序章
Nebula
「またか……」
少年が小さな声で呟いた。
彼の名はカゼルタ。
カゼルタの目の前には無惨に崩れ落ちた家があった。
立ち尽くすカゼルタの元に、一人の少女が駆け寄っていく。
「どうしたの、カゼルタ。」
「見ろ。」
カゼルタの目線を追いかけた少女がハッと目を見開き、口を覆って呟く。
「ひどい……最近本当に多いわね。」
「ああ、ここ二日で三件も被害が出ている。別の地区でも被害が多発しているらしいぜ。」
「見過ごせないわね。そろそろ私たちも動くべきかしら。」
「嘘だろ、ディアナ。」
カゼルタは少女の顔を見つめ、驚いたような表情を浮かべた。
ディアナと呼ばれた少女は眉をひそめ、答える。
「何を驚いているのよ。そろそろやらないと、この辺りの治安がまた悪くなるでしょう?」
「貧民街に治安もクソもねえだろ……」
「そんな中でも、少しでも平和に過ごせるようにするのが私たち『nebula』の役割なんだから。文句言わないの。」
貧民街では自らの身を守るため、数人の集団を作って生活することが基本。
数多くある集団の中で最も力の強い集団がその辺りの貧民街の治安を守る役割を負っている。
通称、『自衛軍』。
自衛のために動く組織だから、という安直な呼び名だ。
そう、彼等は此処一帯の貧民街を守る自衛軍『nebula』のメンバーなのだ。
十五歳以下の幼い子供六人のみで構成されているにもかかわらず、この辺りで『nebula』の名を知らぬ者は居ない。
実際に多くの功績を挙げているからだ。
先程の少年「カゼルタ」は最年少の九歳。
大人びた発言が多く、少し見ただけではそんなにも幼いとは気付かないだろう。
また、「ディアナ」はわずか十三歳でありながら『nebula』のリーダーを務める少女だ。
彼女は三年前の大規模な抗争に巻き込まれ、両親が行方知れずになり貧民街へとやってきた。
物心ついた時から貧民街にいる者たちをたった3年で追いやり、大人でもなることは難しい『自衛軍のリーダー』という地位についた、恐ろしいほどの実力を持つ。
二人が向かう先は『nebula』の基地。
基地には他の『nebula』メンバー四人が集まっていた。
「ディアナ、遅かったじゃない。……あら、カゼルタも合流したの?」
漆黒の髪に紫の瞳を持った少女が驚いたように目を見開く。
「うん、ごめんねエリゼ。心配かけた。」
「全くよ。二人とも何の連絡もせずに出ていくんだから。せめてどこに行くのかくらい書いておいてよ。」
燃えるような赤い髪に水色の瞳の少年が茶化すように叫ぶ。
「ったく、エリゼは俺たちのかーちゃんかっての。」
「あんたたちを産んだ覚えはないんだけど。それにハン、あんたみたいな奴の母親になるなんて願い下げよ。」
「二人とも喧嘩しないでよー!」
「喧嘩なんてしてないわよ、ペーナ。あ、だからいちいち泣きそうになるのはやめなさいって。」
茶髪に翡翠の眼を持つ少女の丸い瞳に涙が溜まっていくのを見てエリゼが慌ててなだめる。
「ねえ、さっきからうるさいんだけど。眠れない。」
金髪に灰の瞳の少年が不機嫌そうに囁いた
「あなたは眠りすぎなんだからちょうどいいわ、テレム。ちょっと報告したいことがあるからみんな集まって!」
ディアナ、エリゼ、ペーナ、カゼルタ、ハン、テレム。
『nebula』はこの六人で構成されている。
揃いも揃って特徴的な容姿をしているからわかりやすい。
ダークブロンドの美しい髪に血のように紅い瞳を持つディアナ。
茶色い髪に透き通った翡翠のような瞳を持つのがペーナで、夜闇のような漆黒の髪に紫色の瞳のエリゼ。
燃えるような真っ赤な髪と案外冷たい水色の瞳を持つハンに青い髪に海のように深い藍色の瞳がカゼルタ。
そして、金髪にいつも眠たげに細められた優しい灰色の瞳を持つのがテレムだ。
「家を手当たり次第に壊して回っている奴らのことは知っているでしょう?」
「最近被害が増えてるやつだろ?」
「その通りよ、ハン。で、そろそろ私たちも対策をとるべきだと思っているのだけど……何かいい意見はあるかしら。」
皆が真剣に考え込む。
「とりあえず、殺すか?」
「待ちなさい、カゼルタ。血気盛んにも程があるわ。」
「ディアナの言う通りよ。何も殺すこともないんじゃないかしら。」
「でもよ、こいつら前にも一度潰してるだろ。それでも懲りてないんだったら仕方ねぇんじゃねえの?」
不満そうにハンが呟く。
「殺す、の?」
不安そうにペーナが囁いた。
「まあ、そうね。今回は仕方ないかもしれないわ。」
「なら、決まりだな。方法を考えようぜ。」
「こいつらは軍隊くずれの酔っ払いだったよな?
人数は4、5人。手下は大したことなかったがリーダーは少し厄介だった記憶が……」
「どうしましょうね……こら、テレム起きなさい。また寝ているの?」
机に突っ伏して眠るテレムに声を掛ける。
相変わらず表情は眠たげだが、状況は把握している様だ。
「何か良い案はない?」
「うん……自爆させるのは、どうかな。奴らが爆弾を設置して逃げようとしたところで、僕たちが退路を塞いで爆発に巻き込めばいいんじゃない……?」
「相変わらず奇抜ね、発想が。自分の身を守る方法も一緒に提示しないところが、特に。」
エリゼが横から口を挟んだ。
「でも、どうやって私達の身を守るのー?」
ペーナが不安そうに聞く。
「私たちが通れるだけの隙間をあけておけばいいわ。そうすれば大人は通れない。」
ディアナの意見に皆が賛成する。
「それでいいと思うよ……」
そう言いながらも、ペーナの表情はどこか不安げだ。
僅かに震えるペーナの手を握り、ディアナがそっと囁く。
「無理に殺す必要はないわ。ペーナは後方支援中心で大丈夫よ。現場に出る必要はないわ。」
「うん。ありがとう」
ほっとした顔を見せた。
「それじゃあ明日の深夜に決行よ。武器、それに扉を塞げそうな物を調達しておいてね。あとは、敵が今日のターゲットにするだろう家を探っておいて。カゼルタ、銃の用意はよろしく。」
皆が頷く。
「よっしゃあ!それじゃあ解散だなっ。カゼルタ、この後町に行って火薬でも買ってこようぜ!」
「なんでハンは真っ昼間からそんなに元気あんのよ……」
夜型のエリゼがあくびをして呟いた。
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