Never can’t skip
「ねえねえ、こんな噂知ってる?」
「噂?どんなの?」
「『絶対にスキップしちゃいけない広告』の話!」
「何それ?」
「インターネットで動画を見てたら、なんの前触れもなく出てくるんだって。スキップしたら、その人にすごく不幸なことが起こるらしいよ!」
「へ〜!怪しさ満点だけど怖い!」
―――遠くから、そんな会話が聞こえてきた。彼女たちの声はよく通るので、何もしなくてもあの会話は耳に入ってくる。
「…馬鹿馬鹿しい。」
私はああいう噂話が嫌いだ。幽霊とか、お化けの類に関するものは特に。とにかく現実味がなくて、耳にする度に虫酸が走る。
「“飛ばしちゃいけない”だなんて、そんなの広告を流してる業者が勝手に流した噂に決まってるでしょ…。というか、有料会員になっちゃったユーザーには意味ないでしょう。広告出てこなくなるんだから。」
時刻はもう15時過ぎ。帰りのHRも終わり、3分の1くらいの人は帰ってしまった。私もそそくさと帰り支度を済ませ、少し不愉快な気分に包まれながら、教室を後にした。
「ただいま。」
ぼそっと呟くように言った。しかし、返事は帰ってこない。当然だ、家にはまだ誰も帰ってきてないはずだから。手洗いとうがいを済ませて、私はさっさと自分の部屋へと行った。何をしようか考えながら自室のドアを開けたとき。私はあることを思い出した。
「あっ!そういえば昨日、A角様。の新しい動画見てなかったかも…」
いちファンとしてこれは不覚。他のリスナーとの話に付いていくためにも、今すぐ観よう!そう思い立った私は、私服に着替えることもなく、真っ先にパソコンへと向かった。はやる気持ちを抑えて、電源をつける。
「えっと、『A角様。』っと…。」
すぐさまブラウザを起動し、動画サイトを開いて、検索ボックスにユーザー名を入力する。検索結果にさっと目を通すと、お目当ての動画は一番上に表示されていた。
「これかしら?今日は随分長い動画ね。2時間越えって結構珍しいんじゃない?」
早速サムネイルをクリックし、動画を再生する。スピーカーから、慣れ親しんだ声が聞こえてくる。
「…ふふっ、あははははっ。」
当然期待はしていたが、やっぱり安定して面白い。私はすっかり見入ってしまった。
―――そして、20分ほど経ったころ、唐突に“それ”は現れた。動画を遮って、急に真っ暗なロード画面が表示されたのだ。
「あれ?止まっちゃった…。」
一瞬、動画の読み込みが止まったのかと思ったが、そうではないらしい。一体何なんだろうと首をかしげていると、なぜか動画広告が表示された。
「ええっ、なんで?広告は表示されない設定になってるはずなのに…。」
決して安くはないお金を毎月払ってるのに、表示されるなんて絶対におかしい。ぱっと見美容系の広告らしいけど、内容なんて今はどうでもいい。
「早くしなさいよ…!今いいところなのに!」
スキップボタンにカーソルを合わせて、カチカチとマウスを連打する。5秒くらいはスキップできないようになっているのだが、そんな事も忘れてしまっていた。すっかり広告が表示されないのに慣れてしまっていたからだろう。
そうして5秒経った瞬間、スキップボタンが押された。途端に画面が暗転する。しかし、何故か同じ広告がもう一度始まってしまった。
「ええ!?なんでスキップ出来ないのよ!」
全く想定していなかった動作に、苛つきがどんどん高まっていく。マウスをクリックする音もそれに比例して大きくなっていく。その後もスキップボタンをクリックする、広告が最初から始まるの繰り返し…そんないたちごっこを続けていると、私はある違和感に気がついた。自分の部屋に、何か水が溜まっているように見えたのだ。そして、それは幻覚などではなく、紛れもない現実だった。
「ちょっと…何よこれ!」
椅子の座面に足を乗せていたので気づかなかったが、私の腰の辺りくらいまで水が溜まっていたのだ。一体どこから湧いて出てきたのか謎でしょうがないが、そんなことを考えるよりここから脱出するのが先だ。
