Ep.40 全国と約束
第4クォーター中盤でついにラフローレに追いついた。この流れを絶対に切りたくない。
友美はフィールドにむけていた視線を千穂に送った。
「千穂、いけるわね」
「うん。いつでも」
千穂は軽くジャンプして体をほぐすと交替エリアに立つ。それを見た瑠衣がフィールドから千穂のいるエリアに走り寄ってくる。
「ちぃ、あとは頼んだよ」
瑠衣が手をかざす。千穂はハイタッチをして微笑んだ。
「いってくるね、ルイ。わたし、思いっきり走ってくる」
まるで、去年の競技会の100メートル予選に出たときみたいに、嬉しそうにいい残して、千穂は
ドローを制したのはまたしてもラフローレだった。戀から藍にボールが渡り、藍はマークする佳弥子を振り切ってアクルクス陣内に駆け上がっていた。
あすなには裕子が、佐生には八千代がぴったりとついていて、パスを出すのは厳しい。
でも……
藍はにぃっと唇を持ち上げる。
「シュート打てるのは、その二人だけじゃないかんねっ!」
藍の選択は中央突破だった。
まっすぐ、アクルクスゴールめがけて走り込んでくるのを、入ったばかりの千穂が身体を張って食い止めた。
「なっ! いつの間に」
「走り疲れちゃった? 全然、スピード足りないよ!」
千穂が藍のクロスからボールを叩き落とす。ゴール前でルーズボールになり、一斉に選手が群がった。
「絶対に渡すな!」
八千代が叫ぶ。
しかし、ボールを奪ったのはラフローレ9番の羊谷だった。
その瞬間、ホイッスルが鳴った。
「神山学園9番、カバーリングファウルです」
「ふえぇ、助かったぁ……」
英子がどっと息をついた。
カバーリングファウルは、グラウンドボールに対し、クロスを覆いかぶせるようにして他の選手の妨害をした場合のファウルだ。この場合、ファウルした相手チームにフリーポジションでのボールが与えられる。
英子がボールを受け取ると、大声でいう。
「ほな、ソッコー行くでぇ!」
さっきのロングフィードを目の当たりにしているラフローレの選手たちは、ゲーム再会と同時に右サイドで千穂をマークする戀と、アタックの三人以外、全員がリストレイニングラインの内側に戻り、ゾーンディフェンスを整えている。
一方、アクルクスのメンバーは、千穂とディフェンスの三人、そしてゴーリーの楓以外は全員がラフローレ陣内にポジションして、カウンターを狙う体制だ。
しかし、英子はさっきのようなロングパスではなく、一度ボールをゴーリーの楓に戻すと、フィールドの右サイド半ばまで位置をあげた。
「……いくよ、エーコ」
ボールを受け取った楓は、覚悟を決めたようにそういうと、勢いよくゴールサークルの外に飛び出した。
「ゴーリーが攻撃参加⁉ だったら、奪いに行くまで!」
中央付近にポジションしていた佐生はまっすぐ楓にむかって突進してくる。
ボールを奪われたら、佐生のシュートより早くゴール前に戻るのは不可能だ。
でも、できる限り佐生を引きつけておきたい。
ギリギリの距離を見極め、楓は右サイドの英子にパスを送る。
パスを受け取った英子と佐生の距離は大きく離れ、佐生は英子のマークにつけない。
フリーでパスを受け取った英子が、サイドライン際を駆け上がりながらフィードの構えを見せる。
「おっしゃぁ、行くで! ちぃ先輩!」
それを見て千穂がラフローレ陣内に向けて、走り出した。
「おっとぉ、行かせないよー」
戀が千穂の行く手を阻もうとするが、千穂の初速は戀がマークにつくよりも速く、ぐんぐん加速していく。
「嘘⁉ なんで、そんな速いのよっ!」
慌てて戀が千穂を追う。千穂はあっという間にリストレイニングラインを越え、ラフローレ陣地に進入した。
千穂の動きに合わせて、美海と円華が右サイドに展開する。
それにつられて、ラフローレの守備陣が右寄りのポジションをとるが、ゾーンで守っているため、その範囲を超えては追ってこない。
戀を引き連れて走り込んだ千穂は、ラフローレ陣内の深い位置で、右足を突き出して急停止すると、素早く体重移動をして切り返す。
「ミウちゃん!」
そう叫びながら、千穂は今度は元来たルートを辿るようにまた走る。
「え⁉」
戀が戻る千穂に一瞬気をとられた隙に、美海は千穂と戀との間に身体を差し入れ、戀の進路をふさいだ。
「行かせない!」
美海のピックで戀の足が止まった瞬間、英子が大きくクロスを振りかぶった。
「ほなら、頼んだでー、ユッコ!」
英子のロングフィードは、千穂ではなく、逆サイドに展開していた裕子に向けてミサイルのようなスピードで発射される。
「もうちょっとましなボール投げなさいよ!」
裕子は全力疾走して、なんとか英子のパスをキャッチする。しかし、あすながその行く手を阻む。
ここで絶対に捕まるわけにはいかないし、タイミングも間違えられない。
あすなと1オン1しか道はない。
抜けるのか。
いや、抜くしかない!
