Ep.41 歓と憂
遊路高校女子ラクロス部の全国大会出場のニュースは、流行り病のように瞬く間に島中に広がった。
それまで「バスケ部やバレー部を潰して作った妙な部活」という程度の認識だったラクロス部は、次第にその名を知られるようになり、校内はもちろん、近所のおばさんに「全国大会に行くんだって?」なんて声を掛けられることさえあった。
高校の校舎に「祝 女子ラクロス部 全国大会出場!」と書かれた巨大な垂れ幕がさがり、環状道路沿いには「勝利を目指して翔べ! 遊路高校女子ラクロス部 アクルクス」という後援会が用意した幟旗が吹き付ける北風にはためいていた。
通学でその道を通るたびに、美海は誇らしいような、くすぐったいような気分になる。
全国大会出場は、遊路高校はじまって以来の快挙だった。
全国大会に向けて友美が考えた練習メニューは、相変わらずハードだった。むしろ、パスやシュートの練習には、対ラフローレ戦で決勝点となった、オフサイドを利用した戦術のように、ラクロスのルールを最大限生かしたさらに高度なフォーメーション練習が取り入れられるようになっていた。
これまでは、ボールマンや、相手のマークマンを意識することを求められていたが、これからは、チーム全体のポジションを把握したうえで、相手選手をどう誘導するかということまで考える必要があった。
その上、練習の展開もスピードも速くなった。特にゴール前での5オン5など、実戦を想定した練習では、選手たちにはこれまで以上にスタミナが要求された。
この日のシュートドリルは、ゴール裏でサイドチェンジをしてから、1オン1に持ち込む、バックドアカットの練習だった。今まではどちらかといえば正面突破のイメージが強いアクルクスに、ゴール裏からのセットプレーの戦術を加えることで、相手を翻弄しようというのが、友美の狙いだった。
「次っ!」
友美が笛を吹き、パスを出す。ゴール裏には泉美、ゴール前に星南がポジションしており泉美には八千代が、星南には裕子がマークについている。
パスを受けた泉美が、ゴール裏をドライブしてサイドチェンジする。そこから、八千代と1オン1を仕掛けて、カットインしてくる星南にパスを送る。
ところが、ゴール前で星南と裕子が交錯し、そのはずみで星南が転倒した。
「大丈夫?」
泉美が駆け寄って星南を引き起こす。どうやら、足を捻挫してはいないようだ。
「わ、悪かったわね」裕子が気まずそうにいう。
「平気、ちょっとバランス崩しただけ。ガウガウはあの感じでしっかりプレッシャーかけ続けて」
そういうと、星南はマーカーエリアの外に出て、その場に座り込んだ。まるで、長距離走を全力疾走して、空気を求めて喘ぐみたいに浅い呼吸を繰り返している。
「コーチ、少し休憩とりませんか?」泉美が提案する。
「そうね。じゃあ、十分間休憩」
友美がいうなり、美海は並んでいたシュート練習の列を離れて、星南のもとに駆け寄った。
「セナ、大丈夫?」
「うん、平気……ちょっと……疲労が、溜まってる……だけ」
星南は呼吸の合間に、切れぎれでいう。ちっとも平気そうに見えない。
「足、怪我してるじゃない」
転倒して擦りむいたのか、右の膝に血が滲んでいる。
「救急箱取ってくる」
美海は荷物と一緒に置いてある部の救急箱を取ってくると、脱脂綿に消毒液を染み込ませ、傷口を消毒する。
傷が滲みたのか、星南が小さくうめく。
大きめのガーゼで傷口を覆い、包帯を巻く。その様子をみて星南が呟く。
「大袈裟ね……」
「だめ、ちゃんと手当てしないと。帰ったら、きれいに洗って消毒して。それと、今日はもう、練習休んでて」
「何、いってるの……全国大会、来月なのよ……これくらい……」
「だからダメだっていうの! そんなヘロヘロなのに、これ以上無理して、もっとひどい怪我したらどうするの!?」
いつになく厳しい剣幕でそういうと、美海は友美のもとに行き、星南の休養を進言した。
様子を見にきた友美が星南の顔を覗きこみ、険しい顔をしていった。
「星南、今日はもう上がりなさい。それで、明日一日、休養を取りなさい」
「でも、コーチ」
「星南、鏡を見てみなさい。顔色が真っ青よ。体調管理は選手の責任でしょ。できるなら、病院に行ってちゃんと診てもらって、それで大丈夫そうなら、練習に戻ってきていいから」
「……わかりました」
星南はクロスを杖のようにして立ち上がると、のろのろとした足取りでグラウンドを後にする。その後ろ姿を心配そうに美海は見送る。
「あんな弱々しいセナ、初めて見た」泉美がいう。
「うん。なんていうか、セナらしくない。まるで……」
美海はその先の言葉を呑みこんだ。
ファウルをした選手が、審判に警告カードを提示されてフィールドを出ていくような、そんなイメージが脳裏に焼き付いていた。
星南は翌日の練習を休んだ。
もちろん、友美の指示だったこともある。けれど、星南は部活だけでなく、学校も休んでいた。
「やっぱり、体調悪かったのかな」
「だいぶ顔色も悪かったしな。インフルエンザかもな」
朝練後、教室で泉美と八千代がそう話している。
インフルエンザは心配だけれど、美海には、あの弱々しくグラウンドを後にする星南の姿が、ふとした瞬間に蘇ってきては、嫌なイメージがずっと心に張りついて、離れてくれない。
その日、美海は一日中スマートフォンを気にしていたが、結局、星南からの連絡はなかった。
そして、星南が学校を休んで三日目。
美海と泉美は、須賀から職員室に来るよう呼び出された。
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