Ep.23 ミーティングと恋バナ
夕食後に行われたミーティングでの雰囲気は、明暗はっきりと分かれていた。
星南がメンバーにいたBチームのミニゲームの結果は、2戦2勝。一方のAチームは2戦2敗。当然、Aチームのメンバーはみな難しい顔をしていた。
須賀は「あえてポジション変更しての結果だ。勝敗はさほど重要じゃない」といったが、勝つのとそうでないのとでは、気持ちの持ちようは真逆になる。なにより、星南という存在の大きさを思い知らされることになった。
ミーティングでは、今日のミニゲームを録画したビデオをリプレイをしながら、プレーの反省点や、相手のプレーで参考になりそうなものを検証していく。ビデオで改めて神田朱里の高い突破力を目の当たりにすると、自分の力の足りなさに、美海の心は鉄塊を抱いたみたいに重くなった。
二時間みっちりミーティングでビデオ検証と戦術の座学をして、アクルクスメンバーたちの長い一日が終わった。この後、お風呂に入って、少し部屋でおしゃべりでもしたら、多分そのまま疲れて寝てしまう。
美海は、入浴の準備をしていた泉美たちに「ごめん、先にお風呂行ってて」というと、一人で部屋を出る。
むかったのは一年生が泊っている部屋だ。
「あれ、ミウ先輩? どうしたんですか?」
ドアをノックすると、佳弥子が顔をのぞかせてた。
「裕子ちゃんはいる?」
「そういえば、いませんね。誰か、ユッコどこにいったか知ってますか?」
部屋の中にむかって佳弥子がきくと、「さっき、クロス抱えてどっか行ったで」と英子の関西弁が聞こえてきた。
「だそうです」
「わかった。ありがとう」
美海は礼をいうと、エレベーターで一階に降りて宿舎を出た。門限があるからそう遠くには行ってないと思うが、初日に迷子になったトラウマがあるので、美海もあまり遠くまでは探しに行けない。
しかし、それは杞憂にすぎなかった。
宿舎を出てすぐの海岸沿いの遊歩道の街灯の下に、見覚えのある三つ編みのシルエットが見えた。
「裕子ちゃん」
声を掛けると、人影が振り向いた。
「ミウ先輩? どうしたんですか?」
裕子は一人で壁打ちをしていたらしい。クロスをもったまま、意外そうに目を丸くする。
「イズじゃなくて残念だった?」
「そんなこと……」
語尾に力がない。図星だったのかもしれない。
二人で近くのベンチに並んで腰を掛ける。
「今日、ゲームのあと思いつめてるみたいだったから……少し話したいなって思って」
「美海先輩こそ、死んだ魚の目をしてビデオ見てましたよ」
つい苦笑してしまった。
「結局、神田さんのステップに抜かれっぱなしで、そのシーンを何度も繰り返し流されちゃったら、ちょっとね………」
「あれ、グースステップですね。ラグビーの選手が使うような、難しいステップですよ」
「へえ。詳しいのね」
「前にちょっと調べたことがあったので」
そういったあと、裕子は沈黙した。
遊歩道のむこうは整備された砂浜になっていて、穏やかな波音が心地よいリズムを刻んでいる。
何か別の話題がないかと考えていたら、先に裕子が口を開いた。
「やっぱり、キャプテンって根っからのラクロス馬鹿なんだなって思いました。アタシは多分、あんな風にラクロスできない」
「別にセナみたいになる必要は無いんじゃない?」
「でも、全国に行くような学校って、あんなラクロス馬鹿の集合体じゃないですか。カヤも円華も、英子だって全国目指すって頑張ってるし、チィ先輩やいりえる先輩にはそんな相手と渡り合えるだけの能力もある。でも、アタシには無理ですよ、何にもないから」
そんなことないよ、と言おうとして、美海は言葉を喉の奥に押し込めた。「何があるんですか」と聞かれたら、彼女を納得させられる答えを返せない気がした。
「でも、ラクロス部に残ってくれてるじゃない」
「そりゃ残りますよ。イズ先輩がいるんですもん!」
「裕子ちゃん、本当にイズのこと大好きだよね」
「当たり前です! かわいいし、明るいし、リーダーシップもあるし、何より優しいし! どこぞのキャプテンとは大違いです!」
裕子は色めきながらいう。しかし、すぐに冷静な声色になって、足元に視線を落とした。
「アタシ、ずっと自分のこと嫌いだったんです。勉強はダメだし、運動だって並以下だったし、何の取り柄もなかった。グースステップも、バスケで使えないかとか思ってやってみたんですけど、無理でした。アタシ、ずっと空回りしっぱなしなんです。でも、イズ先輩は、そんなアタシでも、必要だっていってくれたんです。『ユッコがユッコ自身を嫌いでも、あたしはユッコが好き。あたしがユッコを必要としてるんだ』って。そんなこといってくれる人、イズ先輩だけだったから……もう、イズ先輩がいてくれたら、それだけでいいって……でも、やっぱり変ですよね。高2にもなって、女の先輩を好きだとかいいまくってるのって」
「そうかな? 私は正直、裕子ちゃんが大好きオーラ出しまくれるの羨ましいな。私は好きな人に、そんな風に面と向かっって『大好き』なんていえないから」
裕子に微笑みかけると、途端に彼女はっとした表情になって、ずいっと身を乗り出した。
「ミウ先輩……もしかして、好きな人、いるんですか! 誰ですかっ! クラスの人? もしかして、アタシも知っている人っ!?」
興奮して鼻息を荒くしている。
「や、やけに食いつくのね」
「だって、合宿で恋バナなんて、ど定番のお約束じゃないですか! で、誰なんですか!」
更に距離を縮め、ほとんどキスしそうなくらい顔を近づける。美海は微笑を浮かべて、裕子に耳打ちをした。
「……冗談でしょ、ミウ先輩」裕子は、まるで魂を抜かれたみたいにぽかんとしている。
「ううん。私は、初めて会ったときから、ずっとあの子に惹かれてる」
「こういったら気を悪くするかもですけど、あの人には人を好きになるなんて感情、百パーないですよ?」
「そんなことないと思うよ。多分、裕子ちゃんのことも好きだと思うよ」
「まさか! ないない、絶対ないです!」
「そうかな? だって、裕子ちゃんだけなんだよ。あの子がニックネームで呼ぶの。他の子はみんな名前呼びだから」
「……それは単に馬鹿にしてるだけだと思う」
裕子は半目にして美海を見た。
「このこと、みんなには絶対に内緒だからね」
美海は人差し指を唇にあてて、片目をつむってみせた。
「じゃあ、私戻るね。あまり、遅くなると門限過ぎて罰ゲームになるから、程々にね」
ベンチから立ち上がると、思い出したようにくるりとターンして、裕子にいった。
「それと、裕子ちゃんもみんなと同じラクロス馬鹿だよ。じゃなきゃ、夜中に一人で練習なんてしないもの」
今の私たちに大切なのは、多分ラクロスが上手かどうかじゃない。ラクロスが好きかどうかだ。だったら、答えは単純明快だ。
私は、ラクロスが大好きだ。
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