第2話 これが貴方達の選択の結果




 社交界に元婚約者アレクシスが出かけたというのを聞いて私はアベル様と一緒に出掛けます。

 着た事のないような綺麗なドレスを身に着けて。


「あの……これ、本当に私が着てもよろしいのでしょうか?」

「構わない、君の為に用意したんだ」

 アベル様は噂とは正反対に私に優しく微笑んでくれます。


 その違いに私は戸惑ってしまいます。


「さて、着いたようだな」

 アベル様は私の手を取ってくださり案内してくださいました。


「やはり、五月蠅い場所は好かんな」


 社交場へとついたアベル様は騒めく人達に聞こえない程度の声で言いました。

 心底嫌そうな声でしたから、私は不安になりました。

「無理はなさらないでください」

「いや、君の為だ」

 アベル様は優しく私に微笑んでくださり、そして驚いている二人を見据えます。


 私を捨てた人と、その人と添い遂げることになる人。


「アレクシス様、ごきげんよう。新しい婚約者様と睦まじいようで何よりです」


 いつものように淡々と言う。

 褒めているのか貶しているのか、この口調の所為で良く分からないと言われますが、今回の私は褒めています。


 これから起きる事を、知らずにのんきできるその頭の花畑具合を。


「ふん、俺に捨てられてどこぞの知らん貴族の婚約者に成り下がったか」


 騒めく周囲に全く気付かず、アレクシスは言います。

 青ざめている人もいるというのに。


「ご紹介しますわ。こちらの御方は私の婚約者、ガロウズ公爵様。アベル・ガロウズ公爵様。アレクサンダー陛下の弟君で、大戦の英雄の一人。素晴らしい御方でしょう?」


 私の言葉に、二人は硬直する。


「お初にお目にかかる、私はアベル・ガロウズ。不老公爵と名乗れば分かりやすいかね?」


 真っ青になる二人を見据えたまま、アベル様は私の手を優しく握ってくれました。


「貴殿が婚約破棄してくれたおかげで私はエミリア嬢と婚約できた、礼を言おう」


 アベル様の声は決してお礼を言うような声ではありませんでした、とても冷たい冷たい、侮蔑を含んだ声でした。


「英雄の娘との婚約を一方的に破棄した貴殿は、廃嫡――クレスト家を追放、家は貴殿の弟が継ぐことになった」

「そ、そんな事あるわけが――!!」

「ならば後で帰って見ると良い、それと――」


 アベル様は赤い目で女性の方を見据えます。


「ルネス伯爵の娘、ベティ・ルネス。貴方も家を追放になった。爵位没収か、娘を追放するかの二択に、伯爵は家を取ったようだ」

「お、お父様はそんな事はしないわ!!」

「なら確かめるといい、そして絶望するといい」


 アベル様は私の手を掴んだまま社交場に背を向けます。


「エミリアの為だけに、今回顔を出したのだ。やはり好かんな人がいる場所は」

「そうですか」

「エミリアはどうかね?」

「いいえ、私もそこまで好きではありません」

「そうか、なら今後は必要最低限のやり取りで十分だね」

「はい」


 アベル様にエスコートされて私は社交場を後にします。

 罵る二人の声など、そよ風のようなもの。

 可哀想な御二人、相手の身の上を知らないから、こうなったのです。





「父上!! 何故入れてくれないのですか!!」

 アレクシスは声を張り上げ門を揺する。

 門の向こうには父であるクリストファーがいる。

「……お前は知らなかったのか、エミリア嬢の御父上は伯爵だが、本来は侯爵の身分を与えられている程の英雄。本人の意向で身分はそのままで発言力だけは侯爵家より上になったのだ」

 静かな怒りのこもった声で、アレクシスにクリストファーは語る。

「何より、エミリア嬢の御父上――私の親友バージルが私を大戦で助けていなかったらお前は生まれていなかったのだぞ!! 親友だからこそエミリア嬢との婚約ができたのにお前は私に相談もなく一方的に破棄をして!! 私は恩人を裏切ったことになる!!」

「そ、それは……」

「私は恩人の顔に泥を塗ったお前を許すわけにはいかない!! だから――」

 アレクシスの両腕を男達が拘束した。

「バイロン辺境伯の所で預かってもらうことになった、下働きの身分でな。お前が婚約者にした女もそこで働かせることになっている」

「な?!」

 バイロン辺境伯の領地は、危険な領地の一つであり、そこを統治しているバイロン辺境伯の国王陛下の信任は英雄と同等に厚い。


 つまりそこで預かられるという事は命がけで日々を過ごすことになるのだ。


「ち、父上!! お、お許しください!!」

「黙れ!! さっさと連れて行け!!」

「離せ!! 父上、許してください!! 父上ー!!」


 連れていかれるアレクシスの声を聴きながらクリストファーは重い息を吐く。


「何故お前はそう育ってしまったのだ……いや、全て私の責任か……」


 その呟きは誰にも聞かれることなく夜の闇へと消えていった。





「あの二人はバイロン辺境伯元へと連れていかれているようだ」

「そうですか、お父様」

「少しは溜飲が下がったかな?」

 お父様の言葉に私は首を振ります

「溜飲が下がるというよりも、哀れに思います。私のお父様がどういう人物か理解していればこんなことにならなかったのに」

「あ゛――……確かに、私も今思えば侯爵の爵位貰っとけば良かったよ、もしくは宮中伯と明言しておけば良かった」

「だから発言権があるのでしょう、お父様」

「それは当然だ」

「少し調べればわかるのに、自分達のお父様にも聞かないで婚約破棄とか略奪とか、頭がお花畑なのですね、あの方々は」

「エミリア、本当に哀れんでるのか?」

「ええ、可哀想に。バイロン辺境伯様の所は皆お強い方々ばかり、非力なあの二人がどこまで持つでしょうか?」

「脱走は基本死を意味するからな、あそこは。持つ持たないもないか、だ」

「そうですか…」


 バイロン辺境伯――ブルース・バイロン様とはお会いした事があります。

 とても優しい御方でしたが、お父様と手合わせした時はまさしく英雄の名にふさわしいお姿でした。

 もちろんお父様もです。

 そして互いに。


『年は取りたくないな』


 とぼやいていた事も覚えています。

 とても私にお優しくしてくださった方ですから、あの二人がどうなるか少しだけ心配です。


 落ちぶれるのは構いませんが、死なれるのは流石に気分が良い物ではありませんので。


「――ところで、式の日にちなのだが」

「はい? お父様、今なんとおっしゃられましたか?」

「ああ、だからお前の式の日にちだ。アベルの奴が『悪い蟲がエミリアにたかる前にさっさと式を身内だけで上げてしまいたい、俺は派手なのは好かんがエミリアがそうでないならそっちの意見を』と急かしてきてな」

「――私も派手な結婚式は好きではありません、ですからアベル様のお心のままに」

「エミリア……お前はもう少し意見をいっても良いと思うぞ?」

「私は意見を述べておりますので」

「そ、そうか……」


 お父様は割と誤解しがちですが、私はきちんと自分の意見を持って、言っております。

 その意見と同じだから同意しているだけです。


 お父様のお顔を立てたのはアレクシスとの婚約だけで、後は全て自分の意見を述べております。


 けれども、どうもお父様にも誤解されがちの様です。


 私のこの表情乏しい顔がよくないのでしょうか?







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