Ep.24 貸しと借り

 合宿三日目。

 この日は午前中に一試合、午後に一試合の予定だった。対戦相手は、一試合目が神山学園ラフローレ。午後の二試合目は、一試合目の勝者同士、敗者同士が対戦する。要するに、4チームによるトーナメントだ。

 五月に律翔大学OGとの練習試合以来、二カ月ぶりのフルメンバーによる試合だ。朝食後に軽くアップを済ませると、各チームが集まり、試合前のミーティングになる。


「神山学園ラフローレのメンバーの中でも注目すべき選手は三年生キャプテン、0番ゴーリーの獅子堂遥だ。技術も体力も優れているが、突出しているのは戦術だ。去年の九州沖縄地区大会では、驚異の全試合オールゼロ封。人呼んで『美しきゴールの番人』。技術もさることながら、ディフェンス陣のポジショニングが天才的だ。その指示を逐一、彼女が送っている。ラクロス歴は八年。超高校生級プレイヤーといっていいだろう」


 遥はゴーリーに有利とされる大柄な選手ではない。しかし、彼女からオーラのごとく発せられる威圧感には、アタックの選手もついひるんでしまうほどだ。


「そして、アタックの三年生3番の佐生さそと、二年生4番の早乙女さおとめ。長身の佐生が打ち下ろすスタンドシュートの球速は百キロメートルを超える。フィジカルも強いから、上から強引に打ち込んでも決まるほどだ。早乙女はまだ二年目のプレイヤーだが、スピードとフットワークはチームでもトップレベル。実力は三年生にもひけを取らない」

 あすなは須賀の目から見ても、レベルの高いプレイヤーらしい。おまけに、コミュ力お化けみたいなキャラをしている。羨んでも仕方がないけれど、天は二物を与えるものだと思わずにはいられない。

「そして、二年生ミディ、6番、二葉ふたばらんと7番、れんの双子の姉妹だ。彼女たちも二年生だが、とにかく運動量が豊富なのと、姉妹ならではの様々なコンビネーションスキルを繰り出してくる、技の宝庫だ。もちろん、他の選手も全国レベルの高い技術を持った選手ばかりだけど、突破口がないわけじゃない。しっかり、作戦を立てて、まずは1点。あの獅子堂から、ゴールをもぎ取るんだ」

「はいっ!」

 いつもより気合の入った声でメンバーが返事をする。

 友美が今日の作戦をいくつか伝えたところで、メンバーの招集がかかり、両チームの選手たちはセンターラインを挟んで向かい合った。


 ラフローレのユニフォームはピンクがかった紫がベースで、スカートはノンプリーツタイプだ。遠めに見ると、ワンピースっぽく見えて、これはこれで可愛らしいデザインだ。


「ミウー! 今日は楽しもうねっ!」

 あすなが美海に強めのハグをする。

「落ち着きなさい、あすな」

 キャプテンの遥が注意すると、あすなは気まずそうにペロっと舌を出した。


「神山学園ラフローレのキャプテン、獅子堂遥です」

「遊路高校アクルクス日比井星南よ」

 キャプテン同士が握手をする。

「日比井さんって、以前、青松大付属にいなかった?」

「ええ」

「やっぱり! 一昨年の全国大会、九州沖縄地区代表として対戦してるんだけど、そのとき、中学生選手で混じってプレーしていたよね」

「ええ」

「あのときは、青松大の桜ノ宮美玲には随分といいようにやられたわ。今年こそその借りを返さないと」

「桜ノ宮先輩なら、あちこちに暴利で貸し作ってます。でも、安心してください。わたしたちが、まとめて全部返してきますから」

「あはは、なかなか面白いこというね。いいわ、それじゃあ、今日はあなたの分だけでも、利子として返してあげる」


 握手をしたまま、キャプテン同士がバチバチと火花を散らした。


「おお、珍しく遥先輩の目が燃えてる」


 あすなが面白いものを見たように、目を輝かせた。

 あすなとは、この合宿中にかなり仲良くなった。昼食をとりながら、ラクロスについてあれこれ話すこともあったし、練習中には彼女からいくつもアドバイスをもらっている。だからこそ、彼女との直接対決に胸が高鳴っていた。


