現役ジュニアの挑戦
高村柚樹はこのリンクに来て早一年。その間、ジュニアデビューしてジュニアグランプリシリーズに派遣され、しかもジュニアのグランプリファイナルに出て三位になった。
そして今度は世界ジュニア選手権に出場する。
(…あっという間やったなぁ…一年濃すぎた…)
大分からこちらに来るときはどうなることかと不安しかなかったが、正直向こうより優秀なコーチに練習環境が揃っているので、元々九州ではトップだった実力がさらに上がって今や世界レベルだ。
今日は早朝から世界ジュニア選手権に出るべく日本で最後の練習をしていた。
ステップの確認をしていたら横に銀河が滑ってきた。
「何時に空港行くんだ?」
「10時。あと四時間~緊張してきた」
それを聞くと銀河は少し笑った。
「頑張れよ柚ちゃん」
「うん、まあいつも通りで行けばいいかな!」
「ああ、世界ジュニアがどんな感じだったかしっかり教えろよ!」
そう言われて柚樹は笑いながら「自分で行けるようになれ」と返す。
「ところで今年は二枠だろ?もう一人のあの人は…」
「…まぁ…ファイナル優勝者だし…」
もう一人の出場者は、関西出身の五十嵐誠也。今シーズンジュニアの大会全てで優勝し、今回の世界ジュニア選手権の優勝最有力候補と言われている。
柚樹と同い年なので、過去に合宿や大会で何度か会ったことがあるので彼のことはよく知っていた。しかし…
「すごい面白い奴でさ、大人しいけど発言は面白いみたいな…そういうやつだったんだよ。なのにファイナルの時も全日本の時も思ってたけどさ…なんか、あいつ変わったなって…」
「無理ないだろ…」
昨シーズン開催されたグランプリファイナルの後、日本中どころか世界中を悲しみに陥れた出来事があった。
グランプリファイナルで見事優勝し、その後に控えた五輪への出場どころかメダルも確実と言われた五十嵐聖司、16歳。
しかしグランプリファイナルから数日後で全日本選手権のほんの少し前、練習へ向かう途中交通事故に遭いそのまま亡くなった。
トップアスリートが事故死という大事件、ニュースは連日連夜その話題になった。
そしてなによりマスコミの矛先は全て弟である誠也に向かった。否、今もなお彼の話題が上がれば必ず兄のことも話題に出る。
インタビュー毎に兄のことを聞かれると行っても過言ではない。誠也はいつも
「言えません…答えたくないんじゃないんです、答えられないんです」
色の無くした顔でそれだけ言ってもうそれ以上は黙秘を貫く。
それと同時に、彼の性格も変わったような気がした。
元々口数は多くないもののノリの良い性格が、今は静かで何を考えているのか分からなくて誰かに話しかけられても必要最低限のことしか言わないし、周りの人を…特に大人を見るときの冷めたような、でも時折見せるどこか怯えるような目。
精神に相当な大打撃を受けてしまったのだろう、しかしそれとは反比例して誠也の実力はどんどん上がっていく。今はまだジュニアでは少数派の四回転ジャンプを跳び、芸術点も大会毎に伸ばしていく。
柚樹にとってはそれが少し不気味で恐ろしかった。無理もないのは理解しているが、過去を知っているからこそどこか受け入れがたいものがあった。
グランプリファイナルや全日本の時は他の選手たちから腫れ物のように扱われていたのもあって、今回世界ジュニアでただ一人同い年の日本人男子という状況となるため、どう接すればいいのだろうと悩んでいたのだった。
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