EP.27 王者と挑戦者
青松大付属高校との練習試合について発表があったのは、宴もたけなわとなったころだった。
「今回、先方の御厚意により、青松大付属高校のレギュラーメンバーとの練習試合をもうけてもらうことになった」
合宿の主催校である神山学園の監督が壇上でそういうと、会場がざわめきに包まれた。二年連続の全国王者との対戦なんて、神山学園以外の学校ではまず考えられないことだ。
「今回は、特別ルールということで、各校1クォーターごとに交代で対戦する。また、クォーターごとにベンチメンバー含めて二十名登録しても構わないということだ」
つまり、ここにいるメンバーがほぼ総出で対戦するということになる。青松大付属にしてみれば、それでも勝つ自信があるということだろう。
対戦順は抽選することになり、各チームキャプテンが舞台上でくじを引いた結果、第1クォーターは神山学園、第2クォーターに遊路高校、第3クォーターに沖縄学院大学附属、第4クォーターに名護北高校の順番となった。
「まさか、青松大との対戦が組まれていたなんてね」
懇親会が終わり、宿舎でのミーティングを終え、部員たちは交代で入浴時間となった。泉美が脱いだ服をかごに放り込んでいった。しかし、美海はぼんやりと「うん」と曖昧に返事をしただけだった。
「どうしたの?」
「セナって、どうして青松大を辞めたんだろうって思って」
「そんなの、本人じゃないとわからないよ。それより、早く入ろ。次の子たちが待ってるし、そのままぼうっとしていたら風邪ひくよ?」
泉美にいわれ、美海は慌てて下着を脱いでタオルを抱えて浴室のドアを開けた。
青松大付属高校ネレイデスのキャプテン、桜ノ宮美玲に、合宿中二度も助けられた。しかも、二度目は、酔っ払い相手にひるむことなく、注意までしたのだ。そんな人が、なんの理由もなく、星南にラクロス部を辞めさせたりしないはずだ。けれど、彼女ははっきりとこういった。「そんなこと、意味がない」と。
考えても仕方がないことだとはわかっている。だけど、頭の中にもやがかかったみたいで気分が晴れない。
美玲は、星南の何に意味がないといったのだろう。星南に直接きくのが確実なことはわかってる。でも、そんなこと、きけるはずもない。
肝心の星南は、入浴するのもいつも一番最後で、誰かと一緒に入っている様子もない。そういうちょっとしたことも、いちいち気になってきてしまう。
美海は湯舟に深く体を沈める。星南については今もまだ知らないことばかりだった。
青松大付属高校ネレイデスは、総部員数四十名を超える大所帯だった。
キャプテンの桜ノ宮美玲をはじめ、スターティングメンバーはみな中等部からの経験者ばかり。いってみたら星南を十人並べてチームを作ったみたいなものだ。
「あ、迷子の君だ!」
明るい栗毛色の子が美海を見つけ、手を振って駆け寄ってきた。
「ミウ、青松大高校に知り合いがいたの?」
泉美が目をぱちくりとさせていう。
「違うの、合宿中に何度も助けてもらっちゃって。昨日も本当にありがとう」
「ノープロブレム! 困ってる人がいたら助けてあげなさいって、いつもママにいわれてるから! あたし、森ノ宮エイミー。あなたは?」
「山栄美海だよ。こっちは、副キャプテンの椎名泉美。どっちも遊路高校の二年生」
「ミウにイズミ、よろしくね!」
「エイミーって、もしかしてハーフ? 髪、すごく綺麗ね」
「ありがとう! クォーターなの、グランマがカナダ人なんだ」
絹糸みたいに艶やかに光を返す髪をさらりと撫でて、エイミーは微笑む。なんだか、アニメの世界から飛び出してきたかのような美少女だ。
「エイミーも試合に出場するんでしょ?」
「もちろん、ミウとイズミとプレイできるの、すっごく楽しみにしてる!」
「あの!」美海が意を決したようにいう。「エイミーって、青松大高校時代にセナがどうしてラクロスを辞めたか知ってる?」
「ソーリー、ミウ。セナって昨日、桜ノ宮先輩と話していた子ね? あたし、高校生から日本のハイスクールに通っているから、あの子とは一緒にプレイしたことないの。だから、わからないんだ」
「そう。ごめんね、変なこと聞いて」
「ノーウォーリー! それじゃあ、あたし、そろそろチームに戻るね!」
エイミーはそういうと、美海の頬に挨拶代わりの軽いキスをして、走り去った。
いきなりの口づけに、彼女の後姿をぼうっと眺めたまま、美海は突っ立っていた。
「モテる女は辛いわねぇ」泉美が目を細めてからかった。
軽くアップを済ませた選手たちが、それぞれのチームごとに集合する。
グラウンドに百人近いラクロス選手が集まっているのは、なかなかの圧巻だった。
第1クォーターを戦うラフローレのスターティングメンバーは、すっかり準備を整え、サイドライン手前に待機している。
「これより、青松学院大学附属高等学校ネレイデスと、九州沖縄地区連合高校によるエキシビジョンマッチを行います! 第1クォーターは、神山学園ラフローレとの対戦です」
試合開始を告げる声に、ラフローレの選手たちが円陣を組み気合を込めた。
「あすな、頑張って!」
「うん、いってくる」
美海はあすなと拳をぶつけ合い、フィールドに駆けていく彼女を見送る。
第一クォーター開始のホイッスルが鳴った。
ドローを捕ったのはラフローレの双子の妹、戀だ。
昨日の練習試合では、彼女たちのコンビプレーにさんざん手を焼いたが、ネレイデスはどう出るだろうか。
左サイドを駆け上がる戀に、24番をつけた選手が詰める。一瞬、ダッジを仕掛けると見せかけ、戀はノールックパスをセンターの藍に送る。しかし、パスは藍に届く前に、中央に走り込んできた3番が伸ばしたクロスに当たってルーズボールになり、センターサークル付近でグラボ合戦になった。
その人混みの外側にいたネレイデス10番、特徴的な栗毛をしたエイミーが円を描くような軌道で走り出す。グラボを取り損ね、はじき出されたボールをエイミーが拾い上げると、即座に短いパスを出す。
試合開始数十秒で、あっという間のターンオーバー。中盤から前線へと的確にパスをつなぎながらネレイデスのオフェンスが攻め上がっていく。
ラフローレの8番、八木が11メートルエリアでネレイデスの15番の選手と1オン1になる。
八木は15番から見てクロスを左に大きく構えている。ゴールエリアに抜かせないために、外に流す構えだ。
すると15番は一瞬、右にロールする動きを見せた。それに反応してホールドしにいった八木のすぐ横を、まっすぐボールが通り抜けた。
「なに、今の動き……」
その一瞬のプレーをみて唖然とする美海の隣で、星南がいった。
「ビハインド・ザ・バック。ロールすると見せかけて、背中越しにクロスを振ってパスをだしたの」
15番からのパスをカットインしていたエイミーがキャッチし、真正面からのシュートを放つ。
エイミーのシュートはゴーリーの遥の足元で鋭くバウンドしゴールに飛び込んだ。
試合開始から先制点までわずか一分。ゴールの番人とまでいわれた遥の守りがあっさりと破られた。
しかも、エイミーの得点を大袈裟に喜ぶこともなく、さも当然といったようにメンバーたちは再び自陣のポジションに戻っていく。
それはまるで、完璧に組織された軍隊のように統率された動きだった。
一方、ラフローレの攻撃は戀と藍の双子のコンビプレイが不発に終わることが多く、苦し紛れにパスを出すシーンもしばしばあった。なんとか前線の3番佐生にパスがつながっても、必殺のスタンドシュートは、彼女のマークにつくネレイデスキャプテン、1番桜ノ宮のプレッシャーでその威力が発揮できず、シュートが枠をとらえないことも多かった。
唯一、あすなが驚異的な突破力でネレイデスのディフェンス陣を切り裂いて得点を奪ったものの、1クォーター終了時の得点は5対2と、九州地区王者でさえまるで歯が立たなかった。
「バケモンやん、あんなん」
「あんなの、どう守れっていうんでしょう」
あれだけの実力差をまざまざと見せつけられて、楽観的でいられるほうがどうかしている。
アクルクスのメンバーに動揺が広がり、チーム内が重苦しい空気に包まれていた。
しかし、そんな空気を両断するように、裕子が鋭い声でいった。
「みんな、勘違いしてない? ただの練習試合よ。負けることくらい織り込み済みなの。それよりも、あの女王サマが、トラウマになるくらいのプレーを、一つでも多く見せてやればいい。どっちにしたって、日本一になるなら、避けられない戦いなんでしょ。つやっつやぴっかぴかの、宝石みたいなプライドに、深い傷をつけてやるのよ」
「たまにはいいこというわね、ガウガウ」
「たまには、が余計よ」
裕子を見て星南が小さく笑った。
「ネレイデスの強さは異次元よ。でもね、あそこにいるのは、ロボットじゃない。人間なの。ラクロスは瞬間的判断の連続するスポーツよ。その判断を狂わせ続ける。そうすれば、必ず綻びが出てくるわ」
「そのとおりね」
友美がメンバーを前にいった。
「今回はたった1クォーター、出し惜しみしても仕方ないわ。瑠衣、千穂。あなたたちは初っ端から全開で、そのスピードで相手ディフェンスを翻弄しなさい」
「はいっ」
「泉美と美海はディフェンスの穴を見つけて、素早く切り込むこと。お互いにマークマンを意識して、フォローし合って。円華はゴール裏からのセットプレイを積極的に狙って。あなたの突破力なら、強引に相手のディフェンスをこじ開けることもできるわ」
「はい!」
「八千代はディフェンスを指示しながら、星南のフォロー頼むわ。佳弥子はベンチスタートで、瑠衣と千穂の状況をみて積極的に交代して、二人の回復に努めて」
「わかりました」
「英子はチャンスがあれば、カウンター、ばんばん狙っていいからね」
「まかしとき!」
「裕子はディフェンス陣のコントロール頼むわよ。あなたがチームの守りの要よ」
「はい」
「楓、いつもどおり、相手のシュートにひるまずにゴールを守って。所詮、相手は人間なんだから、楓の分析と予測が機能すれば、アクルクスから簡単にはゴールを奪えないはず」
楓は力強く頷いた。
「みんな行こう。わたしたちのラクロスを、ネレイデスに見せつけてやろう」
「セナ」
泉美が星南を呼びながら、クロスを前方に突き出した。それを見て、チームのメンバーが次々とクロスを重ね、星の輝きのような放射線を描いていく。最後に星南がその一番上にクロスを重ねた。
「全力で行くよっ! アクルクス!」
「おおーっ!!」
全員で声を揃え、眩しいほどの青空にむけて一斉にクロスを突きあげた。
そして、クォーターブレイクの終了を告げるブザーが鳴った。
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