Ep.15 夢の星と子の星

 試合後、学校に戻った部員たちは、用具を倉庫にしまうと、来週以降のスケジュールを簡単に確認して、解散となった。


「ごめん、ミウ。あたし、家の手伝いあるから、先に帰るね!」


 泉美の実家は青花地区にある居酒屋で、夜はたいてい店の手伝いをしている。土曜日は書き入れ時なので、泉美は急いで帰り支度を整えると、一足先に自転車で下校していった。

 他の部員たちも、着替えて下校していく中、美海は部室に残って星南を待っていた。彼女は、円華を職員室の須賀のところに連れて行き、入部の手続きをしている。

 以外だと思うのは、普段、ラクロス以外にはまるで興味がないような素振りをしているのに、キャプテンとして必要な事務手続きをほぼ完璧にこなしていることだ。

 二十分ほどで星南たちは戻ってきて、ひと通り部室や練習場所の説明をしたあと、円華は同じ集落の佳弥子と一緒に帰っていった


「もしかして、待っていたの?」

「うん。イズは先に帰ったし、それに、今日のこととか、セナにききたくて」


 星南は着替えると、鞄を背負い部室の鍵を閉めた。彼女は徒歩通学をしているので、美海は自転車を押して星南と並んで歩いた。


「それにしても、永忠さんとカヤちゃんのやりとり、ちょっと感動的だったよね」

「そう? やりたいなら、最初からそういえばいいのにって思ったけど」

「なんか、セナってそういうところ、ちょっとズレてるよね。あの夢と現実の間の葛藤みたいなのが、青春だなぁって感じるんじゃない」


 星南はきょとんとして、首を傾げた。

 二人は歩きながら、今日の練習試合のことを色々と話した。

 これまで初心者なりに練習を頑張ってきたつもりだったけれど、やっぱり試合になると、とっさにどう動けばいいのかわからず、結局、相手チームの思うままになっていた。

 かろうじて、星南を起点に、ゴール前の美海や泉美にパスが通れば、得点できることはあったけれど、それも偶然そうなったというだけで、戦術というには程遠かった。

 やらなければならない課題は山程見つかった。いつまでも、ただ悔しがっているわけにはいかない。


「ところでさ、今日、練習試合したグラウンド、サザンクロス運動公園っていってたけど、この島ってサザンクロスが見えるの?」


 急に話題が変わって、美海は不思議そうに「南十字星?」ときき返す。


「……今の時期なら見えるかも」

「夏の星座なの?」

「ううん。南の島で見えるイメージがあるから、夏の星座と思ってる人、結構多いんだけど、実は冬から六月にかけて見える星なの。夏休み中、よく観光客に「南十字星見れますか?」 って聞かれるけど、夏は昼間に南中するから見えないの」

「へえ。そうなんだ」

 普段から幅広い知識を持っている星南にしては、珍しくそんな反応をみせる。


「そういえば星南って名前って、南十字星っぽいね」

「ばあちゃんが、南十字星にちなんでつけたみたい。小学校のときに、名前の由来を調べるっていう宿題があって、親にきいた」

「あったね、そんなの」美海は懐かしそうに笑う。

「でも、他の星座にはいろんな神話があるのに、南十字星にはそれらしい物語がなくて、少しがっかりした記憶があるわ。ただ単に、北半球で見えないから珍しいだけの星なのかって」


 そういわれれば、と美海は思った。多くの星座はギリシャ神話が元になっているから、南半球で見える星は神話に残らなかったのかもしれない。


「でも、この島の古い子守歌で、南十字星のことが唄われてたと思う。私もあまり詳しくないけれど、たしか南十字星を『ユィミブシ』って呼んでたって」

「イミブシ?」

「夢の星って意味。南に四つ星が輝けば、あなたは会いに来てくれるのに、いつも夢のようにいなくなってしまう。子の星にぬふぁぶしのように、いつもあなたがいてくれればいいのに。みたいな唄だったと思う」

「それ、本当に子守歌? ちょっと歌詞が艶っぽくない?」


 星南が半信半疑の眼差しをむけて薄く笑う。


「サザンクロスホールっていうのが前崎地区にあって、そこに南十字星にまつわるいろんな資料が展示してあったよ。小学校のときに一度行ったきりで、それ以来行っていないから、今もあるのかは知らないけど。気になるなら今度行ってみる?」

