Ep.26 交流と再会

 三日目の夜は、近くにあるホテルの宴会場で四校合同の懇親会が行われることになった。

 さすがにホテルでの食事ということもあり、全員、練習着から制服に着替えている。

 部員と関係者、総勢約七十名が全員入ってもまだ十分に余裕のある大きな宴会場は、立食形式の丸テーブルが並び、その中央に据えられた大きなテーブルには、豪華な料理がずらりと並んでいる。

 乾杯の音頭を指名された沖縄学院附属高校の監督が壇上に上がり、挨拶ををする。


「では、秋の大会での皆さんの活躍を祈念して、乾杯!」

「かんぱーいっ!!」


 ジュースの入ったグラスをかかげて全員で大きく唱和すると、勢いよく飲み干して、みんな一斉に料理テーブルへとむかう。まるで、グラウンドボールに集まるみたいに、料理テーブル前が混戦状態になった。


「あはは、みんな負けるなー」泉美がけらけらと笑いながら、声援を送る。

「イズは行かないの?」

「まあ、見てて……」

 そういっているそばから、裕子が両手にたっぷり料理を乗せたお皿を持って、満面の笑みで近寄ってきた。

「イズ先輩! お料理取ってきました!」

「ね?」

 美海は思わず笑ってしまった。やっぱり、裕子のこういうところが羨ましい。

「そういえば、セナは?」

 料理を受け取った泉美がきく。美海は会場の隅を指差した。

 会場の壁際、ホテルのサービス員の陰で気配を消しながら、星南が一人で料理を食べていた。

「人多いの苦手なんだって」

「一瞬、ホテルの人かと思ったわ。まあ、こういうのって性格出るよね。円華なんか、他の学校のエースアタッカーのところに武者修行の旅に出てるし」

 円華は佳弥子と二人で、ウィンディーネの相馬と話し込んでいるようだ。彼女にクロスワークの極意をインタビューしているのかもしれない。

 美海たちは残りのメンバーで円卓を囲む。テーブルの上はたくさんの料理と、ホテルのスタッフが用意してくれた飲み物でいっぱいになっている。しばらくチームメイトたちと歓談していると、あすなが手を振りながら近寄ってきた。隣にはキャプテンの獅子堂遥もいる。


「あすな、それに獅子堂さん」

「三日間お疲れ様。ぜひアクルクスのみんなと話をしてみたくて」

「こちらもです。あたしたち、今日の試合ではほとんど獅子堂さんにセーブされて、なんだか、巨大な柱にボールの打ち込みしてる気分でしたよ」泉美が肩をすくめてみせる。

「やめてよ、もう。こう見えてもうら若きJKなのに。それに、公式戦でないとはいえ、君たちに失点を許して、ちょっとはへこんだんだから」


 ラフローレとの第一試合、英子のカウンターからの、円華への意表を突いた連携と、泉美と円華の二連続のフェイクシュートでの得点はあったものの、その後は鉄壁と呼ばれるラフローレのディフェンス陣を攻めあぐね、終わってみれば2対5と最後まで逆転はできなかった。それでも、昨年の九州大会ゼロ封のゴーリーから2得点したことは、試合後にちょっとした話題になった。その後、第二試合でラフローレと対戦したウィンディーネは、完封負けだったのだ。


「獅子堂さんは、対戦してみて実際どうだったでしょうか。私たちのラクロスは」

 美海がきくと、遥は「そうね……」と少し考えていった。

「正直いえば、対戦するまでは日比井さんのワンマンチームだろうと思っていたけど、意外とそうじゃないって感じ。確かに日比井さんは頭一つ抜けているけど、それをまっすぐこっちのゴールにむけるより、みんなの持ってる力を引き出すために動いているっていう印象ね」

