Ep.33 交替と反撃
アクルクスの鮮烈なカウンター攻撃に、場内もどよめいた。
「ナイスシュート、セナ!」
先制点を祝福しようと駆け寄った泉美と美海に「次も決めるわよ」と淡々といい放って、星南は再び自分のポジションについた。
「ありゃ。相変わらず不愛想なこと」
泉美の独り言に、一緒にいた美海も苦笑いを浮かべる。
「ドンマイ、まだ残り時間はたっぷりあるよ! 落ち着いていこう。スペースを広く使っていけば、ゴールを奪うのは難しくない。まずはドロー、グラボをしっかりとろう」
相馬が手を叩いてチームメイトたちを鼓舞する。格下だと思っていた相手にいきなり失点し、意気消沈していた選手たちも、キャプテンの一声でにわかに活力が戻ってくる。
試合が再開される。ドローでは相変わらず木寅に分があった。
ウィンディーネはドローを制すると、パスを細かく繋いでアクルクス陣内に攻め上がってくる。
相馬とマッチアップする円華は、彼女にパスを出させまいと、がっちりマークに張りつく。
相馬が右にステップすれば、その瞬間に円華も、左足を踏み込んで食らいつく。押し込まれそうになると、バックステップをして力をいなす。
「夏よりも少しは成長したってところかな?」
相馬は不敵に唇を吊り上げる。次の瞬間、相馬はダッジを仕掛けると見せかけ、素早く左後方に踏み出して、円華から距離をとりパスを受ける。
重心を崩されたほんの一瞬で、相馬への対応が遅れた。その瞬間を狙いすましたように、相馬は円華の内側を切り抜け、11mエリアに飛び込んだ。
八千代がフォローに回るも、相馬はあの流れるようなステップとダンスを踊るような美しいクロスワークで軽々とディフェンスを突破し、ほぼノンプレッシャーでシュートを放った。ボールは楓が差し出したクロスをかすめ、アクルクスのゴールに飛び込んだ。
簡単にやってのけているが、ディフェンス二人を抜き去ってシュートするなんて、並のアタッカーに真似できるものじゃない。
あっという間に同点に追いつかれ、今度はアクルクス陣内に重い空気が漂う。
すれ違いざまに八千代が肩を叩く。
「切り替えていくぞ、円華」
「はい、出井先輩」
ユニフォームの袖で顔をぬぐい、円華は再び相馬のマークにつく。
まだ足は動くし、相馬の動きも追えている。
信じろ。
自分がこの半年間、積み重ねてきた時間を。
円華はクロスを握る手に力を込めた。
ゲームは一進一退の攻防が続き、第二クォーターを3対3の同点で終え、十分間のハーフタイムになった。
アクルクスの得点は三得点とも星南だ。三得点目に至っては、ドローの直後、瑠衣が弾いたグラウンドボールを奪って、そのまま単独突破でゴールに持ち込んだ。
一方、ウィンディーネのポイントゲッター相馬は取られたら取り返すといわんばかりに、ゴール前の1オン1から連続でシュートを決めている。
選手たちは大きく肩を上下させながら、ボトルで水を補給する。それを見て千穂がいう。
「セナへのマーク、厳しくなり始めてるね」
「さすがに三得点されたら、嫌でもマークは強くなる。でも、そうなれば相手のディフェンスにも綻びが生まれやすい。できれば、前半でリードしておきたかったけれど、まだチャンスはあるわ。千穂、いけるわね」
「はい」
友美が交替を示唆すると、千穂は表情を引き締めて頷いた。ただ、千穂を投入するとなると、誰かは下がらなければならない。
友美の指示を聞く円華の表情は固い。志願して相馬とマッチアップした結果、三得点を許してしまっている。星南の得点を台無しにしたのは、円華だといわれても仕方がない。
「円華」友美が呼ぶ。
「ボクはまだやれます!」
友美が何かをいう前に、間髪入れずに円華が答える。しかし、友美は厳しい目をむけたまま、静かにいった。
「……円華は次のクォーター、一旦ベンチに下がって。相馬のマッチアップは星南、右のアタックに千穂。ドロワーは引き続き瑠衣。変更は以上」
