第3話 結婚しました




 結婚の日にちが決まりました。

 それまで、慌ただしくなり、持っていく荷物などの準備に追われました。

 お父様は時折。


『不老って言っても、あいつ俺より年上だしなぁ……』


 とぼやいていましたが、私は気にはしません。

 毎日のように家に顔を出して、私の様子を気遣ってくれる優しい方なのですから。

 ただ、毎回のお土産が豪華すぎてちょっと怖いですけども。


 不老侯爵と呼ばれるアベル様にたずねてみました。

 私が年老いても傍において頂けるか、と。


『勿論だ、君が死ぬまで傍に置こう』


 嘘偽りのない、真剣な眼差しと声で返された私は信じる事にしました。



 そして結婚式は、綺麗な衣装と美しい教会で国王陛下と、お父様たちの身内だけでひっそりと執り行わられました。


 アベル様はあまり、人が好きではないようです。

 ですので、アベル様の身内は国王陛下のみとなりました。



「今日から君が暮らす部屋だ」

「……」

 美しい部屋に私は呆然としてしまいます。

 こんなきれいな部屋ですんでよかったのでしょうか?

「こんなきれいな部屋……私が住んでも良いのでしょうか?」

 思わず口に出てしまいます。

「勿論だとも……私の母の部屋なのだがね」

「アベル様の?」

「ああ、兄上の母が亡き後次の御后になったのだが、周囲の陰口に心を病んで早死にした……それが原因で私は兄上以外の身内が嫌いなのだ」

「……」

 私はアベル様の繊細な部分に土足で踏み入ってしまった気がしました。

「そのような事をお話させてしまい、申し訳ございません」

「謝る必要はない、君はいずれ知ることだった。早かれ遅かれ」

 アベル様はそう言って私の頬を撫でます。

「だから、気にしないでくれ」

「はい……」

 優しく微笑んでくれているアベル様が、痛々しく見えるのはきっと気のせいではないでしょう。



「ガロウズ公爵様、ご結婚おめでとうございます」

「バイロン、他人行儀はやめてくれ」

「ははは! お前がそう言うならお言葉に甘えさせてもらおう!」

 あのバイロン辺境伯様がいらっしゃいました。

「おおー!! あのエミリアちゃんがこんなにおっきくなったのか!! 俺もオッサンなるわけだよなぁ……」

「バイロン辺境伯様、お久しぶりです。バイロン辺境伯様もまだまだお若いですよ」

 私がそういうとバイロン様は笑顔でいいました。

「お世辞はいいよエミリアちゃん! 俺は十分オッサンだからさ!」

「お世辞ではないのですが……」

 実際お父様同様お若く見えるので、正直に言ったのですが受け止めてもらえなかったようですが、本人がそう思ってるなら仕方ないのでしょう。

「バイロン、祝いは嬉しいが家を空けて大丈夫なのか?」

「はははは!! 息子夫婦がしっかりしてくれるから大丈夫だよ!!」

「そうか……」

 バイロン辺境伯様はそう言ってからからと笑ってからなんでもないように、言いました。

「あ、エミリアちゃんちょっと久々にアベル――君の旦那さんとお話したいから連れて行っていいかい?」

「はい、久しぶりならどうぞごゆっくり。私は此処でお待ちします」

「すまないな、エミリア。なるべく早く戻る」


 お二人が部屋を出ていくと代わりに、真っ白な肌の侍女らしき方々が入ってきて、私の傍に近寄りました。


「奥方様、どうぞごゆっくり」

 人間的でない無機質な声に、私はたずねます。

「貴方達は、自動人形オートマタ?」

「はい、私達は主と奥方様の為にここにいます」

「……」

「お茶はいかがでしょうか?」

「お願いします」

 お茶の用意に行くオートマタの姿を後ろに見ながら思いました。


 此処迄徹底して、人間を排除してきたアベル様がどうして私を奥方にしようとしたのか分からないからです。





「あの二人はどうしている?」

「今も脱走しようとあがいているぞ? 無駄だってのに。仮に脱走したとしても障壁無しの二人は魔物の餌になる未来しかないな」

 アベルの質問に、ブルースはそう答えた。

「それならいい、死んだらエミリアが悲しむ」

「そう言えば、なんでエミリアちゃんと結婚しようと思ったの?」

「エミリアが美しかった、見た目ではなく、中身が、な」

 ブルースの問いかけに、アベルは中身を強調した。

「最初は年が離れている事と、婚約者がいるから言い出せなかった。だが、婚約破棄の件をすぐに知り、同じような事で彼女が傷ついたら嫌だと思い言い出した」