「要するに、みんなが今よりうまくなったら、ちょっとヤバいって思ってるって!」

 あすなが人差し指を突きたてて、要約する。

「ゴーリー、どうやったらうまくなれる、ますか?」

 珍しく、楓が前のめりなってにきく。

「前藤さんは、自分が防ごうっていう意識が強いと思う。でも、ゴーリーが一人で完璧にゴールを守るのは、到底無理なの。だから、ディフェンスとどう連携するか、彼女たちがどう動けば相手の攻撃を防げるか、それを考えるといいかもね。ちなみに、わたしも聞いていい?」

「前藤に?」

「どうして、理央のシュートを受けても、体が逃げなかったの? 普通、至近距離であの高速シュート打たれたら、反射的に体は避けようとするのに」

 楓はうーんと唸ってから、ポンと手を打った。

「前藤、ボール見てない」

「そうなの?」

「相手の動き、視線、クセ。そういうのを見て、軌道予測してる。ボールが来ると思うところに先に動くから」

「……そうなんだ。ありがとう、参考になったわ。とにかく、お互い、秋の地区大会頑張りましょう。できれば、決勝まであたりたくはないけどね」


 遥はそういうと、自分たちのチームメンバーのところに帰っていった。

 あすなは一度戻ろうとして、すぐ美海の元に戻ってきていった。


「あの第2クォーターのディフェンス。ちょっと完璧すぎて、正直悔しかった。でも、すごく楽しかった! キャプテンはああいったけど、わたしはミウたちと戦うの、楽しみに待ってるから。じゃあね!」

 あすなはキラキラの笑顔で手を振って、元いたテーブルに戻っていった。


「そういえば、あのときヤチヨちゃん、右にっていったけど、どうしてだったの?」

 美海が八千代にたずねる。

「カエデが教えてくれた。あの子、1オン1のとき、ほとんどが左まくりだったんだよ。利き足なのかリズムなのかはわからないけど、たぶん、そっちのほうが得意なんだろう。左にロールするには、左足を踏み込む必要がある。けれど、ミウちゃんがそっちを防ぐようにポジションすれば、左まくりの選択肢を潰せる。だから、星南はあらかじめ右ロールをすると予測できたし、プロテクションが甘くなったのも、普段と違う方向だったからだろうね」

 楓がコクコクと頷いている。

 そうか、これがチームの目と頭脳、そしてそれを指示する声なんだ。

 あの一声があったから、ボールを奪って得点につながった。つまり、あの一点は八千代が放った「右に」のたった一声がきっかけだったんだ。

 そう思うと、美海の体をぞくぞくとした。

 ラクロスがこんなにも面白いなんて!


 その後も、入れ代わり立ち代わりで他のチームから美海たちのところに選手が交流しにきた。美海は彼女たちから、たくさんのラクロスの面白いところをきいた。逆に、みんなが口をそろえていうのが「どうしてラクロス部を作ったの」ということだった。小さな島の小さな高校にラクロス部があることが不思議でしょうがないらしい。


 しばらくそんなふうにして楽しく過ごしていたが、昼間に失った水分を一気に補給しすぎたのか、美海は急にトイレに行きたくなった。


「ごめん、わたしちょっとトイレ……」

 泉美に耳打ちして、美海は宴会場を出た。

 豪華な絨毯が敷かれたロビーを見渡してみたが、どこにもトイレの案内看板が見当たらない。ホテルの従業員にきこうと思っても、従業員がどこにいるのかわからない。隣の宴会場でも、団体のパーティが行われているらしく、スーツを着た男性たちがひっきりなしにに会場を出たり入ったりしている。

