第33話 ~朗~

僕は野良だ


好きに聴く

好きに笑む


最近は寒くなってきて

川原には近づきたくない


草露が毛に付こうもんなら

体の震えが止まらなくなる


なんとなく獲物を探しに出たものの

寒くて寒くていられない


僕はさっさと見切りをつけて

大きい人のカフェに逃げ込んだ


あー 寒いー 寒いよー

ちょっとー 大きい人ー?

コタツ無いのー?

猫はコタツで丸くなるって

知らないのー?


ムスムスと鳴く僕をよそに

仮住まいにしてるカフェは

相も変わらずだ


大きい人は僕を見ても

好きにさせている

それが当たり前のように

自分も忙しそうだ


そんな中を僕はテクテクと歩き

カウンターの下で丸くなる


そこが僕の定位置

勝手に決めたんだけどさ


陽の光が当たって気持ちいい

そこに丸くなってウトウトする


そんな時だ


いつものように

カランコロンと音がして

カフェのドアが開いた


誰がカフェに来ようが

僕には関係ないけどさ

少しの音がすれば

勝手にそっちを向いてしまう


ドアからゆっくりと

入ってきた人を見上げる


いぶし銀の髪に

口ひげを生やしている

メガネをかけた

温厚そうなおじさん


あれ? あれ?

見覚えがあるよ?


僕のよく知ってる人…

もしかして、太陽の人!?


僕が立ち上がって

ニャーニャーと鳴くと

太陽がこっちを向いて

目を丸くした


「おや? この黒猫は…」

「もしかして、野良じゃないか!?」

「最近は商店街で見ないと思ったら」

「こんな所にいたのかい?」


うわー!うわー!

久しぶりだねぇ!


大きい人がテーブルに案内して

お冷とメニュー表を出すと

太陽はコーヒーとクロックムッシュを頼み

ホッとひと息ついたようだ


「美味しいカフェがあると聞いて」

「散歩がてらに来てみたら」

「まさか野良がいるとはね」

「驚くとはこのことだ」


僕もびっくりだよ!

元気だったー?

あ、元気だからここに来たのか!

わははー!


僕は嬉しくなって

太陽の足元に丸くなった


直接触れてるわけでもないのに

なんとなく暖かい感じが

じんわりと伝わってきて

僕はぬくぬくとしてしまう


温厚な顔でそれを見ると

太陽は一冊の本を取り出した


真剣な顔で読み始めると

声を出さないように

口元だけで読んでいる


んー? 本なんて読むの?

なんか口ずさんでるー?

太陽の鼻歌はよく聞いてたけどー

なんとなく意外だねー


頭上の太陽を見て

ニャーとひと鳴きすると

太陽がニコリとして

表紙を僕に見せてきた


「この本はね、君みたいな」

「黒猫が主人公のお話だよ」


そうなんだー!

もしかして太陽は

黒猫が好きなのかな!?

そうなのかな!?


半ば興奮して鳴く僕を見て

太陽は僕の頭をナデナデした


「商店街の催し物でね」

「子供たちに読み聞かせをするんだ」

「どうせなら私が好きなものを」

「朗読して伝えようと思ってね」


そう言って本に目を戻した太陽は

運ばれてきたコーヒーをひと啜り


そうかそうかぁ~

太陽は僕たちが

黒猫のことが

好きなんだなぁ


僕は真剣に本を読んでいる

太陽の足元に居続けた


外はとても寒いけど

なんとなくポカポカする


大きい人はそれを見て

なんとなく微笑んでいる


はは、良い日だねぇ

このまま眠っちゃおうかな


僕は黒猫だ


嬉しい出来事は

突然やってくるものだね


クロや僕の存在が

太陽が黒猫を好きになった

理由のひとつかな?


そう思うとね


僕はなんとなく

自分が誇らしくなるんだ


日陰に居続けること

それが僕だとは自覚してる


日向に出るのだって

僕には向いてはいないけど


それでも僕を伝えてくれる

そういう存在がいるってこと


僕はそれが

鳴くほど嬉しいよ

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