ラクロスでは選手交代は試合中、いつでも何度でも行える。一度ベンチにさがったからといって、その後に出場できないわけじゃない。
けれど、マッチアップを星南に変えたということは、つまり、円華では相馬は抑えられないと判断されたということ。
円華は俯いて唇をかむ。
結局、自分が積み上げてきたものは、ただの自己満足にしか過ぎなかったのか。
クロスを握る右手に力がこもる。このまま、クロスをグラウンドに叩きつけたい衝動に駆られる。
そのとき、円華の肩に星南が手を置いた。
「ラクロスは4クォーターを戦って、多く得点したチームが勝ちよ。例え相馬が何点取ろうとも、私たちはその上をいく。そして勝つ。それだけ」
そういうと、星南はグローブとマウスピースを装着し、フィールドに出る準備を整える。
星南のいうことは、正しい。
自分のわがままのために、チームが負けたのでは、みんなに合わせる顔がない。
ハーフタイム終了まで、残り三十秒のコールがかかる。
チームメイトたちは戦地に赴く戦士たちのように集中力を高めている。なのに、自分ひとりだけ、コートの片隅に置き去りにされてしまったような気分になる。
結局、ボクは勝てなかったんだ。相馬選手に。
円華は悔し気に空を睨みつける。下をむけば、涙がこぼれそうだった。
「珍しいですよね。キャプテンが、あんなこといってくるの」
そう声をかけてきたのは佳弥子だ。円華は慌てて顔を拭う。
「……キャプテンは、ただ呆れてたんだよ」
「そうでしょうかね?」佳弥子は背番号1番の背中を見て、二ッと笑う「うちには、クールなキャップが燃えてるように見えますけどね」
ハーフタイムアウトを知らせる音ともに、チームメイトたちがフィールドに散っていく。
そこに自分が加われないのがもどかしくて、つい、足元に視線を落とす。
「円華」
友美が鋭い声色でいった。
「ちゃんと見ていなさい。仲間たちの戦う姿を」
第3クォーター開始の笛の音が鳴り響く。
今度のドローボールは、高く上がらず、低い弾道で両チームの選手の間に落ちてグラウンドボールになる。それを掻っ攫ったのは、相馬だった。
後半に入っても、相馬のスピードは衰えることなく、まっすぐにアクルクスの守備陣に切り込んでくる。マッチアップする星南が、腰を落としてその突破を阻止する。
しかし、相馬はほんの一瞬、ふわりと羽が浮くみたいに軽やかに力を逃がすと、一瞬で、星南の右側をすり抜ける。
ただ、さすがは星南。切り込んでくる相馬に反応してクロスを伸ばし、チェックを狙った。しかし、相馬のクロスは腕と一体をなったみたいに、自由に宙を舞い、ボールキープしたまま、星南のクロスをひらりとかわす。
すぐさま八千代と英子が二人がかりで抑えにかかろうと、相馬の行く手を阻む。
「違う……それは囮だ!」
円華がベンチから叫ぶが、その声はフィールドの選手には届かない。
相馬はシュートを打つと見せかけ、山なりの抜いたボールを打つ。それはゴール裏にポジションしていた14番
アクルクスの守備陣がそれに気づいたときには、すでに遅かった。
蛇蝮はゴール裏から裕子に1オン1を仕掛け、難なく突破して、浅い角度からのシュートを放つ。
ゴーリーだけが入ることができるゴールサークルは半径3メートル。その中心に、約1.8メートルの正方形のゴールがおかれている。シュートを打つ角度が浅くなれば、ゴーリーにゴールの枠のほとんどを守られてしまう。
しかし、蛇蝮は針の穴を通すように、楓の両足の間にバウンドさせてゴールを決めた。
後半開始早々、アクルクスは1点を追う展開になってしまった。
両手を突き上げ、逆転を喜ぶウィンディーネの選手たちを、円華はベンチから見つめる事しかできずにいた。
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