Ep.21 奇術と技術


「午後からの六人制のミニゲームなんだが、今回は試験的にポジションを変更しようと思う」


 昼食が終わり、午後の練習の開始前に、グラウンドに集まった部員たちの前で須賀はそういった。


「山栄、椎名、永忠の三人はディフェンス、飯田、相田、梶、あと入江の四人はアタック。ミディには日比井、出井、辻井だ」

 部員たちがにわかにざわめく。合宿が始まって、練習はたいていポジション別だ。ミッドフィールダーの星南と千穂以外は、まるっきり別のポジションになっている。

 須賀の指示を補足するように友美がいった。

「最初にもいったけれど、今回の合宿ではわたしたちのチームが一番経験が浅いわ。自分と同じポジションの選手とマッチアップして、試合でどんな動きをしているのか、その身をもって体験しなさい。もちろん、ゲームは勝ちにいくつもりでね」

「Aチームは椎名、永忠、出井、辻井、相田だ。Bチームは山栄、日比井、飯田、入江、梶。ゴーリーはどちらも前藤が入ってくれ」

「Bチーム、アタックが三人もいて、ディフェンスはミウ先輩だけなんですか?」裕子がいう。

「六人制だし、ゴーリー以外にオフサイドは適用されないから、厳密にポジションを分ける必要はない。アタックも積極的にディフェンスに参加してくれ。六人制はコートも小さく、ゲーム展開も早い。素早い判断力が求められるのは間違いない。これまでの練習の成果を発揮してくれ」


 六人制ラクロスは通常の十人制ラクロスと比較すると、コートのサイズが、サイドライン、エンドラインとも6割ほどの長さで、試合時間も8分の4クォーター制だ。

 得点後の試合再開はドローではなく、ゴーリーのポゼッションとなるため、速攻に持ち込みやすい。また、バスケットボール同様に一定時間内にシュートを打つ必要があるので、試合展開はかなりスピーディーになる。


 今回の合宿では、通常コートのサイドラインを、エンドラインにして、コートの横幅一杯を使う形だ。サイドラインを引くかわりに、カラーマーカーを一定間隔で置いてある。

 コートは三面。6チームが同時に試合をする。一試合目はアクルクスのAチームとウィンディーネとの対戦だ。


「沖縄学院大学附属高校は、三年の相馬の得点力に目を瞠るものがある。高校三年間で一試合平均得点が5得点以上だからな。特に永忠のような突破力の高い選手にはいい刺激になると思う。しっかり盗んでこい」

 はい! と、円華は気合いの入った返事をする。


 やがて、各コートで出場選手が招集される。

 Aチームのドロワーは八千代、ウィンディーネは18番だ。高く弾き出したボールを、素早く反応した泉美が自陣側でキャッチした。

 コートが狭く必然的に、泉美のスペースに相手選手も入り込みやすい。

 普段なら、ドロー後に星南や英子が前線に大きくパスを出す速攻で、ゴール前まで駆け上がるところだが、ポジションを変えただけで、勝手が違ってくる。

 

「ちぃ、カヤちゃん。極力、距離をコンパクトに保とう。ヤチ、二人のフォローをお願い」


 あっという間に24番をつけた選手が一人、泉美のすぐそばに詰めていた。アタックの練習でも一緒になった猿渡という一年だ。彼女も高校からラクロスを始めたばかりの初心者だ。