 あ、と美海は思いつく。

 あの人たちも多分トイレに行くんだろう。だったら、彼らについていけばトイレにたどり着くはず。

 美海は、会場から出てきた二人組のスーツ姿の男の後についていくことにした。

 ロビーを進み、エスカレーターを下って一階に出ると、さらにそこから少し奥まった通路のところまでやってくる。

 煙の臭いがつんと美海の鼻についた。

 見てみれば、そこはトイレではなく、ガラス扉で仕切られた喫煙所だった。


 しまった、またやってしまった。急いで戻ろうとした美海の手を、誰かが掴んだ。

「あれぇ、高校生が煙草吸いに来ちゃったぁ?」

 赤ら顔の男がニヤついた笑いを浮かべて、美海の腕を掴んでいる。さっき、宴会場から出てきた二人組だ。隣の男が、いやらしく目を曲げていう。

「ダメでしょ。そんな悪いことしちゃ」

「やめてください。ちょっと場所間違えただけですから」

「いいじゃん。それよりもお兄さんたちと一緒に飲もうよぉ」

 二人とも、かなり酔っぱらっている。掴まれている腕を必死に引っ張っても、男は離してくれない。

 大声をあげて誰か呼ばなきゃ。

 でも、声が出ない。

 怖い。

 誰か、助けて……!


「手を離しなさい」

 

 その声に、美海は瞑っていた目を開けた。


「ああ? なんだぁ、また女かぁ?」

 酔っ払いが巻き舌でまくしたて、ねめあげるような視線をむける。

 視線の先に、ジャージ姿の女の子がいた。美海の口から、「あ」と短く声が漏れる。

 そのとき、通路のむこうから明るい毛色をした女の子が駆けてきた。その後ろにはホテルの制服を着た男性もいた。


「こっちです。酔っ払いさんが、女の子に絡んでるんです!」

「ちょっと、今、何をされてたんですか?」

「あ、いえ。ほら、ここ喫煙所だから……その、入っちゃだめだって、注意をちょっと……」

 しどろもどろで男たちは美海から離れていく。

「もし、他のお客様にご迷惑を掛けるのなら、ご退館いただきますよ」

 彼が毅然とした声でそういうと、酔っ払いの二人は「いや、大丈夫です」と訳の分からない弁明をして立ち去った。


「あの……ありがとうございました」

「あれ、君はたしか……」

「……一度ならず二度までも助けていただき、本当にすみません……」


 美海を助けてくれたのは、初日に道に迷ったときに、コンビニのところで道を教えてくれた、二人組の女の子だった。


「もしかして、君もこのホテルで泊まっていたの?」

「いえ、私たちは近くの合宿所で泊っていて、今日はここの宴会場で懇親会だったんです。本当に助かりました」

「気にしないで。怪我がなくてよかったよ。それじゃあ」

 そういって踵を返した二人の背中を見て、美海は思わず「え?」と声をあげた。

 そのとき、通路のむこうで「ミウ、どこ?」と美海を呼ぶ声がした。

 通路に姿を現したのは星南だった。ちょうど、二人組と星南が鉢合わせになった。

 

「……日比井?」

「桜ノ宮……先輩?」


 星南が桜ノ宮先輩と呼んだ彼女のジャージの背中には「AOMATSU UNIV. HIGH SCHOOL LACROSSE CLUB」と刺繍が施されている。どうやら、あの二人は星南の元チームメイトだったらしい。

 星南は美海の姿を見つけると、二人の横を素通りして美海に「戻ろう」といった。

 美海が反応に困っていると、桜ノ宮が振り向いていった。


「まさか、日比井とこんな場所で再会するなんて思わなかったわ」

「こっちは少し嫌な予感はしていましたよ。沖縄で合宿すると聞いたときから。ラクロス部、いつもここで合宿してましたし」

「まだラクロスをやっているのね」

「当たり前です。わたしは青松大高校を倒して日本一になるんです」

「そんなこと、意味がないっていったつもりなんだけど」

「先輩には関係のないことです。わたしは今は、遊路高校のラクロス部ですから」

 星南はぶっきらぼうにそういうと、美海の手を引いてこの場から立ち去ろうとした。すると、すれ違いざまに、彼女はふふっと短く鼻で笑った。

「そう。遊路高校って日比井の学校だったのね。だったら、嫌でもわからせてあげるわ」

 星南は桜ノ宮を睥睨すると、「失礼します」と無感情でいい放ち、美海を連れて早足で宴会場に戻った。

 結局、美海はトイレに行けなかった。

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