Ep.18 沖縄と中国
英子から部員たちに招集がかかったのは、その週の金曜日だった。
練習が終わった後、須賀と友美も含めたラクロス部全員で、前崎地区にある英子の自宅に来いということだった。
「お疲れさん。とりあえず入って」
チームメイトたちを自宅に上げると、英子は玄関を入ってすぐ左の大きな座敷に彼女たちを案内する。家は木造の平屋建てだが、敷地がかなり広く、襖で田の字に仕切られた座敷は、開け放つと部員全員が入ってもまだ余裕があるほどだった。
「あの、俺と小山内コーチまで呼ばれたんだけど、これは一体……」
「ああ、先生はやな」そういいながら英子は須賀の背中を押して、座敷から広縁へと追いやる。
「ここは女の園やから、ゼェーッタイに入ったらあかんで。先生のことはオトンが相手したるから」
押し出された広縁から続く庭先に、スキンヘッドの大男が立っていた。熱い胸板にピッチリとしたタンクトップ姿の彼が、手招きをしている。
思わず英子のほうを振り向くと「ほな、ごゆっくりー」と英子は障子をぴしゃりと締めきってしまった。
「どうも、先生」
男が怪しげに笑っていた。須賀は引きつった笑みを浮かべながら「よ、よろしくお願いします」と、上ずった声でいった。
座敷の中では、英子が集まった部員たちの前に一抱えもある段ボールの中身をばら撒いた。
出てきたのは、色とりどりの大量の衣装だった。
「なにこれ! コスプレ⁉」衣装のひとつを持ち上げ泉美が興奮気味にいう。
「こんな大量の衣装、どうしたんですか?」
「中学の文化祭で使ったやつの残りモンや」
「で、このコスプレをどうするつもり?」
星南が苦り切った表情でたずねる。
「もちろん、沖縄に行くためにみんなで着るんやん?」
なぜコスプレが沖縄に繋がるのか、まるで理解不能といいたげに、星南が眉を寄せる。すると、英子が思い出したように「あ、でも」と付け加える。
「キャプテンは別。頼んでいたモン、持ってきてもらってます?」
「持ってきたけど、英子、まさか……」
とたんに星南が怯えた表情を浮かべた。
一方、部員たちは大量のコスプレ衣装を前に、すっかり舞い上がって黄色い声をあげていた。島では、こういった衣装を着る機会なんて今までなかったので、初めての体験で楽しいのと恥ずかしいのとがごっちゃになって、テンションが急上昇していた。
「ナース姿のイズ先輩とか、まじでヤバいんですけど!」
「ユッコも似合ってるわよ、メイド服」
「本当ですかぁ!?」
裕子は両手で頬を覆いしなをつくる。
「案外、こういうのも悪くはないな」
学ラン姿の八千代が、自分の格好を確認するように、体をよじる。
「ボクのはどうでしょうか?」
男物のブレザーを着た円華がいうと、八千代があごに手をあてて感想を口にする。
「うーん。普通すぎて、意外感がない」
「無理無理無理! こんなの絶対無理だって!」
泣きそうな声を上げているのは千穂だ。
「なんでや! 陸上のセパレートのユニフォームなんか、バニーガールより布地少ないやん!」
「だって、みんな制服とかなのに、なんでわたしだけ……」
「バニーガールもれっきとした制服や! ぐだぐだいうてたら、ひんむくで!」
「いやぁー!」
千穂は悲鳴をあげるが、なすすべなく英子の餌食となった。
「みんなテンション高い」
「そういうカエデちゃんはずいぶん余裕ですね」
童話の赤ずきんのような格好をした佳弥子がいう。ガチャピン風の着ぐるみに身を包んだ楓が頷く。
「なんか、しっくりくる」
「たしかにしっくりきてますよね。しかし、みんなにこんな格好させて、エイコちゃんはどうするつもりなのでしょう?」
「……たぶん接待」
つまり、英子は誰かをもてなして、沖縄までの交通費を支援してもらう腹積もりだということか。
「ウチら高校生なのに大丈夫でしようか?」
佳弥子は不安げに、頬を掻いた。