「だったら、突破でしょ!」


 上体をいったん左に振って24番の反応を誘い、身体を切り返して右側から抜き去ろうとする。こういったフェイクの動作はバスケットボールでさんざんやっている。

 しかし、抜いたと思った瞬間、クロスを握る手に鈍い衝撃が走った。


「甘いよ椎名さん」


 突破を試みたコースの先、24番の影で待ち構えるようにしていた1番、キャプテンの相馬のチェックで、ボールは泉美のクロスからあえなく落下する。

 すぐに態勢を整えるも、すでにグラウンドボールは相馬に拾われている。

 だが、彼女をマークしていた円華が素早く相馬の進路をふさぐ。相馬はトップスピードで円華にまっすぐ向かってくる。1オン1を仕掛ける気満々だ。


「そう簡単に抜かせない!」

「2番永忠さん。フットワークは大したものだけど、クロスワークは及第点にはまだまだ遠いね!」


 それは、ほとんど奇術だった。

 チェックを狙ったはずの円華のクロスは空を切り、気づけば相馬は円華の横をすり抜けていた。

 振り返った円華が対応する間もなく、相馬が放ったシュートは、ゴールを守る楓の右足のすぐ横を、矢のような速さで通過しネットを揺らしていた。

 唖然とする円華に佳弥子が駆け寄って声を掛ける。


「ドンマイです。まどっち!」

「かやっぺ。いま、何が起きたんだ? ボクは1番をチェックしたはずなのに、気づいたら彼女は消えていたんだ」

「まどっちがチェックに入る瞬間にロールダッジで切り抜けたんです」

「トップスピードからのロールダッジ……だって?」


 ロールダッジは瞬時に背中をむけてターンしてディフェンスをかわすテクニックだが、その分、体の動作も大きく落球するリスクも高い。ましてやトップスピードからいきなり急停止してターンするなんて、とんでもないフットワークとクロスワークだ。

 円華は愕然として足元に視線を落とした。

 二人のそばに泉美がやってきて屈託なくいう。

「ドンマイ、円華。気持ち切りかえていこう。でも、相馬さんはかなり手ごわいわね。カヤちゃん、円華とダブルチームで抑えてくれる」 

「わかりました」

「24番と32番は一年らしいから、そこを突破口にして、まずは一点取り返しにいこう」


 ゲームはゴーリーの楓からのポゼッションで再開され、フィールド中央の八千代にパスが通る。

 1番の相馬は二人がかりで動きを抑えてはいるものの、さっきの突破力があるから安心はできない。なるべく相馬の逆サイドにボールを運ぶ必要がある。

 ウィンディーネの32番が八千代のドライブに備えて、すぐに動けるように腰を落として構えている。


「ヤチ!」

 左サイドを走る泉美が呼んでパスを受け、32番の視線をそらした隙に、相手陣内に走り出していた八千代に投げ返す。合宿でさんざん練習したドライブ&ゴーがかなり身についている。スピードも精度も以前よりずっと高い。

 それに、ディフェンスとして自陣側フィールドから全体を見ると、敵陣内にポジションしていたアタックのときよりも相手プレイヤーの動きがはっきり把握できる。

 今は相馬を二人で抑えているため、ウィンディーネのディフェンスに対してこちらが一人少ない。フリーのスペースを作らなければ、ゴール前に近づくことさえできない。


「あたしのマークは24番、ヤチには32番と18番がヘルプに走っている、ゴール前のちぃにはマークが一人。だったら……」

 泉美はマークについていた24番をダッジで抜くと、ゴール前に展開していた千穂に叫ぶ。

「走れ、ちぃ!」

 八千代からのパスをもらいに行くと判断して、泉美を追ってマークについていた24番が、慌てて振り向く。

 千穂はそれまで泉美がいたスペースにすでに走り出していた。泉美と八千代にマークが集中したことを逆手にとり、二人がコートの両サイドに分かれたことで、中央にスペースができた。そこに千穂がカットインしたのだ。

