Ep.25 声と目
第一クォーターが終了し、二分間のクォータータイムとなり、アクルクスメンバーはベンチに集まっていた。みな息を弾ませながら、ボトルから水を補給しつつ、これまでの展開を確認する。現在の得点は0ー3で、ほぼラフローレのポゼッションだ。得点は最初の佐生の1点と、残りの2点はあすなが単独突破して放ったシュートだ。
「あの双子をなんとかして中盤の支配をしないと……」
「せやな。しかし、コンビプレーもやけど、スピードも相当あるな。千穂先輩でも追い付くのが精いっぱいや」英子が大きく息をしながらいう。
「さすがに二人同時にはマークできないし、片方を押さえても、もう一人が起点になって4番に繋がるパターンが多いから」千穂は困ったように眉をさげる。
有効な打開策を出せずに、みんな黙り込んでしまう。沈黙の中、楓がいった。
「聞いて」
「お、カエちゃん。なんや、考えがあるんか?」
楓は小さく頷いた。
「4番だけど、1対1で勝負すると、ほぼ彼女が勝つ。だったら、勝負するフィールドを変える」
「フィールドを変える?」
「前にエーコにいわれた。魚を釣るとき、魚と引っ張り合いをしても、人間には分が悪いって。だから魚が逃げやすい方を作ってあえて誘導して、自分に有利な状況にするって」
「それで、どうするの?」千穂がきく。
「ダッジで突破を図るのと、ディフェンスが薄くてドライブしやすいコースなら、リスクが高い突破より、ドライブを選択したくなるはず。だから、あえてディフェンスの薄い場所を作ってそっちに誘導する」
「それは、流しね」
星南がいった。
「カエデがいうことは間違ってないわ。でも、ポジショニングを的確に指示していかなければ、相手を簡単に飛び込ませてしまうことになるけれど……カエデがみんなに指示を出せる?」
「前藤が?」
「ゴーリーはただ黙々とボールを捕るだけのポジションじゃないわ。視野を広くもって、的確に指示を出すことが、ゴーリーの大切な役割なのよ。できる?」
「それは……」
楓は無言のまま、唇を引き結んだ。
たしかに、楓には高い分析力とそこから導き出される的確な予測がある。それは、ゴーリーとして強力な武器だ。しかし、彼女には決定的に不足しているものがある。それは自己主張の弱さだ。大声を出して味方にポジショニングを指示する、たったこれだけのことだが、楓にとっては低くないハードルだった。
「それは、わたしがなんとかしよう」
そういったのは八千代だった。
「この中では、なんだかんだといって、わたしが一番カエデとの付き合いが長い。こう見えて、カエデのことを理解しているつもりでいるんだ」
「出井先輩……」
「足りないならば、補い合えばいい。なにも、一人ですべてを抱える必要なんてない。わたしがカエデの声になる。だから、カエデはチームの目となり、わたしたちを導いてほしい」
楓は頷き「はい」と短く答える。
それまで、黙って選手の話を聞いていた友美がいった。
「まあ、まだ第1クォーターが終わっただけ。あなたたちの持ち味は、個々のプレーの爆発力よ。まずは、しっかり守る。そして、攻撃では、自分たちらしさを思いっきりぶつけなさい」
その一言で、選手たちは少しだけ肩の力が抜けた。
クォータータイム残り三十秒のコールがかかり、選手たちはフィールドに戻っていった。
第2クォーターも、ラフローレの猛攻が続き、アクルクスは自陣内でのディフェンスの時間が増えていた。千穂が一度交替エリアへさがり、代わりに佳弥子がフィールドに出る。さらに、瑠衣が自陣リストレイニングライン外に出て、前線にいる美海が自陣に戻りディフェンスに入った。
守備側は自陣内にはゴーリー含め七名しか入れないことになっていて、その数を越えるとオフサイドのファウルをとられるのだ。
相変わらず、中盤では戀と藍によるギブ&ゴーの連携で、ボールを支配され続けている。彼女たちに翻弄されてディフェンスのラインが崩れると、その間隙をついてあすなにボールが渡ってしまう。あすなはまっすぐ美海にむかってくる。
今度こそ、あすなを止める。
美海は腰を落としクロスを構える。すると、背後から八千代の声が飛んできた。
「ミウちゃん、右に!」
反射的に、美海は一歩右にサイドステップを踏む。すると、あすなは美海から一歩遠い場所で、右足を外側に踏み出した。その足を軸に、体を捻ってロールダッジで美海を抜こうとしたその瞬間、後方から詰め寄っていた星南がクロスからボールを叩き落とした。
転げ落ちたボールを追って体が反応する。周囲を確認すると、右サイドから佐生が走り込んでいる。美海はその進路をふさぐようにグラウンドボールを拾い、素早くクロスを体に寄せてクレードルし、混戦するエリアを駆け抜けた。
「英子ちゃん!」
ボールが美海から英子に渡る。
「待っとったで! この瞬間っ!」
英子は助走をつけて大きくクロスを振り抜く。
オレンジ色のボールはフィールドを切り裂くように飛び、狙ったみたいにピンポイントで前線で待つ泉美のクロスのポケットに収まる。
「ナイスパス!」
ラフローレのディフェンスはまだ態勢が整っていない。チャンスは今しかない。
泉美はまっすぐラフローレのゴールにむけてドライブする。すぐにラフローレの1番が泉美のマークにつき、プレッシャーをかけてくる。それをバスケット仕込みの素早いターンで振り切って、ゴール前に躍り出る。
ゴーリーの遥がクロスを構え異様なまでの威圧感を放っている。
美しきゴールの番人? ふざけてるわ。こんなの、ほとんど金剛力士像じゃない!
泉美はクロスを振りかぶる。
「お願い、この一点は絶対にとらないといけないの!」
泉美のクロスから放たれたボールは高さ1.8メートルのゴールバーの上を山なりの軌道で越えていく。
ラフローレのディフェンス陣が、胸をなでおろしたその一瞬、ゴール裏に風のように走り込む選手がいた。シュートミスと思われたボールは、ゴール裏に展開していた円華へのパス。シュートモーションはフェイクだった。
完全に虚を突かれたディフェンスは、ゴール裏から単独突破する円華に対応しきれていない。フリーで、今度こそ遥との勝負になる。
「輝かしい無失点記録、ボクが止める!」
円華はクロスを振りかぶると、ゴルフのショットのように大きくスイングして、足元すれすれの位置で振りぬいた。
地面を這うように飛んだボールは、遥の両足の間を通り抜け、彼女の背後のネットを揺らした。
ピィーッ! と、ホイッスルが鳴ると同時に、円華が高く右手を突き上げた。
チームメイトの歓声を浴び、泉美と瑠衣にもみくちゃにされながら、円華は天を仰ぎ見た。夢へと続く道に、一歩。小さな足跡を残したことを、感じながら。
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