予選開幕!

Ep.28 休みと祭

 耳元でスマートフォンから短いメロディが流れる。ディスプレイに「アラーム 5:00」と表示されている。少し前なら「起きなきゃ」と思う自分と、「まだ寝ていたい」と堕落する自分とが、繰り返される短いメロディをBGMに戦っていたが、合宿が終わってからというもの、最初のワンフレーズでしっかり覚醒するようになっていた。

 美海はベッドから起き上がると、着替えを取り出す。チェストの上には、夏合宿のときにみんなで撮影した写真がフォトフレームに入れて飾ってある。

 パジャマを着替え、朝食を終えると美海はランニングシューズを履き外に出る。まだ明けきらないしんと冷えた空気を吸い込み、走り出す。コースは遊路町役場から南回りに環状道路を一周。それでちょうど十キロメートルだ。

 走り始めて十分。約二キロメートルの地点から急な上り坂になっている。

 坂を上り切る手前で道は大きく左に曲がり、その先に遊路中学校の校舎が見えてくる。学校と道路を挟んだ向かい、一段高くなったところには小さな神社がある。

 美海は鳥居から続く階段を登る。境内にある小さな社殿のそばに人影を見つけた。


「おはよう、セナ」


 そう呼びかけ彼女の隣に並ぶ。鮮やかな藍色に染まる夜明けの海の一角が、炎を灯したようにチラチラとまばゆい輝きを放ち、東の空を淡くオレンジ色に染めてゆく。


「夜が朝に変わる瞬間って、なんだかすごく不思議な気分になる。でも、その感じが好きで、つい夜が明けるのを眺めていたくなるの。不安とか、悲しさとか、全部白く塗りつぶしてしまって、また一日を始めようって、そう思えるから」

「私も頑張ろうって思えるよ。毎朝ここでセナが待ってくれているから」

「たまにはミウが待っていてくれてもいいんだけれど」

「そのうちにね。さ、行こう」

 そういって美海は踵を返し、神社の階段を駆け下りていく。環状道路に戻り星南と並んで走りだす。


 夏合宿では、自分たちの考えがどれほど甘く、チームの力も足りなかったのかということを、骨の髄まで思い知らされた。ミニゲームは星南のおかげで勝ったけれど、練習試合では全敗。

 ネレイデス戦では、序盤に英子から瑠衣、そして円華への意表を突くカウンター攻撃で得点したものの、エイミーを中心とした強力で多彩な攻撃をもつアタック陣に攻め込まれ続け、守備陣は崩壊。女王様のピカピカのプライドには、一筋の傷もつけられていないことだろう。


 こんなことじゃ、全国なんて届くはずがない。

 技術だけじゃダメだ。

 体力も、戦術も。すべてがもっと高いレベルにならないといけない。それは一番最初に星南がいっていたことだったのに、あの合宿を経験して、ようやくそれを痛感していた。


 課題はいろいろあったけれど、特に問題なのは交代要員の少なさからくる、後半のスタミナ不足だ。技術も戦術も自分ひとりではどうしようもないけれど、スタミナ不足ならなんとかなる。美海が毎朝のランニングを始めたのもそういう理由だった。

 そして、このランニングを始めて、この場所で偶然に星南と出会った。ここは、以前に二人で南十字星をみた場所だった。それ以来、別に約束したわけじゃないけれど、美海と星南はこの場所で夜明けを迎え、一緒に走ることを日課にしていた。


 ランニングを終えると、一度自宅に戻り、着替えと水筒とお弁当が入った鞄を自転車の前かごに突っ込み、学校にむかう。入学以来、ずっと憂鬱だった学校まで続く上り坂は、下半身トレーニングのおかげで、まったく苦ではなくなっていた。

 午前七時半に正門が開くと同時に自転車を置いて部室にいくと、たいてい星南と泉美が同じタイミングで登校してくる。


「おはよう、イズ」

「お、今日も気合はいってるね」

「うん。早くボール触りたくてうずうずしてる」


 夏休み期間中の部活は朝の八時半からだが、美海たちは自主的に早く登校してきて、朝練をしていた。朝練といっても、ボールやクロスを使った練習はほとんどせず、友美が考案した持久力と、下半身のフィジカルを鍛えるトレーニングが中心だ。

 すでに早朝ランニングを終えている美海と星南は、ランジやスクワットなどで下半身強化を行っている。星南はダンベルを使ってさらに負荷を高めつつ、黙々と友美の考えたメニューをこなしている。