「ブレザーの制服、すごい似合ってるね」黒いミニスカポリスの格好で瑠衣が笑う。
「中高ともセーラー服だったから、ちょっと新鮮だよね」
ベージュのブレザー風の衣装を着た美海が、少し照れながらグレイのタータンチェック柄のスカートを翻す。
「セナも着替え終わった?」
部屋の隅で壁に向いて着替えていた星南にたずねると、星南はため息混じりに「一応」と背中越しにいう。
それまで千穂に構っていた英子が「お、済んだんや」と、星南を覗き込むように見た。
「おおっ、やっぱええやんか! ほら、こっち向きって!」
英子は星南の肩を掴んで、強引に回れ右をさせる。
星南はやや緑がかった黒のブレザーの制服だった。襟や裾は白くトリムが施され、胸のポケットには、月桂樹と盾の刺繍が施されている。スカートは、赤いバーバリー風のチェックで、プリーツのひだも綺麗に折りたたまれてあり、一見して、美海の制服風の衣装とは違う。
「どうしてわたしだけ、青松大の制服なの?」星南が不満げにいう。
「何いってるねん、青松大学付属いうたら、名門私立やんか。こんな島で滅多にお目にかかれへん制服や。いっぺんくらいお披露目しとかな!」
「たしかに品があるな。わたしたちの衣装と、まるで格が違う」
「ヤチヨまでそんなことをいって……」
「いいじゃないか。確かに、セナは青松大高校を不本意にやめたかもしれない。だけど、それはもう過ぎたことだ。セナは今は、遊路高校ラクロス部アクルクスのキャプテンなんだから、わたしたちと一緒におかしな格好をして、そんな過去は笑い飛ばせばいいんじゃないか?」
「いっておくけど、ただ制服が可愛いってだけで、キャプテンが可愛いわけじゃないから、勘違いしないで」
裕子が腰に手をあてて、セナを指差す。
「欲しいならあげるけど」
「いらないわよ!」
みんなが声を揃えて笑った。この二人、仲が悪いフリをしてるだけで、本当は仲良しなのかもしれない。
「それはそうと、さっきからコーチの姿が見えないんだけど?」
「ああ、来てソッコー、オカンが拉致った」
「なぜ、お母さんが……」
そういっているそばで、締め切られていた襖がすっと開き、英子の母親が入ってきた。
「みんなお待たせ。友美サンもこっちいらっしゃい」
英子の母親に手招きされ、座敷に入ってきた友美を見て、部員たちは思わず感嘆のため息をこぼした。
ブルーのロングチャイナドレスに身を包んだ友美が、恥じらいの色を浮かべ、自分の腕で体を抱くようにして立っていた。普段、ジャージ姿ばかり見ていて気にも留めてなかったが、チャイナドレスだと改めて、彼女のスタイルのいいボディラインがはっきりとわかった。おまけに太ももの付け根近くまで切れ込んだスリットから、白くて長い脚がのぞいている。
メイクも赤みのあるアイシャドウと、真っ赤な口紅が印象的で、アップにした髪と相まって、いつもと違う大人の色気をまとっている。
「あの、それでこれから何を……」耳の付け根まで真っ赤に染めて、友美がきく。
「ほな、ぼちぼち行こか?」
英子は彼女たちを連れて、家のそばにある前崎漁港までやってきた。漁港の突堤には、一隻の大きなボートが係留されていて、煌々と明かりが灯っている。
「なにこれ、クルーザー!?」
「プレジャーボートとかいうてたかな? もちろん、ちゃんと係留許可とっとるで」
突堤とボートを繋ぐ板桟橋からトランサムステップに乗り移ると、英子はチームメイトたちの手をとって、一人ずつボートに乗せていく。
アフトデッキの前方に、ガラス扉のついた船室があり、木目調の室内には大きなU字型の革張りのソファがあった。ソファにはすでに数人の男たちが並んで座っており、須賀を囲むようにして賑やかに酒を飲んでいた。中央に座っていたスキンヘッドの男が手を挙げて英子を呼んだ。
「おお、来たか」
「来たったわ。コーチ、あのハゲがウチのオトン」
英子が指さす。わけがわからないといった表情で、友美は英子を見る。
