消えぬ面影と、消える存在
こうして次は誠也の番になった。
画面の周りにいた人達が皆、息を呑んだのが分かる。
五十嵐誠也のショートプログラムは「狩場の悲劇(My sweet and tender beast)」
女性スケーターが使用するイメージの強い曲だが、誠也はこのシーズンに渡って完全に自分のものにしていた。
曲に合わせて緩やかに挙げられた右手を追うようにそっと滑り出す。
最初のダブルアクセルはまるで普通のただ垂直に飛ぶだけのジャンプを飛ぶかのように軽く飛び上がって当然のように着氷した。
そのままイーグルに入り、やや激しくなった曲調に乗るように曲線に動く。
課題ジャンプであるトリプルループもするりという効果音が似合うほど綺麗に決める。
後半に入ってすぐ、トリプルルッツ+トリプルトウループのコンビネーションを軽々と決めた。
映画の方でこの曲が流れているのはダンスシーンである。そのため、女性はエスコートされているかのように優雅に踊っているかのようにステップを踏むだろう。
誠也はその中で一人、誰かを探すように視線を流しながら、なにかを追うような手を伸ばし、足は片足で滑りながら時折停止し、その後は緩くツイズルで去っていく。
誰かを探したいのか、それとも見つけ出されたいのか。
否、それとも何かから逃げているのか。
そういうイメージをさせる滑りだ。そして、それはまさしく今現在の誠也と被るものがあるだろう。
最後はフライングシット、その直後にコンビネーションスピンを終えた後、曲に合わせて両手を上げフィニッシュとなる。
上げた両手をゆっくりと下げ、どこかほっとしたような表情で拍手と歓声を送る観客の方を向き礼をする。
リンクサイドに向かい、コーチである田畑健也からエッジケースと上着を受け取り、そのままキスクラへと向かった。
誠也の表情は終始無表情で、得点が発表され1位という結果が出た後も無表情だった。
しかし、カメラでは映らない箇所で誠也の表情は一気に暗くなった。
これから待ち受けているのはインタビューだ。おそらくきっとまた、兄について聞かれることだろう。
「………誠也、大丈夫や」
立ち止まって俯いた誠也に対し、田畑コーチは静かに声を掛ける。
「……答えられんとこははぐらかしたらええ」
本当は聞かれないのが一番いい。しかし、聞かれなくなるには誠也がこの世を去った天才スケーター聖司の弟であるというイメージが世間から薄れるほど誠也が一人のスケーターとして強くなった時だろう。
しかしそれは聖司が世間から忘れられるという意味であり、その面でも誠也は葛藤していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます