第32話 ~癒~
僕は野良だ
好きに雨宿り
好きに歩き出す
今日は川原を抜けて
駅に向かっていた
川原は虫が多いけど
ねずみが少ないからさ
出かけ始めてすぐ
空が暗くなってきた
えー、雨が降ってくるのかな
毛が濡れるの嫌だなぁ
そう思ったところで
もう歩き出してしまっている
駅につけば屋根もあるから
なんとかなるだろう
そう思っていた矢先
ポツリと僕の鼻に
雨粒が落ちてきた
にゃぁぁぁ!
降ってきちゃう!
とりあえず雨宿りをしよう
そう思って近くを見ると
犬や猫の写真やイラストがある
小さな店が見えた
ふふーん、僕は知ってるよ
こーゆーお店はね
猫を邪険にしないんだ
雨が少しずつ降ってきて
屋根の下で雨宿りをする
軒下を借りるだけじゃ悪いかなぁ
とりあえず手土産でも
置いておこうかな
本格的に雨が降る前に
僕は少し離れた所を回って
少し大きめのおうちの庭で
まるまるとしたトカゲを狩る
怒られる前に逃げ出して
さっきのお店の屋根の下に戻った
入口にぐったりしたトカゲを置いて
強くなった雨が止むのを待ったんだ
雨音を聴きながら
ボーッと待っていたら
入口が開く音がして
低く綺麗に広がる声が
からかうように響いた
「ちっこいお客様がいるねえ」
「雨が上がるのを待ってるのかい?」
そっちの方を向くと
少しだけチャラそうな
ピアスをした男の人が
こちらを覗いている
あ、どうもですー
ここのお店の人かな?
雨宿りさせてもらってるよー!
あ、これ、場所代をどうぞだよー
さっき置いたトカゲを
僕は男の人の前に出し直した
ぺこりと頭を下げると
また空を眺めたよ
「なんだいこれは?」
「ああ、もしかして」
「雨宿りのお代?」
「それとも狩り自慢?」
知らない人に自慢なんかしないし!
場所代! 雨宿りしてるから!
抗議でにゃあにゃあと鳴く僕の前に
男の人は外に出てきた
トカゲを透明なケースにいれて
丁寧に保護しているようだ
トカゲ食べないの?
え、生かしとくの?
もしかして飼うの?
君、変な人間だねー
中に入って、また出てきた男の人は
小さい機械のスイッチを押すと
すーっと大きく吸い出した
ふうと煙を吐くと
僕に話しかけてきたよ
「猫ちゃんよ、濡れてるみたいだな?」
「今はお客がいないから、入っていきな」
「お代をもらったからには」
「プロとしてさ、それなりにしたる」
ん?プロ?
どゆこと?
男の人は吸い終わると
僕をゆっくり抱き上げた
動物と接するのが得意なのか
僕は嫌な気持ちにならない
そのままお店の中に入ると
しっかりしたテーブル、小さな浴槽
ドライヤー、銀色のハサミ
なんか色んな機械
そんなものが見えた
あ… ああ… こ、ここは…
ペットサロン!?
この人、トリマーだ!
い、い、い…
いやぁぁぁぁ!
にゃぁぁぁぁ!
離してえええ!
昔、飼い猫だった僕は
あの時の地獄が蘇った
ペットサロンは無理やり
毛繕いをさせられるところ
お湯をぶっかけられて
変な泡だらけにされて
指をたてて痛くされて
勝手に毛を切られて
熱風をかけられるんだ
拷問でしかない!
「そんな暴れんなって」
「濡れてるんだから乾かしたるよ」
「その前にシャンプーね」
いや、いや、いや!
けっこうですうう!
にゃぁぁぁぁぁぁ!
た、助けてええええ!!!
バタバタと暴れる僕を
ものともせずに
慣れた様子でシャワーを出し
少しずつ僕にかけだした
「はははは、助けなんかこねぇんだよ!」
「身を任せたまえ!」
また低く響くその声は
なんでか知らないけど
わざとらしく台詞を吐く
とても楽しそうだ
なんでだよ!
僕は玩具じゃない!
なんなのおおおお!
た、た、助けてええ
やだぁぁあああ!
し、しんじゃう!
いやあー!!!
…って、ん? あれ?
僕を少しずつ濡らした所から
トリマーさんはゆっくりと
手のひらで押してきたり
くるくると撫でたり
つまんできたりする
あ、あれ?
痛く無い…? 苦しく無い…?
むしろ、なんか気持ちいい
なんで?どうして?
拷問じゃないの?
体がほぐれていくみたいだよ
トリマーさんは白い液体を泡立たせて
シャカシャカと僕の毛を洗っていく
その手は優しくてあったかくて
なんだかとてもホッとする
「お客様、お気に召しましたか?」
またまたわざとらしく
台詞みたいに話しかけてくる
なんなんだろうね
変な人だね、面白いけどさ
まあでも、気持ちいいねー
前とは全然ちがうよー
ふにゃぁぁ~
「野良猫からお代をもらう事なんて」
「レアケースだからね」
「そんな律儀な子には、少しくらいオマケ」
「良い雨宿りにさせたげような」
なんとなく優しい感じで
話しかけてくるトリマーさん
僕は暴れるのをやめて
目を閉じた
泡を流す感じが終わると
大きいタオルで毛を拭かれた
その時もゆっくりと
僕をマッサージしている
なんとなく目を開けると
僕を笑顔で覗き込んでいた
「黒くて綺麗な毛艶してるから」
「乾かして梳かすだけで良さそう」
おや、初めてだなぁ
僕は獲物を追いかけて
毛はいつも汚いからさ
こんな風に言われたことは無い
悪くない気分だよ
にゃははは~
トリマーさんはドライヤーを持ってきた
慣れてない僕に配慮してか
とても弱い熱風で
長い時間をかけて
ゆっくりと乾かした
どんどんとツヤツヤに
ふわふわになる僕の毛
「ちっこいお客様、終わったよ」
「お疲れ様でした」
櫛で毛を梳かされると
今までにないくらい
体が軽く感じた
「どうだったかな?」
「トカゲをくれた対価は」
とても気持ちよかった!
怖いものだと思ってたから
びっくりしたよ!
雨宿りだけじゃなくて
こんなに良くしてもらって
ほんとにありがとうねー
疲れるどころか
疲れがなくなったよー
僕はぺこりとしながら
にゃぁぁと鳴くと
トリマーさんは笑った
「じゃあ、また機会があったらな」
そうだね、あったらいいねー!
その時はまた、手土産を持ってくるよ!
入口に向かって歩き出す僕に
トリマーさんはドアを開けてくれた
雨は上がっていて
遠くに薄く虹が見えていた
バイバーイ! ありがとね!
僕はまたひと鳴きして
駅に向かって歩き出した
たぶんもう会わないけどさ
良い思い出ができたよね!
僕はもうすぐ死んじゃうから
思い出は大事なんだ
僕は黒猫だ
好きに雨宿りしたら
面白い人がいた
僕は黒くて影のような生き方
そんな生き方しかできないけど
たまにこういう事があると
影に潜んでいるのも
悪くないかなって思うんだ
野良猫の独り言 哉子 @YAKO0919
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