「あぁ、私を信じろ!」
いいねードラマだねー。
君たち魔王の目の前って分かってる?
面白いから放置してるけど……。
あっ、誰か来た……この気配は絶倫か。
間の悪いというか、良いというか。
「魔王様! 大丈夫ですか?」
絶倫おっせーよ!
爆笑寸劇終わっちゃったよ?
もっと急げよ……一緒に笑えたのにさ!
「……魔王様?」
あっ?
顔に出てた?
「新手が来ましたわ!」
「なんだこいつは!? なんでこんな化け物が今頃出てくるんだ!?」
「セリー、詠唱短縮で構わないから急げ!」
「……分かってるわよね? 絶対にあなたも逃げるのよ!」
終わったみたいだねー。
リアル魔王戦だったら100回は殺されてるぞ。
「魔王様、これは?」
「目の前でわざわざ作戦や手の内をガンガン晒してくれるのが面白くてな」
小声で絶倫に一部始終を伝える。
あっ、表情分からないけど心底可哀想な人を見る目してる……と思う。
「ふっ、余裕だな魔王……悪いが最初から全力で行かせてもらう……!」
勇者が一瞬で間合いを詰めてくる。
え、こっちはこんなに待ってあげたのに、君はいきなり来るんだ……ずるくね?
「遅すぎますね」
「なんだとっ!?」
勇者の全力の一撃を絶倫が片手で防ぐ。
衝撃の余波が来るけど、俺にしたら微風程度の攻撃やねー。
「ムスカ! やっぱり私も残る!」
「来るなクリス! こいつはお前よりずっと強い! ここは私に任せるんだ!」
カッコいいねームカつくねー。
だから意地悪しちゃおっと!
「手出し無用だ……好きに攻撃させてやれ……」
俺がそう言って、絶倫を下がらせる。
「御意に……」
絶倫が俺の後ろに移動する。
おーなんか俺大物っぽくね?
なんで今日に限ってエリーたんじゃないんだよ!
絶倫のバーカバーカ!
「馬鹿にしてるな……。どうやら全力じゃ足りないか。……ならば!」
あらら、魔力暴発させちゃってまあ……。
でもすごいね……抑え込んでるだけでも流石勇者だわ。
コントロールはできないんだろうけどね。
「ムスカ!」
「ムスカ様!」
戦士と僧侶が悲壮感溢れる表情で勇者を見てるのが笑える。
なに悲劇のヒロイン気取ってんの?
ここの主人公俺なんだけど?
「できたわ! ランダムテレポーテーション!」
きっちり2分!
仕事は確かなんだな。
「……良かった。……私がいなくなってもしっかり生きろよ」
あーあ、勇者様の魔力尽きちゃった。
「えっ? 嘘っ!」
「ムスカ様? ……いやっ! セリー止めて! いやだ、いやあああ!」
「ッ……」
戦士と僧侶が凄い顔してる。
魔法使いのあの表情……勇者が助からないの知ってたねー。
でもそういう覚悟嫌いじゃないよ?
魔法陣が光を放って三人を包み込む……。
そして、この場から三人が姿を消すと……あら不思議!
何故かランダムで飛ばされた場所は勇者様のすぐ傍でした。
「えっ?」
「あれっ? ……ムスカ様? それに魔王?」
「そんな馬鹿な!? 術式は確かに発動したわよ!?」
3人が狼狽してる姿がめっちゃ面白い……。
「たまたま転移した場所が魔王城の玉座の間とは運が無かったな」
「魔王……貴様っ!」
ぷぷぷ、なにさっきのやり取り。
俺がいなくなってもしっかり生きろよとか言ってなかったっけー?
いやぁって……僧侶ちゃんいやぁって……凄い悲痛な声上げてたよね?
魔法使いの覚悟……マジ無駄な覚悟だったね。
うわ、後ろでめっちゃ絶倫が笑い堪えてるのが分かる。
「感動の再会だな……プッ……プクッ……」
魔王の演技無理ですわー。
戦士と僧侶と魔法使いが死んだ魚の目してる。
これどっかで見たな……あっ、扉の前で回復するアホ共を邪魔した時か!
あの時の勇者パーティの目と一緒や。
「まっ、魔王さま……さすがにこれはプッ……ちょっと、可哀想かとプクク……」
絶倫、笑ってもええんやでー。
「クッ、せめて……せめて一太刀浴びせないと……死んでも死に切れん!」
勇者が鬼気迫る表情で斬りかかってきた。
でも残念、これでもくらいやがれっ!
「パルックボール!」
今日のビックリドッキリチートマジック!
たった今作りました!
まぶたの裏側に直接、超高輝度光源を発生させる魔法です。
まあつまり、回避不能の目くらましってやつね。
「目が、目がぁ!」
フッフッフ、勇者殿が目を押さえてのたうち回っておられる。
いや、ムスカって名前を聞いた時からこれやりたかったんだよね。
「てなわけで、サヨーナラー!」
俺がそう言うと、4人の瞳に絶望の色がはっきり映し出される。
やり過ぎちゃった……でも後悔はしていない。
安心して希望の町……いや、絶望の町に戻すだけだから。
「テレポーテーション」
4人を転移させると玉座の間は静かになった。
はあ、落ち着いて考えたら完全にイケメン勇者への妬みと八つ当たりだわ。
自己嫌悪だわ……。
魔王なのに器がちっちゃくて辛い……。
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