Ep.36 無邪気と闘志

 決勝トーナメントは予選リーグのときと同じ競技場での開催だった。

 競技場の前は芝生広場のある公園になっていて、試合前の簡単なウォーミングアップをここでできるのもありがたかった。


「ついに決勝トーナメントだね」

 競技場の高い照明塔を見上げて泉美がいい、美海は頷き返した。春に星南がラクロス部を作ったときには、本当にここまで来れるとは思ってもみなかった。

 今日、神山学園に勝てば全国大会出場が決定する。

 もちろん、プレッシャーはある。けれど、今はそれよりも遥かに、わくわくする気持ちが上回っていた。


 移動しようと部員たちが荷物をまとめ始めたとき、芝生広場のむこうの遊歩道に、競技場へむかうジャージー姿の集団が姿を見せた。その中の一人がこちらに気づき、飛び跳ねるように両手を振って駆けだした。


「ミーウーッ!!」


 神山学園のあすなが美海に駆け寄り、そのままの勢いで飛びついた。危うく倒れそうになるも、咄嗟に泉美が支えてくれた。

 それに気づいた神山学園の選手が一人、慌てて走ってきてあすなの首ねっこを掴んだ。


「こらっ、あすな! 子どもじゃないんだから! ごめんね、怪我してない」


 美海は思わず見上げていた。180cmを越える大柄な選手は、ラフローレの3番、アタックの佐生だ。前髪ごと後頭部で縛ったひっつめ髪で、身長の割に全体的な顔のパーツはやや小さい。


「大丈夫です」

「ミウ、ちゃんと約束守ってくれたんだね!」

「約束?」

 美海が首を傾げると、とたんにあすなは唇を尖らせて、眉を寄せる。

「もー、いったじゃない。地区大会で戦うの楽しみに待ってるって!」

「ああ」困ったように美海は笑う。「あれ、約束だったんだ」

「ミウ! わたし、あれからいーっぱい練習したよ! 夏よりももーっとパワーアップしたんだ!」

「夏の時点で十分強かったんだけどなぁ……でも」美海は握りこぶしをまっすぐにあすなに突き出した。「私も、いっぱい努力したよ。あすなと戦うために」


 あすなは子どもみたいに無邪気に笑って、こぶしを合わせた。


「どっちが勝っても、恨みっこなしだからね!」


 行くぞ、という佐生に引きずられるようにして、あすなは去っていった。



 決勝戦ではチームごとにロッカールームが割り当てられていて、アクルクスの選手たちは着替えを済ませると、友美の周りに集まってミーティングを始める。

 佳弥子がミディに入り、千穂がベンチスタートになった以外は、いつも通りの布陣だ。


「この二週間、わたしたちは徹底的にラフローレ対策を行ってきた。でも、はっきりいうわ。その程度の練習で勝てる相手なら、毎年、九州王者になんてなってない」

 はっきりいいすぎじゃない? と内心思ったのを美海はぐっとこらえた。

「ラフローレはわたしたちの想像のずっと上を行くプレイをしてくると思う。でもね。アクルクスだって、ラフローレの想像よりも、遥か高いところを目指して翔んでる。徹底して積み重ねてきたことを、試合でも徹底する。反復して体に叩き込んだ動作を、瞬時に呼び出す。極限の状態でそれができたチームが、勝利を手にするわ。あなたたちが目指す全国の舞台はもう目の前。みんな、気合入れていくわよ!」

「おおーっ!」


 選手たちの声がロッカールームに響き渡る。

 いよいよ、全国大会をかけた大一番が始まろうとしていた。



 グラウンドのスタンドは観客たちで埋め尽くされていた。その歓声という大波の真っ只中に立つだけで、アクルクスの選手たちは気分が高揚してくる。

 アクルクスがウォーミングアップを始めようとしてフィールドに踏み出したとき、まるでボリュームのスイッチが壊れたのかと思うほどの歓声が弾けた。


 昨年の九州地区王者、神山学園ラフローレの選手たちがグラウンドに姿を現したのだ。しかも、選手たちは観客席に手を振る余裕すらあった。


「これ、もしかしなくても、どアウェイってやつ?」

 泉美が苦笑いを浮かべる。

「そうだな。まあ、創部一年目のチームにファンが付くはずがないしな。でも、イズちゃん、嫌いじゃないだろ。こういうシチュエーション」

「そうね。燃えるわ」泉美は息巻いた。

 

 やがて、ウォーミングアップも終わり、選手たちはセンターラインに整列する。

 美海とあすなはポジションが同じなので、整列したときに真正面になった。彼女は静かな闘志を秘めた目でまっすぐに美海を見つめる。飛びつくこともハグもせず、ただ一言「いい試合にしようね」といった。

 いい試合とはなんだろう、とふと思う。

 アクルクスが勝ったら、あすなにとっていい試合になるのだろうか。


 美海は頭を振って雑念を追い払う。

 今は勝つことだけを考えよう。



 センターサークルに星南と2番の可児かにが立つ。夏合宿の練習試合で二人は対戦している。しかし、この日の可児は星南の正面ではなく真横に立った。

「引きドローか」

 ドローには「押し」と「引き」の二つがある。押しは力のかけ方をコントロールし、ボールを上に飛ばす。一方、引きはパワーのある背筋を使って、相手のドローを力で上回り自分の背面、つまり敵陣近くにボールを飛ばすドローだ。押しドローと引きドローとでは立つ位置が逆になるため、星南の隣に立ったのだ。

 星南は自陣を確認する。

 3番の佐生さそ理央りお。彼女の高い身長は、シュートだけでなくパスをキャッチするのにも有利だ。

 審判がボールをセットし、「レディ」と掛け声をかけた。

 ピッ!

 ホイッスルと同時に可児が全力でクロスを引き、ボールを引っ掛けた。

 可児の狙い通りに、右寄りに陣取っていた佐生めがけて、ボールは高く打ちあがる。

 リストレイニングライン内の選手は、ボールが獲得されるまで線を踏み越えてはいけないルールがあるが、クロスを伸ばし空中でキャッチすることは可能だ。

 佐生が手を伸ばしてポケットに収めようとした瞬間、助走をつけて跳躍した瑠衣がボールをかすめ取った。


「狙い通りっ!」

 着地した瑠衣は素早く駆け寄った佳弥子にぽんとボールを浮かせてトスを出す。

らん、15番マーク!」

 可児が指示しながら駆け戻る。

 双子の姉、7番の二葉藍が、左サイドライン際をクレードルしながら駆け上がる佳弥子と並走する。スピードは佳弥子を上回り、あっという間に進路をふさがれる。

「はい、これまでー」

 欄が佳弥子のクロスめがけてクロスを振り下ろす。

 その瞬間、佳弥子がニッと笑う。

「残念でした」

 カツンとクロスがぶつかる感触は確かにあったのに、佳弥子のクロスからボールがこぼれることはなかった。

 藍は一瞬、我が目を疑うように佳弥子を凝視した。佳弥子は途中でパスはしていなかった。つまり、最初から


 そのとき、逆サイドのれんが叫んでいた。

「1番だっ!」


 ラフローレのメンバーがその声に反応したときには、すでに右サイドにいた星南は瑠衣からパスを受けてシュートモーションに入っていた。

 誰もが、左サイドの佳弥子に注意がむいていた。

 それはゴーリーの獅子堂も同じだった。


 11mエリアの外側から、星南がステップを踏みサイドスローでシュートを打った。

 弾丸のようなシュートが獅子堂の脇をすりぬけ、ボールはラフローレのゴールに突き刺さっていた。

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