Ep.08 破壊と勇気

 美海は星南に連れられて、須賀とともに教員用の駐車場へとむかった。

 駐車場に停まっていたブルーのステーションワゴンのリアハッチをリモコン操作で開けると、須賀は二人に手招きした。


「けっこうたくさんあるんだけど、二人で大丈夫?」

「なんとかなると思います」

 車の荷室を覗き込むと、そこには細長いナイロン製のキャリーバッグがたくさんと、スーパーで見る買い物籠一杯に入ったオレンジ色のゴムボールといくつかの段ボール。そして、L字型に曲がった鉄パイプが何本かと、白いネットがあった。なんとかなる、と星南はいったけれど、二人だけでは到底持ちきれない分量だ。


「一度で運びきれないだろうから、往復するけど、いいよね、山栄」

 美海はこくんと頷く。

「とりあえず、運びやすそうなクロスからいこう。うまく背負えば、五本くらいいけるから」

 星南はそういいながら、肩ベルトのついた細長いナイロンバッグを二本まとめて斜め掛けに背負い、残りの三本は両手で抱えた。美海も同じようにして、まず二本まとめて背負う。想像したよりも重くはない。なんならテニスラケットより軽いかもしれない。

「他の荷物はあとでまた取りに来るので、車からおろしてもらっててもいいですか?」

「わかった。いくつかは俺も持っていこう」

「お願いします」と、星南は一礼してすたすたと歩き始める。美海は慌ててその後を追った。


「日比井さん。これは?」

「クロスよ。ラクロスやるのに、クロスがなきゃ話にならないでしょ」

「それはわかるんだけど、これだけの用具、どうやって……」

「小山内コーチの伝手で、前に所属していたクラブチームで使っていない用具とかを引き取らせてもらった。中古だけど、ないよりはマシだし」

「それも日比井さんが全部段取りしたってこと?」


 星南はなぜそんなことを聞くのか、とでもいいたげに「そう」と、短く答えた。

 なんというか、とっつきにくい。思わず美海からため息が漏れる。


 会話は一方的で、こっちが理解していようがしていまいがお構いなしで、しかも、それが当然といったようないい方をするから、こちらもそれに従うほかない。たまに質問をすれば、短くイエスかノーを返すだけで、最低限の情報しかくれない。今だって、部員全員で運び込めば、一度で済みそうなものを、なぜか二人だけで大量の用具を運ぼうとしている。

 ラクロス部を作ったときだってそうだ。

 コーチをお願いするのに、練習場所や部員の確保がどうしても必要だから、協力してほしいといえば、泉美だって八千代だって物分かりが悪い相手ではないはずなのに、そういう交渉をすっとばして、勝負しろといって相手を焚きつけ、しかも、挑発して判断力を奪っておいて、自分が有利な条件で勝負を仕掛けるという方法を彼女はとった。

 青松大付属中学といえば、会社経営者の子どもたちが通うほどの有名私立学校だ。そこに通っていたからには、当然、頭だっていいのだろう。

 でも、星南のやり方はこの島のスタイルにまるで合っていない。


 そんなことを考えながら、ぼうっと星南の後をついて歩いていると、ふいに彼女が振り向いて「山栄さ」と話しかけてきた。

「なに?」美海は小走りで星南の隣に並ぶ。

「バスケ部との勝負のとき、山栄はわたしのシュートを阻止できるくらいの余裕があったのに、どうしてしなかったの?」

「あのときは、日比井さんが一瞬で間合いを詰めて、すぐに切り返したし、そんな余裕は……」

「いいえ、わたしは完全に振り切ったと思っていたのに、山栄はついてきていた。でも、シュートを放つ一瞬前、山栄はブロックするのをやめたよね」


 星南には未知の部分が多い。なのに、どうして彼女はこうして、美海たちのことを何でも知っているようないい方ができるのだろう。

 自嘲気味に小さく笑って、美海は答えた。


「誰にもいわないって約束するなら」

「山栄がそういうなら、そうする」

「あの勝負、日比井さんがバスケ部の四人を相手にして勝ったら、きっとイズは自分が女バスを潰したって自分自身を責めたと思う。そういう子なの、イズは。だったら、私のせいでシュートされたことにすれば、バスケ部は誰も悪くないでしょ」

「あの短時間でそんなとを考えてたの?」

「日比井さんは絶対にスリーポイントを入れられるという自信があった。そして、相手はまさかスリーポイントを打ってくると思わない、そう確信していたから勝負を挑んだんだよね。前の日に青花港の公園で、シュート練習していた子、日比井さんでしょ?」

「なんで、知ってるの?」

「日比井さんに『公園でバスケをしている子を見たから、その子に入部してもらえれば』っていったら、『それは無理』っていったでしょ。それって、自分がその人物だっていってるのと同じじゃない?」

 そういって笑うと、星南は頬を掻いて「確かに、そうかも」と呟いた。

「夕日の中で日比井さんが放ったシュート、たくさん練習したんだろうなって思える、すごく綺麗なシュートだったよ。私、あなたがシュートを打つ瞬間、ふと思ったの。この子と一緒に、部活動できたらそれはそれで、楽しいのかもって。ほら、私テニス部で一人きりだし……それに、自分からそういうの、相手にいうの苦手で。だから、賭けてみたの。あなたのシュートに」


 テニスは好きだったし、シングルでの試合も、チームメイトを気にかける必要がなくて、気楽ではあった。でも、同時に一人きりで戦う孤独と不安、そして寂しさがあるのもまた事実だった。試合中、相手の強烈なサーブに翻弄され、どうすればいいのかわからなくなったときも、答えをくれる人はコート上にはいなかった。


「ねえ、私の内緒話を一つ話したんだから、日比井さんの内緒話も一つ教えてよ」

「なんで、そんなこと……」

「秘密の共有ってなんだか友達っぽいでしょ」

「……別に、山栄と共有したい秘密なんて………」

「じゃあさ、こうしよう」


 美海は立ち止まって、まっすぐに星南を見た。その視線に星南は戸惑ったように「なに?」と聞きかえした。


「とりあえず、日比井さんは苗字での呼び捨てをやめること。私も、セナって呼ぶから、セナも私やみんなのことを、名前やあだ名で呼ぶ」

「……なんで?」

「だって、苗字呼びって組織っぽいというか……硬い感じがするし」

「でも、青松大中学の時はそうだった。呼び方なんて、識別の記号でしかないし、なんなら背番号でもいいわけで」

「そうじゃないよ、セナ」


 美海は星南の手をとった。繋がれた手を不思議そうに見つめながら、星南はもう一度美海の顔を見た。困ったような照れたような表情で美海はいう。

「私たち、もう仲間なんだよ。遊路高ラクロス部の仲間。だから、私はセナのことをもっと知りたいし、セナともっと仲良くなりたいの」

「でも、勝つためには厳しいことだってたくさんあるわ。必ずしもチームで仲良くなる必要なんて……」

「私ね、生まれつき目が悪くて、小学校のときにはすでに分厚いレンズのついたメガネっ子だったんだ。でも、そういう子って周りにいなくて、小学校入ってすぐ、みんなにからかわれたの。そんなたびに、いつもイズが私を守ってくれてた。ずっとそんなふうだったから、自己肯定感は低いし、人見知りはひどいし、イズ以外の友達だって少ないし……いつか、大きくなったらそんな性格も治るんじゃないかって思ってたけど、そうじゃなかった。新しいものを作りたいなら、古いものは壊さなきゃいけないの」

 話の流れがつかめず、きょとんとしたままの星南に、美海は微笑んでみせた。


「私、ラクロスで生まれ変わりたい。だからセナ、ほんの少しでいい。古い自分を壊すための勇気を私に分けて」


 数秒もの間、二人の間に静かな時間が横たわっていた。

 やがて、思い出したように繋いだ手を振りほどいて、星南はまた歩き出した。


 二人が部室に行くと、中は部員たちの荷物で溢れかえっていた。美海が一人で使っていたときは持て余すほどだったのに、一気に九人もの部員が使うとなると、スペースもロッカーも足りない。

 それを見てうんざりしたように星南がいう。

「なんでこんなにモノで溢れるのよ。それと運びたい荷物がいっぱいあるから、手が空いてる人は手伝って欲しいんだけど……イズミとヤチヨ、いける?」

 一瞬、二人が目をぱちくりとさせて、顔を見合わせた。

「いけるの? どうなの?」

「もっちろん。のお望みとあらば、どこにでも参りますよっ!」

 泉美が星南の肩を抱き込むようにして飛びついた。

 それを見て美海と八千代が笑う。

「笑ってないで、いくよ。ミウ」

 美海を呼ぶ星南の声が、以前よりちょっとだけ色彩を帯びている。星南もまた、かつての自分を壊すためのほんの少しの勇気を、美海から受け取ったのかもしれない。


「うん!」


 じゃれ合うように部室を出ていく泉美と星南を追って、美海も駆け出した。

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