 陸上の短距離選手だった千穂の初速に相手選手がついていけるはずもなく、フリーになった千穂に八千代からのパスが通る。

 泉美はフォローに入ろうとした24番をピックして、ありったけの声で叫んだ。


「そのまま叩き込め!」


 引き絞った泉美の声に呼応するように千穂が放ったシュートは、ゴーリーのクロスをかすめ、ウィンディーネゴールに突き刺さる。

 コート外から悲鳴にも似た鋭い歓声が飛んだ。


「ナイスシュート、ちぃ!」

 駆け寄った泉美と千穂がハイタッチを交わし、抱き合った。泉美の背中にぎゅっと力が加わる。耳元で千穂が声を震わせた。

「イズちゃん! わたし、初めて試合で得点した!」

「うん! すごくいいプレイだったよ! 最高だった!」


 オフボールマンがディフェンスを引きつけてスペースを作り、そこにオフェンスの選手がカットインするのは、合宿中に3on2の練習で泉美たちが何度も繰り返してきたことだが、練習でディフェンスに入っていた千穂も、泉美の意図を「走れ」の一言で汲み取り、そして実践してみせた。


「ちぃ先輩、ナイスシュートです!」佳弥子も親指を立てて称賛する。

「いい走りっぷりだったよ、千穂」

 クロスを差し出しながら八千代がいった。走ることに戸惑いを抱えていた千穂の心を解き放つのに、その一言とチームの笑顔があれば十分だった。

 千穂は持っていたクロスを八千代のクロスとぶつけて満面の笑みを返した。


「わたし、チームのために走りぬくから!」

 

 ゲームはウィンディーネボールで再開される。

「守り切るよ!」

 泉美がチームを鼓舞する。


 しかし、その後のゲーム展開は、終始ウィンディーネのキャプテン、相馬の並外れた突破力と卓越したクロスワークに翻弄され続け、終わってみれば、Aチームは、3対8と惨敗だった。

 最初の千穂の1点以外は、どちらも円華が単独で駆け上がり、相手ディフェンスを強引に突破して放ったシュートだ。 


「くそっ!」

 円華がグラウンドに膝をつき、悔しさを込めた拳を叩きつけた。

「あの1番の突破力じゃしょうがないよ。それに、円華ちゃんだって本来はディフェンスじゃなかったんだから」

 慰めの言葉をかけた千穂を、睨みつけるような目で見上げ、円華は反論する。

「二人がかりで守って、それでも止められなかった! あの1番を止められなきゃ、こっちがいくら点をとっても意味がないだろ!」

「気持ちはわかるけど、今の実力差をすぐに埋められるわけじゃないから……」

「そんなことじゃ、全国なんて到底届くわけない! それとも日本一なんて、ただ口だけなのか⁉」

「それは……」

 千穂はいい淀んだ。

 円華だって、それが千穂への八つ当たりだっていうのはわかっている。マッチアップしていたのは自分だし、負けた事実をどうすることもできない。それでも、悔しくてやりきれなくて、つい、強い言葉を投げつけずにはいられなかった。


「落ち着け、円華」へたり込む円華に八千代が手を差し出す。「わたしだって負けて悔しいさ。正直、ヘコんでる。だけど、この試合でたくさん課題が見つかった。日本一という目標と今のアクルクスの実力。そのギャップを埋めるために、たくさんの課題を一つずつクリアしていこう。だから、まずは最初の一歩として立ち上がろう。悔しさをバネに」

 円華の手を握って引き起こすと、八千代はおおらかに微笑んでみせた。


「それに、わたしたちにもちゃんと武器があるってわかった。千穂のスピードも泉美のフィールディングも、それに円華のフットワークだって、磨けばきっと、公式戦を戦っていくための武器になる。自信を持とう。アクルクスはもっと強くなる」


 強くなる。いや、強くならなきゃいけない。

 でないと、夢は現実という高い壁に阻まれ、これまでと同じことの繰り返しになる。

 そうならないためにも自分たちの力で証明してみせる。ラクロスが、海の向こうで陽炎のように揺らめく「夢」へと続く、確かな道だということを。


「勝とう……もっと強くなって、次こそは絶対に勝とう!」


 声を震わせながらいった円華に、八千代が肩を組んだ。自然と泉美と佳弥子、そして千穂と楓も加わって六人で小さな円陣を作った。

 その小さな輪の中心に、いくつもの涙の粒がこぼれ落ちていった。 

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