EP.20 ボールマンとオフボールマン
朝六時。
スマートフォンのアラームが鳴り響く。
新種の生物の誕生のように、みんなもそもそと布団から起き上がる。星南だけが、まるで昨晩からずっと起きていたかのように、すでにジャージに着替えていた。
「おはよう、もう起きてたんだ?」まぶたをこすりながら美海がきく。
「ちょうど部屋から朝日が見えたわ」
何時に起きたんだと、ぼうっと考えながら、緩慢な動きで布団をたたみ、練習着に着替える。すると、星南が「これ」といってパウチのゼリー飲料を手渡してくれた。シンプルなパッケージに大きく「エネルギーチャージ」と書いてある。
「さ、みんなランニングに行くわよ」
なんだか星南が、いつもより少しだけ張り切っているような気がして、それが妙に微笑ましかった。
朝日と海風を浴びながらのランニングは、思っていた以上に気分が良くて、身体の調子が整った感じがするし、朝食も不思議とおいしく感じた。
朝食後の基礎トレーニングは、ポジション別に分かれることになった。内容によっては、別のポジションと一緒に練習することもあるらしいが、最初はアタックだけでシュート練習だ。
アクルクスのアタックは、美海と泉美、円華の三人だ。アタックは基本的に、自陣のリストレイニングラインよりも敵陣側にポジションする攻撃専門の選手だ。そのため、攻撃に特化した練習が中心になる。
アタックのポジションを指導するのは、神山学園の男性コーチだった。年齢は須賀と変わらないくらいに見えるが、なにせ、声と話し方の威圧感が須賀と段違いだ。
「まずは、一対一でグラボからのシュート練習だ。グラボをとったほうがオフェンス、取られたらディフェンス。点を取ったら交代。取られたほうは点を取るまで居残りだ」
選手たちはカラーマーカーを置いた地点に二列で並び、コーチがホイッスルと同時にボールを前方に転がしたら、それを追いかけるようにしてグラウンドボールを取りに走る。グラボは初歩的な技術ではあるが、試合中、一瞬で攻守逆転する重要なプレイだ。
「次!」
ホイッスルが鳴り、美海は転がるボールを追って走り出す。相手は沖縄学院大学附属高校「ウィンディーネ」のキャプテン、背番号1番の相馬だ。
テニスで養った瞬発力で、ボールに追いつくと、手をを延ばしてボールをスクープに行く。
捕った!
しかし、ポケットにボールが入った瞬間、相馬が美海のクロスからボールを叩き落とす。こぼれ落ちてバウンドしたボールを、すかさず相馬がキャッチする。すぐに相馬の進路に入り込もうとするが、流れるようなステップで簡単にかわされ、あっという間にシュートを決められてしまった。
「グラボ取るときは周囲をよく見ろ! ボールばっか追っててもチェックされるぞ!」
美海は大きく息をついて、元の位置に走って戻る。これで、二人続けて得点を許している。
「ミウ、大丈夫?」列に並ぶあすなが心配そうに聞く。
「うん。平気。体力はそこそこあるから」
「早く捕ろうとして腕を延ばすと、相手はチェックしやすくなるから、スクープのあとクロスを立てて、しっかりボールプロテクトしたほうがいいよ。それと、相手に捕られてもチェックすることを恐れちゃだめ。場合によってファール取られちゃうけど、何もせずに抜かれるよりはいいから」
「ありがとう、あすな」
次の相手は、ウィンディーネの二年生、14番
深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
さっきは走り出しも負けていなかったし、ボールに触る瞬間もこっちが速かった。でも、取った後の処理が良くないから、簡単にチェックされるんだ。
「次!」
ホイッスルと同時に飛び出す。
あすながいうようにボールを奪われにくくするには、どうすればいい?