「ううん。行かない」

「そっか」


 星南の自宅は青花地区でも空港に近いほうにあるらしく、環状道路までくると、星南は「じゃあ、ここで」といって振り返った。


「ねえ。これから南十字星見に行ってみない?」


 美海は空を見上げる。午前中、島を覆っていた雲は島の北側に流れていって、南の空は晴れ間が広がり始めていた。


「どうして?」

「なんとなく」


 星南はほんの少し考えるそぶりをみせる。さっきみたいに、興味がないなら「行かない」とにべもなくいうのに、すぐに答えないということは、ちょっとは興味があるのかもしれない。


「南十字星の一番下の星はアクルクスっていうんだけど。この島からだと、アクルクスは南中前後の数十分間だけ、水平線上ギリギリに見えるの。気象条件とかもあるから完全な南十字星が綺麗に見える日は少ないから、最近では『奇跡の星』だっていわれてるんだって。まあ、サザンクロスセンターの展示にそう書いてあっただけだから、ただ単純に、島おこしのために勝手にそう呼んでるだけかもしれないけれど」

「奇跡の星……ね。それで、どこまでいくの?」


 この反応は、一緒に行ってもいいという意味だ。星南とラクロス以外のことで、一緒に時間を過ごすのは初めてだった。これってなんだか、すごく友達っぽい。

 

「環状道路を南にしばらく行くと、中学校があるの。その近くにすごく見晴らしのいい場所があるから。自転車ならすぐだよ」


 星南は、またほんの一瞬考えてからいった。


「歩いていきましょ」

「え、でも二キロはあるよ?」

「だって、二人乗りは道交法違反よ」


 美海は思わず噴き出した。信号もろくにないこの島で、交通ルールを守りましょうなんて、冗談みたいだった。でも、思えば、ラクロス部創設のときも、その交通ルールを無視したバイク男を、星南や千穂たちが取り押さえたことで、今に至っているのだから、やっぱり交通ルールはちゃんと守らなきゃいけない気がしてきた。


「じゃあ。もう少し一緒に歩こうか」

 

 二人は環状道路を南にむけて、また歩き始めた。

 日は完全に沈み、道は夜の闇に溶けた絨毯のように、黒く沈んでいる。時折、青花地区にむかって走っていく車のヘッドライトが、スポットライトのように、隣を歩く星南の姿を浮かび上がらせた。

 畑の間を抜ける平坦な道がしばらく続いた後、環状道路は高低差が七十メートルほどもある長い坂道になる。坂を登りきり、道が大きく東に曲がった先に遊路中学校の校舎が見えてきた。


「セナ、こっち」


 中学校と道路を挟んだ反対側に、日に焼けてすっかり色落ちした鳥居があった。美海は星南に手招きをすると、そこから続く階段を登っていく。境内に祠みたいな小さな殿舎が一つあるだけで、社務所すらも無い小さな神社だが、高台にあって視界が開けているので、ここからは島の周りの海がよく見えた。


「見て」

 美海が指をさす。周囲にめぐらされた低い金網のむこう、南の海の水平線の上に、他の星よりもひときわ明るい四つの星が十字を模るように並んでいた。

 しばしの間、南十字星を眺めていた星南は、「あれが、奇跡の星……」と静かに呟く。


「中学生のとき、修学旅行が札幌だったんだけど、そのときに見た時計台くらいのガッカリ感は否めないわね」


 思ったよりも星南が示した反応が悪くて、美海はなんだか申し訳ない気分になった。


「そっか。ごめん、なんだかしょうもないことに付き合わせちゃったみたい」

「違うの」星南は首を振る。「だって奇跡って、こんな簡単に起こるものじゃなくない? 何度もここに通って、ようやく見れたってほうが、感動できたのかも。だけど……」


 まっすぐに、海の彼方に視線を固定したまま彼女は、いつもよりほんの少しだけ声を弾ませる。


「悪くないわ。奇跡の星、アクルクス」


 そういった彼女の口許がついとあがった。

 なにが「悪くない」のか、美海が知ったのは、もうしばらく後のことだった。

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