「足が濡れるのは嫌だけど…そんな事言ってられないわよね…!」
私は意を決して、水の中へ足を入れようとした。その瞬間、座っていた椅子が前のめりに倒れた。
「ひゃあぁっ!」
足を浸けたくないとまだ少し考えていたのがいけなかったのか、バランスを崩した私は椅子ごと水の中へ落ちてしまった。一瞬にして、全身が冷やっとした感触に包まれる。どうにかして顔を出し、水の中で立つことが出来たが、どうも肌に伝わる感触に違和感がある。
「な、何なのよこれ…!」
肌や髪の毛、着ていた制服はやはりぐっしょりと濡れていたが、それ以外にもぬるぬるとした感触があった。身体や制服の至る所から、ねっとりと糸が引いている。どう考えても、この水が普通でないことが分かった。この感触に嫌悪を感じている間にも、部屋には謎の液体がどんどん溜まっていく。
「もう、とにかく…部屋から出ないと…!」
液体がまとわりつく身体をどうにか動かして、ドアへと向かう。動くたびに、制服がぐちゅぐちゅと音を立てた。そうして、私は何とかドアへと辿り着いた。ドアノブに手をかけ、力を込めてドアノブを回した。すると、ガチャリとドアが開いた途端、さらに大量の水が部屋へと流れ込んできた。
「きゃあっ!んむむぅ!」
一気に流れ込んできた大量の液体に対して、私は手も足も出なかった。一気に流れに飲まれてしまった。眼鏡もどこかへ吹き飛び、全く視界が見えない中で、ミキサーにかけられているように身体がぐるぐる回る。私はどうすることも出来ず、だんだんと意識が遠のいてきた。
「(た、助け、て―――)」
私の意識は、闇のなかへ消えていった。
「―――はああっ!」
突如として目が覚めた。その瞬間視界に入ったのは、いつもの自分の部屋。先程までの地獄はどこへやら、あの大量の液体はすっかり消えていた。
「一体何だったのよ、あれは…。」
ふと目の前のパソコンに目をやると、動画サイトが画面に表示されている。さっきまで見ていた動画はとっくのとうに終わってしまっていた。どうも観ている間に寝落ちしてしまったのだろう。それなら、あの謎で奇妙で嫌な体験も夢だったと、納得はいく。そんな事を考えていると、突然部屋のドアが開いた。ドアの方を向くと、そこには妹が立っていた。私が寝ている間に帰ってきていたようだ。
「お姉ちゃんうるさいよ!急に変な叫び声上げて…。いつも言ってるでしょ、動画観るときは静かに観てって!」
「ごめんごめん、ついつい夢中になっちゃうのよ。気をつけてるつもりではあるんだけど。」
私は適当な返事をした。すると、妹が奇妙なことを聞いてきた。
「お姉ちゃん、なんでそんなにびしょ濡れなの?今日、雨が降ってた訳でもないのに。」
私は妹の質問を理解できなかった。確かにさっきびしょ濡れにはなったけど、あれは夢の中の話だろう。
「何言ってるのよ、びしょ濡れだなんてそんな…え?」
着ていた制服を見た瞬間、私は自分の目を疑った。私の制服は、まだぐっしょりと濡れていて、ぬるぬるまみれで嫌な光沢を放っていたのだ。それと同時に、髪の毛や肌、メガネもぬるぬるのままだった事に気づく。まさか、あれは本当に現実だったのか、いやそんなはずはない…頭が混乱する中、私は妹へ必死に弁明しようとした。
「えっと、これはね、、あのね、何というか…。」
「私、ちょっと前に『服を着たままびしょ濡れになるのが好きな人が世の中にはいる』っていう話を聞いたことあるけど、お姉ちゃんもしかして…。」
「違う違う違うんだって!そんな目でジロジロ見ないで!恥ずかしいから!やめてーっ!」
結局誤解は解けないまま、私は妹から変人だと思われてしまい、しばらく口を聞いてくれなくなってしまったのだった。
1話完結まとめ(オリジナル) セントラル特快(くすら) @CSR_1874T
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