「私たちも、全力で戦おうね、あすな!」

「もちろんだよ、ミウ!」


 クロスヘッドをこつんとぶつけ、二人はお互いの健闘を誓いあった。


 ラフローレのドロワーは三年生のミディ、2番可児。こちらはいつもどおり星南だ。

 ホイッスルと同時に頭上高くボールが弾き飛ばされる。

 二人で同時にジャンプし、クロスを延ばす。ボールをキャッチしたのは可児だった。

 着地するとすぐにラフローレ7番、二葉戀へとボールがパスされる。


「それじゃあ、行っくよー!」


 戀はボールをキャッチするや、一気に加速して駆け上がってくる。クロスを構え、腰を落として英子は迎え撃つ姿勢をとる。


「おっしゃ、来いやぁ!」

「うち、こいじゃなくてれんっていうんだよー」

「うっさい、名前の話ちゃうわ!」


 戀のクロスをチェックしようとした瞬間、彼女はニッと笑って、クロスを真横に振った。

 ボールは左サイドを駆け上がる6番二葉藍に渡る。


「ノールックパスやと!」

「お先にー」

 踊るようにステップを踏んで英子をかわすと、戀は藍から戻ってきたボールをキャッチして、アクルクス陣内を駆け上がる。流れるようなギブ&ゴー。

 しかし、その進路に素早く星南が立ちふさがった。


「おっと」

 急ブレーキをかけるように星南の手前で止まると戀は視線を右に送りパスモーションをしつつ、逆の左側にステップする。フェイスダッジという視線で誘導するテクニックだ。

 しかし、戀が抜いたと思った瞬間、星南は振り向きざまに戀のクロスをチェックする。クロスから飛び出したボールがグラウンドに転がる。

 それを素早く反応した英子が拾ってターンオーバーする。


「ボールプロテクションが甘いわ」

 星南がいうと、戀は舌打ちをして、まわれ右して自陣に駆け戻る。

 オフェンスに転じたアクルクスのメンバーに星南が指示を送る。

「ガウガウ、9番抑えて!」

「やってるわよ!」

 英子に詰める9番の羊谷を裕子がピックしようとするが、羊谷は裕子を振り切って英子のスペースに割り込んだ。思わず英子の足が止まる。


「いったん戻して!」

 フィールドの中央を駆け戻りながら星南が呼ぶ。英子からのパスを受けると、星南はコート中央をラフローレ陣地にむかってドライブする。

 すぐに7番の戀が星南のマークについた。


「さっきはどうもー。こう見えて、うち、執念深いタチなんでー」


 戀がチェックに来たのを、星南はロールでかわす。

 しかし、背後から続けざまにチェックされて、キープしきれずに落球する。

 振り返れば、同じ顔がニヤッと笑いながら、クロスを構えていた。一瞬、分身の術でも使ったのかと錯覚したが、すぐに双子の藍だと気づく。

 

「アンド、ウチら、やられたらやり返す流儀なのでー」

「戀と藍は、言葉でコミュニケーションしなくても、自然とお互いの動きとかわかっちゃうんだよね! 双子だから!」

 グラウンドボールを拾った藍が、逆サイドにいたあすなにパスを出す。

 再び攻守逆転し、アクルクスの選手たちが逆流するように自陣に戻る。


「ナイスパス、藍!」

 キャッチしたあすなに、敵陣から戻った美海がマークにつく。彼女のプレイスタイルは、この二日間でかなり見てきたはずだし、実際に彼女と一緒に練習した時間は、アクルクスの他のチームメイトよりも長い。

「いかせないよ、あすな!」

「オッケー、勝負だよ、ミウ!」


 あすなはスピーディーな展開を好む傾向がある。1オン1に絶対の自信があり、普通ならパスを送りたくなる場面も、突破を図ろうとする。

 もちろん、彼女とまともに勝負しても、分が悪いことはわかっている。

 だけど、今は彼女との勝負を美海が求めている。

 本気のあすなと全力でぶつかりあいたい!


 あすながクロスを持つ左右の手を入れ替えた。

 来る。

 ダッジのコツは、ボールを体に隠すようにして、ディフェンスから遠ざけることだ。美海は本能的に彼女の動作で、外側からの突破を狙っていると判断し、右にサイドステップする。

 突破を防がれたあすなは、瞬時に反対に切り返す。

 速い。けれど、まだ反応できてる。

 美海は右足を強く踏み込み急制動をかけて、あすなにくらいついていく。

 再びあすなが突破を図ろうと、クロスを持ち替える。そのタイミングを狙いすましあすなのクロスをチェックする。

 あすなが驚きの表情を浮かべた。まるでスローモーション映像を見ているかのように、彼女のクロスからボールがこぼれ落ちる様が、はっきりと見える。 

 次の瞬間、ピィッと甲高いホイッスルの音が張りつめる空気を切り裂き、美海の世界が元の速さで動き始めた。


「遊路高校20番、デンジャラスチェックです」

 審判がファウルを宣言する。チェックにいった美海のクロスが、あすなに対して危険だと判断され、ファウルをとられたのだ。

 

「ごめん、大丈夫だった?」

「平気。でも正直、あのタイミングでチェックされるとは思わなかったから、びっくりしちゃった」

「あすなのおかげだよ」


 あすなはきょとんとした。けれど、合同練習のときチェックでファウルをとられることを恐れるな、といったのは彼女だ。彼女にとっては、ほんの些末なことかもしれない。けれど、ラクロスを初めて日が浅い美海にはどんな些細なことでも、プレーの糧になる。それが今、こんなにも実感できる。成長することが、ラクロスの楽しさを風船のように大きく膨らませてくれる。


 あすなのフリーポジションでのプレー再開。

 ホイッスルを合図に、一時停止が解かれた映像のように選手たちが一斉に動き始める。

 英子と佳弥子が二人がかりであすなに向かう。

 バックステップで二人と距離をとったあすなは、すかさず双子の姉、藍にボールを送る。

 藍に渡ったボールは、すぐさま戀に、そして再び藍に見事なパスワークで、確実にアクルクス陣内に攻め入ってくる。二人のスピードに、さすがの星南も手を焼いたのか、八千代と千穂に二人の間のパスコースをふさぐように指示をする。


「うちらのコンビプレーは、ただパスを送りあうだけじゃないかんね!」


 藍と戀はそれぞれコートの逆サイドに展開しながら、ディフェンスの手薄な場所を駆け抜けてゴール裏に走り込む。


「戀!」

 藍が送ったパスを受け取った戀は、すかさずゴール越しに山なりのパスを出した。

 藍と戀に注意を引きつけられていたアクルクスのディフェンス陣の後方、ゴール前11mエリア内にいた3番佐生に、パスが渡った。

「ナイスパス!」

 短いステップを踏んで佐生がクロスを振りかぶった。

 ゴーリーの楓が反応する間もなく、びゅんと風を切る音がしたのと同時に、ボールはゴールネットに突き刺さった。


 得点を告げるホイッスルが鳴り、ラフローレの選手たちが、ゴール前で肩を抱いて先制点を喜び合っていた。

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