Unforgettable
「…どうして、来ちゃったんだろう。」
目の前に広がる風景を見つめながら、そう呟く翠。
彼女がやってきたのは、街中のとある公園のはずれにある池。池といっても、透き通った水があるわけではなく、濁った水と泥で満たされている。
「…ここに入ったら、楽しい気持ちになれるかな?」
泥で満たされた池を見つめながら言う。
事の発端は3日前、翠が学校から帰っていた時の事である。
「うわっ!」
足を挫いてバランスを崩してしまった翠。不運にも、道の横にレンコン畑があり、そこに向かって真っ逆さまに落ちていく。
「あっ、ちょっ…」
ドポンという、小さな音がした。
「あーっ!翠ちゃんが!翠ちゃんが!」
「大丈夫かいお嬢ちゃん!?」
同級生と、作業していた女性が叫ぶ。
「…っぷはぁ…。ま、前が見えないよ…。」
泥の中から、何とか翠は顔を出した。
「今引っ張りだしてやるから。そこの子、手伝って頂戴。」
「わ、分かりました。」
「「せーの!」」
二人に助けられながら、翠は脱出することができた。だがしかし、掛けていた眼鏡、三つ編みのおさげ、ブラウスとスカート、黒い靴下やローファー、何から何まで泥んこになっ
てしまっている。
「あらあら、こんなに泥んこになっちゃって…。あそこの水道貸してあげるから、洗っておいで。」
畑の近くにある水道を指さしながら、女性が言った。
「あ、ありがとうございます。」
「助かったね、翠ちゃん。洗ってあげる。」
同級生が蛇口をひねり、ホースを伝って水が勢いよく出てくる。
「落ちるかな、この泥…。」
「もし翠ちゃんがいいなら、下着と服貸してあげる。」
そう話しながら、制服や髪についた泥を洗い流していった。
「3日前は、あんな災難はないなんて思っていたのにな…。どうしても、あの感覚が頭から離れない…。」
池へと一近づいていく翠。一歩、また一歩と近づいていく。
「…やってみようかな。」
そう言うと、制服を着たまま、足を池に潜らせる。黒の靴下から、水が染みてくる。
「…もう少しだけ、深いところに…」
どんどんと、池の奥へと進んでいく翠。スカートの裾が池につき、どんどんと泥の中へ沈んでいく。次に、翠は泥を手に取り、ブラウスにべちゃっとつけた。白しかなかったブラ
ウスに、茶色に染まった部分が出現する。
「そうだ、泳いでみよう。水ばかりだから、多分泳げるんじゃないかな。」
ぐっと池の底を蹴り、背泳ぎをする翠。
「えへへ、気持ちいい。さてと、そろそろ戻ろうかな。」
そういうと、背泳ぎを止め、戻ろうとする翠。しかし、ここに誤算があった。
「あっ!」
翠の声が聞こえた直後に、翠の姿が池の中へと消えていった。背泳ぎを止めた地点の水深が深く、足がつかずに沈んでしまったのである。しばらくして、全身泥んこになった翠が
水面から姿を現した。そして、何とか池の縁までたどり着いた。
「ま、またこんなに泥んこになっちゃった…。」
さらに、不幸は続く。通りすがりの若い女性に、泥んこの姿を見られてしまったのである。
「…あっ、えっと、大丈夫?」
「あ、いや、あの…。だ、大丈夫です…。」
泥んこでもわかるくらいに、顔を赤くする翠。
「…あっちの水道で洗ってあげよっか?」
「…お願いします。」
はにかみながらお願いする翠。三つ編みから、泥がしたたり落ちた。
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