裕子は右足を強く踏み込み、一瞬体をふわりと弾ませる。
あすながそれに反応して、上体を振る。
その瞬間、ステップする左足を引き戻して強引に着地し、再び右足を踏んで、逆方向に切り返した。
「うそ、グースステップ⁉」
あすなが目を見開いて、振り返る。
裕子は、ブルーマーメイズの神田が使っていたあの不思議なステップ、グースステップダッジであすなを抜き去る。
あすなは何とか踏みとどまり、裕子を追走する。
リストレイニングラインの内側で千穂の位置を見ていた泉美が、叫びながらスカートを翻して走り出した。
「来て! ユッコ!」
「イズ先輩ッ!」
裕子もリストレイニングラインを越え、泉美へパスを送ろうとクロスを振りかぶる。
それをチェックしようと、あすながクロスを突き出した瞬間、左サイドを守っていた八木が叫んだ。
「ダメッ! あすな!」
ピィーッ!
ホイッスルの音が空気を切り裂いて鳴り響いた。
足を止めたあすなが茫然としながら、足元に視線を落とした。
「神山学園のオフサイドです」
戀が千穂を追って自陣内に進入した後、戀をリストレイニングラインの外に出さないように美海がピックをかける。その間に千穂がラフローレ陣地から抜け出したため、裕子はリストレイニングラインを越えてラフローレ陣内に入ることができた。
しかし、戀は美海によって自陣内にとどめられていたため、裕子を追っていたあすながラインを越えたことで、自陣内に入ることができる規定の人数を超えてしまい、オフサイドのファウルをとられたのだ。
そして、その瞬間、ボールは11mエリア内にいた泉美に渡っていた。
「オフサイド時点でボールが11m半円内にあった場合、ゴールエリアの正面かつ、11m半円の中心に一番近い選手のフリーポジションが与えられる……」
両チームの選手たちの視線を集めたまま、星南が11m扇上の中心で悠然と立っていた。
試合後のロッカールームでは、アクルクスのメンバーたちは勝利の歓喜に溺れるように、きゃあきゃあと声をあげて飛び跳ね、何度も何度もお互いを抱き合った。
「これで全国出場、決定やあ!」
英子の叫び声に、またメンバーたちがわぁっと騒ぎ立てた。
しかし、美海はそんなメンバーたちとは対照的に、どこか複雑な表情をしていた。
「どうしたの、ミウ」
「ごめん、イズ。私、ちょっと行ってくる!」
そういうなり、美海はロッカールームを飛び出して、通路を駆けていく。
競技場を出たところに、神山学園の選手たちはまだいた。
準決勝敗退という予想だにしなかった出来事に、ある選手は茫然とし、またある選手は声をあげて泣き崩れていた。
三年生の獅子堂の元に、下級生たちが集まっている。みんな、声を震わせて上級生への感謝の言葉を伝えている。
神山学園は全国大会に出場することはない。つまり、今日で三年生は引退するということだ。
その光景に、美海は自分がこの場にいるべきではないことを悟り、そっと踵を返した。
そのとき。
「ミウ……?」
背後から小さな声で呼び止められた。
美海は、振り向くべきか迷った末、ゆっくりとその声のしたほうに体をむけた。
目を真っ赤に泣き腫らしたあすなが、美海の元に駆け寄ってきていた。
「ごめん、あすな……今は、話できる状態じゃなかったね」
俯いた美海の首筋に、あすなは腕をまわす。ぎゅっと美海を抱きしめると、美海の耳元で声を振り絞るようにいった。
「いい試合だったね、ミウ……ありがとう、本気で戦ってくれて。楽しかったよ、ミウ」
美海もあすなの背中に腕をまわすと、そっと腕に力をこめ、彼女に宣言するようにいった。
「私、全国でも戦い抜く。あすなたちの想い、絶対に無駄になんてしないから」
あすなはゆっくりと体を離すと、泣き笑いの顔でいった。
「来年はラフローレが勝つよ。絶対に」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます