Ep.07 須賀と婚約者

 星南がラクロス部を作ると宣言した一週間後の放課後。集まった部員たちの前で、星南がほんの少しだけ嬉しそうな声でいった。


「まずは報告だけど、女子ラクロス部は正式に遊路高校の部活動として承認されたわ」

 おおー、と何人かが歓声をあげて拍手した。「そりゃあ、要件満たせばされるでしょ」と不貞腐れた子供みたいに裕子が呟いた以外は、皆それなりに喜んでいるようだ。


「この間のひき逃げ犯の確保も、かなり学校に好印象を与えてくれた。そういう意味では、辻井のファインプレーだったわ」

 星南にそういわれて、千穂は照れたように縮こまって、ぺこりと頭を下げた。

「とはいえ、いいことばかりでもない。瀬戸と河合かわい上楠うえくすの三人が退部を申し出たから、先日入部した辻井と入江を加えても、チームとしてはまだ九名しかいない状況」

 

 キャプテンの日比井星南、女子バスケからは椎名泉美と飯田裕子と相田佳弥子、先日入部した陸上部の辻井千穂と入江瑠衣。そして、女子バレーが出井八千代と前藤楓。

 美海は部員たちの横顔を見渡す。


「偉そうなこといって、結局、メンバーに足りてないじゃん。だいたい、顧問はどうするの?」裕子が文句をいう。

「放課後、第二グラウンドに来るようにいっておいたんだけど……」

 そういったそばから、第二グラウンドの植え込みのむこうから、数学の担当教諭で元女子バスケ部の顧問をしていたスガちゃんこと、須賀克樹が小走りでやってきた。


「スマンスマン。ちょっと用事をこなしていたら遅れてしまった」

「ちょっとまって、スガちゃんが顧問ってこと?」

「そう」

 ええー、と驚きの声をあげたのは元女子バスケ部の三人だ。

「須賀先生に顧問になってもらうために、女バスは廃止する必要があったの」

「ちょっと待ってよ。バスケ部が潰れたから、顧問になってもらったんじゃなくて、スガちゃんを顧問にするためにバスケ部を潰したの⁉」


 予想どおり、裕子が星南に勢いよく噛みついた。


「そう」

「アンタ、マジで頭おかしいの⁉ そんなことって……」

「落ち着けー、ユッコー」


 もはや様式美の二人のやり取り。ラクロス部を設立してすぐのときは、裕子が吠えるたびに、空気がピリッと緊張したが、今ではまるで漫才師の鉄板ネタを見るかの如く安心して見ていられる。やはり、泉美の統御力が大きい。


「スガちゃんに顧問になってもらうって最初から決めていたってことね? でもどうして?」

「それは、先生が……」


 星南が口を開きかけたところで、「いや、俺が説明しよう」と須賀が星南の隣に並んだ。

 こほん、と咳ばらいをする。なんだか、この二人が結婚報告でもしそうな雰囲気になっている。


「えーと、みんなももしかしたら聞いているかもしれないけれど、先生、近々結婚をすることになって……」

 部員たちがにわかにざわつく。

「もしかして……日比井さんと……?」泉美が前のめりになって聞く。

「そんなわけないじゃない」


 無感情の星南が珍しく苦々しい顔をした。なぜか、その顔をみて、美海はおかしくなって、噴き出した。


「なに、山栄。笑うところ?」

「いえ。続けてください」

「えーと、それでだ。その先生のフィ……フィアンセがだな……」

 フィアンセ、という言葉に泉美がきゃあっ、とかわいらしい悲鳴を上げる。人生で他人からフィアンセという言葉を聞くことなんて滅多にないから、テンションがあがったらしい。

「あー、要するに俺のお嫁さんになる人が、小山内友美といって元女子ラクロスの日本代表選手だったんだよ」


 一瞬、時間が止まったみたいに、みんながポカンとする。そして、えええーっ! とさっきの三倍くらいの驚きの声をあげた。


「なんでそんな人がこの島で、しかもスガちゃんと結婚なんて」

「椎名、なんか後半、言葉の刃でブッ刺してきてるぞぉ」

 須賀が苦笑いでいう。

「たしかに、彼女はラクロスのクラブチームにも所属していたし、日本代表にもなった。だけど、日本ではラクロスは正直いって興行としても成り立ってはいない。クラブチームといっても選手に給料がでるわけでもないし、寄付に頼っている状況だ。金を出す方にもいろいろと事情があって、結果、いくつかのクラブチームが整理統合されることになった。それを機に小山内さんはクラブチームを退団したんだよ」

「で、どうやってその友美サンと先生は結婚するに至ったんですか?」

「それは、大学のクラブ同窓会が東京であって……って、関係ないだろ、俺のことは!」

「須賀先生、大学時代はラクロスをやっていたの。そのときに付き合っていたのが女子ラクロス部の後輩だった小山内コーチだったのよ。先生は大学卒業後、地元に戻って教師になったけど、少し前に東京であった同窓会で小山内コーチと再会して……」

「日比井。なんで俺のプライベートにそんなに詳しいんだよ……」

 勝手にプライベートを暴露されても、須賀はちっとも怒らなかった。

「小山内コーチとは青松大中学時代に、何度か教えてもらったことがあって、個人的に面識があるの。クラブチームを退団したと知って、部活のコーチをしてもらえないかとお願いしたら、逆に小山内コーチから、そろそろ結婚がしたいという話になり、わたしが勝手に独身の須賀先生を紹介したら、実は元カレ・元カノの関係で元サヤになったっていう……」

「日比井、もうそのへんで勘弁して」

 この中で一番恐ろしい存在は、やっぱり星南だ。未知な部分が多すぎる。


「そうしたら、あたしらは元日本代表コーチと、元全国チャンピオンがいるチームってことでしょ。それって、超有利じゃん!」泉美が声を弾ませた。

「でも彼女にコーチになってもらうには、条件がある。一つは部として正式に承認されていること、これはクリア。二つ目は毎日練習できる場所が確保されていること。これも、女バスと女バレの両方のグラウンドと体育館のスケジュールを確保できているから、天候に左右されずに毎日練習できる」

 ああ、と美海はようやく腑に落ちた。だから、女バスと女バレが標的になったんだ。

「三つ目。公式戦に参加するため部員が十人以上いること」

「一人足りないわね」

「私もいろいろあたってみるつもりだけれど、みんなも最低あと一人勧誘して。それと、正式に部室を割り当てられたから、荷物を整理して今日中に新しい部室に移しておいて。新しい部室は元テニス部だから」

 はぁい、と何人かが間延びした返事をした。

「それから、山栄は後でわたしと一緒に来て」

「私?」

「テニス部の部室だから荷物、移す必要ないでしょ。それじゃあ、まずは部室の整理から」

 星南のかけ声で、部員たちはぞろぞろと立ち上がって、各々の元の部室へとむかった。

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