 八時前に続々と部員たちがグラウンドに集まってくると、今度は全員でステップやフットワークの練習をする。

 今まで、こういった地味できつい練習はみんなやりたがらなかったのに、今では誰もがこの下半身トレーニングをすべてこなすようになっていた。

 みんな口にこそしなかったが、合宿で他校に負け続けたことが相当悔しかったのだ。


 八時半に友美が練習に合流すると、そこからは実際にボールとクロスを使った練習になる。

 アップを兼ねたパス&キャッチをしながら、徐々にお互いの距離を離して遠投のパス練習をする。

 しばらくすると、友美がホイッスルを鳴らす。それまでの練習を終了して、集合する合図だ。


「みんなダッシュ!」

 友美は移動はすべてダッシュでと、ことあるごとにいった。合宿前までは、七割程度で走っていた部員たちも、今はみんな全力だ。


「次、3対2のパス練」

 これは、合宿中にやったシュート練習のアレンジで、約五メートル四方のエリアの中、オフェンスが三人、ディフェンスが二人はいって、オフェンスが三十秒間パスを回し合う。オフボールのプレイヤーは常に、最低二つのパスコースを確保するように動き、ボールを取られなければオフェンスの勝ち。ディフェンスにボールを取られれば負けだ。

「負けたらスクワット十回ね!」

 友美からお約束の罰ゲームの内容がいい渡され、ホイッスルが鳴った。


 

 太陽が西に傾き始め、校舎がオレンジ色に染まり始めた頃、ようやく練習の終わりを告げる笛が鳴った。


「集合!」


 星南の掛け声でチームのメンバーが須賀と友美の前に集まる。友美から練習についてのアドバイスや、反省点をいくつか聞き、そのあと須賀が連絡事項を伝える。


「明日から施設メンテナンスのため、学校に立ち入ることができませんので週末の二日間、練習はお休みになります。休み中には遊路島サザンクロス祭が開催されますが、くれぐれもお祭りで浮かれてハメ外すことだけはないように」

「合宿のあとも、ずっとハードトレーニングをこなしているし、疲れも相当あると思うから、週末はしっかり休んで体力回復してください。お祭りに行くなとは言いませんが、怪我やトラブルには十分注意して楽しんでください。じゃあ、最後にみんなで補強やったら解散」


 補強は練習後、デザートのように出される下半身強化のトレーニングだ。これが、部員たちにとってはとんでもなくきついのだが、今日に限っては明日から休みということもあり、随分と雰囲気が和んでいる。


「イズ先輩! 週末アタシと一緒にお祭り行きませんか!」

「あー、ごめん。さすがにお盆は実家のお店、手伝わないとだめだから」

「じゃあ、アタシもお店の手伝いに行きますから、イズ先輩の家にお泊りしてもいいですか!」

「ほんと⁉ 助かる! あ。でも、ウチで寝るならお店の座敷だけど……」


 空気椅子のような中腰の姿勢をキープしながら、いつもみたいに裕子が泉美に猛アプローチをかけている。それを見て、英子が呆れたように笑う。


「相変わらず玉砕しとんなー、あの女は」

「エーコはどうするの?」楓がきく。

「ん、ウチか? オトンが例のクルーザーに客乗せて、海の上から花火みるとかで手伝い行くけど。身内のフリして紛れてもわからんやろし、一緒に乗ってくか?」


 楓は一瞬、きょとんとして英子を見て、すぐにこくりと頷いた。

 みんな、それぞれこの島の夏祭りを楽しもうとしている。


「セナは週末どうするつもりなの?」

 美海がたずねると、星南はジャンプスクワットをしながら、表情一つ変えず「何も考えてないけど。どうして」と返事する。

「もし、お祭り行くなら一緒に行くかなと思って……」

「ああ、そういうこと。わざわざお祭りのために出かけるつもりはなかったけれど」

「そっか」

 それで会話が終わってしまう。その後、ノルマの回数のスクワットをこなすと、星南は緩く脱力しながら不意打ちのようにいった。

「美海こそ予定ないの? 彼氏とデートとか」

「ないない! なんでそうなるの?」

 美海は慌てて両手を体の前にかざしてぶんぶんと振る。星南は少し不思議そうに首を傾げつつ、いった。

「だったら、家に来ない? 一人で練習するより、二人のほうがいろいろと練習できるし」

「やっぱり練習するんだ」


 苦笑いを浮かべつつ、美海は首肯した。


「うん、行く」

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