日本一を目指して!

Ep.35 道標と足跡

 円華の得点が決勝点となり、アクルクスは沖縄学院大学附属に5対4と辛くも勝利をおさめ、決勝トーナメント進出が決定した。

 試合終了と同時に折り重なって抱き合い、決勝進出を喜ぶアクルクスメンバーの元に、ウィンディーネの相馬が近寄ってきた。


「決勝トーナメント進出、おめでとう」

「相馬さん、ありがとうございます。とても白熱したいい試合だったと思います」

 こういうときにも愛想がない星南に代わって、泉美が礼をいう。

 すると、相馬は「永忠さん」と円華を呼んだ。

「相馬さん……?」


 相馬は声を発することを戸惑うように、視線をわずかにそらせる。しかし、すぐに円華のほうを見て、無理やり微笑むように口端をあげた。


「君がたったの三ヶ月でこれほど、レベルアップするなんて、正直いって、あの合宿のときには想像もしていなかった」

 次第に相馬は声を震わせる。目の縁を真っ赤にしながら、それでも凛と立つ百合の花のような、気品を漂わせたまま右手を差し出した。


「私は今日でこの部は引退だ。でも、大学に進学しても必ずラクロスを続ける。だから、三年後にまた対戦しましょう。そのときは、今よりももっとうまくなって、永忠さんにも、必ず勝ってみせるから」


 円華は差し出された右手を握り返した。


「はい。三年後に、今度は学生選手権の舞台で会いましょう」


 それ以上は何もいわず、相馬はチームメイトの元に戻っていった。

 肩を震わせ、誰かれ憚らず泣きじゃくるウィンディーネのメンバーたちを慰撫するように、彼女たちの肩をそっと抱いて、相馬はグラウンドを後にした。


「あんな立派な道先案内人がいれば、まどっちの夢への道は明るいですね」

「うん」

 ぼんやりと、相馬の姿を見送りながら頷く円華に、佳弥子が屈託なく笑いかけた。 

「次はまどっちが道標にならなきゃですね。この足跡をたどる、子どもたちのための」


 振り返ってグラウンドを見る。秋晴れの空に映える芝の上にこもった熱を拭い去るように、爽やかな風が吹き渡っていた。




「決勝トーナメント、進出おめでとう!」


 泉美の自宅でもある、居酒屋「うしゃがり」の座敷には、ラクロス部員と顧問の須賀が予選リーグの打ち上げと決勝トーナメント進出決定の祝勝会を兼ねて集まっていた。

 全員でジュースの入ったグラスを掲げて乾杯する。テーブルにはうしゃがり自慢の料理が、所狭しと並んでいた。


「来月の決勝トーナメントで、ラフローレと直接対戦か。合宿のリベンジせんとなぁ」

「予選でも圧倒的強さだったらしいですよ、ラフローレ」

「せやけど、そのチーム相手に、1クォーターで5得点カマすチームが全国にはおんねんから、恐ろしい話やで」


 英子が神妙な顔で腕組みしている。

 佳弥子がいうように、ラフローレはゴーリーの獅子堂と、鉄壁のディフェンスによって、相手のアタック陣を寄せ付けることなく、当たり前のように無失点で予選Bグループを一位通過している。

 決勝トーナメントは予選AグループとBグループの一位同士が対決する。ここで勝利すれば、全国大会が決定するので、アクルクスにとっては事実上の決勝戦だった。

 しばらくすると、友美が遅れて店にやってきた。手にはラベルのついていないDVDを持っている。


「みんなおまたせ、ラフローレの予選のビデオ、借りてきたわよ」

「さすがコーチ! 手が早い!」

「仕事が早い、よ!」

 友美が英子にツッコミを入れながら、持ってきたラップトップに映像を映した。


「合宿のときよりも、全体的におとなしいというか、堅実さが増してる?」

 映像を見ながら泉美がいう。

「合宿はある意味、お祭り気分だったのかもね。派手なプレーをしていないだけで、合宿のときより確実にスピードもパスの精度もあがってるわ。双子も無意味なノールックパスとか、ギブ&ゴーをしてないだけで、確実に3番と4番にボールを集めてるし、ゴール裏から9番のセットプレーもある」

「要するに、全方位から攻撃可能ってことね。ディフェンスは?」


「基本はゾーンディフェンスね。3番、5番、7番がゴール前に入ってくるオフェンスを排除してる。

双子も積極的にディフェンスに参加してるし、相手をゴール前に寄せ付けない守りを徹底してる」

「まさに守るも攻むるも、か」

「で、どうすれば勝てるんや?」


 英子の問いに、星南がクイズ形式できく。


「ゾーンディフェンスの最大の弱点は何だと思う」

「ゾーン外を守れないことでしょ?」

 答えたのは裕子だ。

「意外ね、正解よ」

「馬鹿にしてんの? アタシ元バスケ部なんだけど」

「攻め入ってくる相手に、1対多で守るのがゾーン。逆にいえば、エリアの外の選手はフリーになる。ラクロスはオフサイドがあるから、自陣にはゴーリーを除くと六人しか残れない」

「要するに、外でパスを回して、ゾーンを崩して一気に攻め込むんやな?」

 そういった英子に星南は首を横に振る。

「ちょっと違う。相手が1対6で守るなら、こっちは6対5で攻める」

「マンアップってことよね。積極的にファウルを狙いに行くとか、そういうこと?」

 

 ラクロスでは、相手に対して一人多い状態になることを、マンアップ、逆に少なくなることをマンダウンという。

 メジャーファウルのペナルティなどで、警告を受けた選手が一時的にフィールドの外に出ていると、ファウルをもらったほうはマンダウンとなる。

 しかし、星南は「いいえ」と首を振る。


「ファウルを狙うというよりも、相手の心理をついて数的優位を作る」

「なんか、必殺技的なんはないんかいな? こう、ズバーンと決まるみたいなシュートとか?」

「漫画じゃあるましし、そんなもの……」

 星南はじとりとした目を英子に向けたが、すぐに「いや」と短く呟いて、考え込む。


「……あるかもしれない、必殺技」








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