「これは、どういう状況なの……」
「このボート、昔オトンが買ったもんやけど、引っ越すときに関西から持ってきたんや。で、せっかくこんな豪華なサロンがあるから、漁師仲間とここで新地のクラブごっこしとるねん。ウチのオカン昔は、新地でママやっとったしな。今日のコーチのドレスも、オカンが昔着とったやつや」
「まあ、コーチもそんなところで突っ立ってへんで座って。君らも、冷蔵庫にジュースとかいれとるから適当に飲んでええよ。外から上のフライブリッジにも出れるから、好きに遊んどり」
英子の父にそういわれ、部員たちはきゃいきゃいと黄色い声をあげながら、好きずきに船内を探索しはじめた。あちらこちらで、彼女たちの喚声があがる。
友美は戸惑いがちに、ソファの端に腰を下ろす。
「いやぁ、こんなベッピンさんが須賀先生の婚約者とは、先生も隅におけへんなぁ」
英子の父親にそういわれ、須賀は頭を押さえてペコペコと恐縮する。
彼は友美のほうを向くと、すこしだけ真剣な目つきをした。
「さて、実は英子から七月末に沖縄でラクロスの合宿があるから、そんときにラクロス部を、こいつで沖縄まで運でくれんかって頼まれたんですわ」
「英子ちゃんが、そんなことを」
「ええ考えやろ?」
「でも、そんなこと、お父様にお願いしてはご迷惑では……第一、このボートで沖縄までいけるとしても、ガソリン代ですとかいろんな負担も……」
「この前の練習試合、英子が見に来いってうるさかったんで、観戦に行ったんですわ。試合には負けましたけど、夢中でフィールドを駆け回っとるコイツらを見て、正直、ちょっと感動したんやわ。ほんで、なんかオレらがしてやれることはないかって思って、ここの漁協の連中とか、青花の商店会とかに声をかけて、みんなで遊路高校ラクロス部の後援会を作ることにした。ここにおるんは、後援会に賛同して立ち上げを手伝ってくれた役員連中ってわけや」
英子の父はそういって、ソファに座る男たちをぐるりと見渡す。みんなすっかり出来上がっており、真っ赤な顔をしながら、陽気に酒を飲んでいる。こうしてみると、ただの酔っ払いにしか見えないが、彼らはみんな、ラクロス部を支援するために集まってくれた支援者たちだった。
「だいそれた事はできんかもしれんけど、オレらは、コイツらが目一杯、ラクロスできるようにサポートしていく。やから、コーチ。コイツらが日本一になれるよう、よろしゅう頼んます」
英子の父親はそういって、右手を差し出す。
友美は胸がつまって、涙が出そうになった。
あの練習試合、部員たちに少しでもたくさんの人を観戦に来てもらって欲しいといった友美の考えは、決して間違ってはいなかった。
プレイが上手になるだけじゃ、きっと日本一という目標には届かない。まずは、ラクロスというマイナー競技を島の人に知ってもらい、少しでも多くファンを作っていく。ラクロスに打ち込む彼女たちの理解者を増やしていくことで、また一歩、その果てしなく高い目標に近づくことができるはず。ここに集まった男たちは、友美のその考えに、答えをくれたのだ。
「こちらこそ、どうかよろしくお願いします」
差し出された手を握り返し、友美も頭を下げた。
「どないや、コーチ。ウチもちょっとは役に立ったやろ」
「ちょっとどころじゃないわよ。ありがとう英子ちゃん。でも、わざわざ、みんなしてこんな格好をする必要なんて、あったの?」
自分でいって、改めて恥ずかしくなった。そもそも、なぜこんな格好をさせられたのだろう。事前に知らされていれば、きちんとした格好で挨拶に来ることだってできたのだ。
英子はニヘっと笑い、あけすけにいった。
「意味なんてあらへんよ。ただ、ウチがみんなのコスプレ見たかっただけやから」
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