相手は左から来る……ボールに先に触れられる位置はキープしたい。だけど、相手には邪魔されたくない。だったら……
さっきまで、まっすぐボールへの最短距離を走っていたのを、ボールのやや左に走り込み、クロスを持つ手を延ばす。ボールを挟んで相手と対峙するからチェックされるのだ。だったら、相手からボールが見えないように、自分が壁になって隠せばいい。
蛇蝮の前に体を入れてボールをスクープする。瞬時にトップハンドを支点に、ボトムを地面に押し付けるようにしてクロスを引き付ける。自分の顔面に直撃しそうな速さで、クロスが跳ね上がる。それをクレードルで何とかキープして、美海はさらに走る。
捕って終わりじゃない。シュートまで決める!
「いけぇ、ミウ!」
あすなの声援が飛ぶ。1オン1で守ろうとする蛇蝮を、テニス仕込みのフットワークで振り切り、ゴール前に躍り出てシュートを放つ。ボールは見事、ゴールの枠内に飛び込んだ
「ナイシュー! ミウ!」
あすながサムズアップをしていた。美海も、親指を立ててこたえる。
すごい。今、ものすごくラクロスが楽しい!
次のシュートドリルは3オン2だった。ディフェンス二人相手に、数的有利な状況で、シュートまで持ち込む。ディフェンスは、一人がボールマンのマークにつき、もう一人は積極的にパスカットを狙う。
こちらの三人は美海とあすな、そして、名護北高校ブルーマメイズの13番渋谷。
ディフェンスにはミディの選手がついた。一人は千穂で、もう一人はウィンディーネの18番だ。
ホイッスルと同時にコーチからのパスを美海がキャッチする。
18番が美海と渋谷の間に立ちふさがり、千穂はあすなをぴったりマークする。
「オフェンスのオフボールマンは、ボールマンと自分の位置関係を意識しろ。ぼうっと突っ立ってんな!」
コーチの檄が飛ぶ。ボールを持たないオフボールの選手は、マークする選手の視野外にいかにポジションするかが重要だ。
「ミウ! こっち!」
あすなが千穂の前方に走り出て美海を呼ぶ。18番がその声に反応して、視線が外れた一瞬の隙をつき、美海は素早く左右に切り返し18番をかわす。ラクロスでダッジと呼ぶ、ディフェンスをかわして突破するテクニックだ。ちょうど、あすなが千穂を引き連れてゴール前に走ったおかげで、空いたスペースに、フリーの渋谷がカットインしていた。
「お願い、渋谷さん!」
パスはまっすぐ渋谷に通る。その瞬間、あすなは渋谷と千穂の間をふさぐように体を入れる。ピックといって、オフェンスのオフボールマンが、ディフェンスの動きを封じる技術だ。
あすなは自分が動くことで、相手を思い通りにコントロールし、その上、自分が次に動きやすいポジションまで作っている。フリーの渋谷が放ったシュートはまっすぐゴールネットに突き刺さった。
「よーし、オッケー! 次!」
ホイッスルが鳴って、次の五人がフィールドにスタンバイした。
「ナイスパス、ミウ! 渋谷さんもナイスシュー!」
あすなが突き出したクロスに、ヘッドをこつんとぶつけて美海は聞く。
「さっきの場面、もし私があすなの声に反応して、パスを出していたらどうしていたの?」
「もちろん、その場合は突破を試みたかな」
「つまり、私はどっちにパスを出しても正解だった?」
「あのままミウがシュートまでもっていっても、正解だったよ。もし、仮にインターセプトされたとしたら、どこが問題だと思う?」
「それは、マークを連れているあすなにパスを出した私の判断ミス、かな」
「そうかな。相手が一枚上手で、実はパスを読んで先に動いてただけかもしれない。結果は出てみないとわからないよ」
そのとき、フィールドから「おおー」という声があがった。ディフェンスに入っていた星南が、ウィンディーネの1年、24番猿渡のパスをやすやすとインターセプトしたらしい。ただ、一緒にディフェンスに入っていたラフローレの2番可児がハイタッチを求めたのに、セナは知らんぷりで走って列に並びなおしていた。
「そっちの1番、愛想はないけど、プレーは鬼レベルね」
感心とも呆れともとれる声であすながいった。
思わず苦笑する。
美海には友達を作れといいながら、自分は好意的な相手すらも袖にしてしまう。ますます、彼女がどういう意味で、あんなことをいったのかわからなくなった。
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