「ほへー……」

 ブルースは意外そうな顔をする。

「それに私はもう年をとらん、人嫌いの所為で魔術等に没頭したらこの様だ」

「羨ましいかぎりだよ」

「……確かに、今回ばかりは肉体年齢が止まってくれていてよかったと思っている」

「20歳から年は取らなくなったんだもんなぁ」

「老化はせず、鍛えられればその分伸びるままという不気味な状態だがな」

「羨ましいぜ、俺ももう少し魔術とか極めてればなぁ」

「その年で若き頃と変わらぬ実力の持ち主であるお前の方が恐ろしいがな私には」

「そうか?」

 アベルの言葉に、ブルースは首をかしげる。

「――あまり長居をしては息子夫婦に負担がまだ大きそうだろう、早く帰ったらどうだ?」

「そこは遠回しじゃなくて、新婚生活楽しみだから早く帰れって言ってもいいんだぜ?」

「……何故わかる?」

 ブルースは爆笑した。

「あはははは!! 当たり前だろ、俺だって新婚の時はゆっくりしたかったんだぜ!! 仲が良いとかなら二人きりの時間を楽しみたいだろうさ!! と言うわけで俺は帰る、仲良くしとけよ」

「ああ」





「バイロン辺境伯様がお帰りに? 見送りを――」

「要らないそうだ、さっさと家に帰って仕事をと言っていたのでな」

 バイロン辺境伯様がお帰りになられた事を聞いて、私は驚きました。


――しかも見送りもいらないなんて……――


「私、何か失礼な事をしてしまったでしょうか?」

 不安になってアベル様にたずねてしまう。

 アベル様はあっけにとられた表情をしてから、微笑んでくださいました。

「いや、バイロン辺境伯殿なりの気づかいだ。新婚夫婦の時間を奪わないようにと、ね」

「まぁ……」

 そんな気遣いをしてくださった事に心から感謝をいたしました。

「さて、ではお茶でもしようかエミリア」

「はい、アベル様」

 私がそう呼べば、少しだけ不服そうなアベル様の顔が見えましたが、私は何か失礼なことをしてしまったでしょうか?

「あのアベル様、私……」

「いや、違うのだ。君と私の年齢と元々の身分差を考えれば仕方ない。でも少し寂しいのだ」

「寂しい?」

「君に様をつけられて呼ばれるのが、少しね」

「では……貴方様?」

 私が問いかける様に言うとアベル様は少し顔を赤くしてから首を振りました。

「いや、そういう意味ではないのだよ……その……様付けは止めて欲しいのだよ。ただのアベル、と」

「……努力、致します」

 アベル様をアベル、と名前だけで私は呼べるようになるのでしょうか?


 でも、アベル様がお望みならば期待に応えなければ。





『親父殿随分早く帰りだな、少し位休んでもいいんだぜ?』

「馬鹿いうなクルス、お前の時だって新婚だから気遣ったんだぞ俺は」

 馬車の中で通信魔術でブルースは息子と会話をする。

『そういや、あの二人また脱走しようとしたからさすがに20回目だから折檻部屋行きなったぜ』

「こりん二人だなぁ、いや学習能力がないというべきか」

 息子からの報告にブルースは呆れる。

『そんなだから英雄の娘と婚約破棄とか考えるんだろ? 噂では、人形のように愛らしい御令嬢――なのに、なんであんな派手で馬鹿な女に乗り換えるかなぁ?』

「何だ、有名なのか?」

『ベティ・ルネス。男をとっかえひっかえすることで有名な令嬢だったぜ? まぁ、最後に手を出した男が悪かったな!! 英雄の娘の婚約者!! 婚約者も馬鹿で破棄しちまう!! エミリア令嬢が可哀想だぜ』

「まぁ、でも馬鹿男と結婚しなくて良かったんじゃないか? まぁ、でもまさかアベルの奴がエミリアちゃんと結婚するとは予想外だったがな」

『噂の不老公爵だろ? 俺ちょっと不安なんだけど親父殿、そこんところ大丈夫なのか?』

「ああ、大丈夫だ。人には分からんがアイツはエミリアちゃんにべた惚れだからな」

『おっと、ワイバーンが来やがったそうだ。親父んじゃな』

「帰るまで頑張れよ」

『おう!』

 ブルースは息子との通話をきり、ふぅと息を吐く。

「びっくりとしたのはエミリアちゃんがぱっと見全く傷ついてないようにみえることなんだよなぁ……でも傷ついてはいる。やっぱりあんな男でも好きだったのかねぇ……?」

 呆れの笑みを浮かべて、ブルースは目を閉じた。







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