赤狐国と緑狸国のはなし

rapipi

コックのたった1つのミスで

あるところに、赤狐国と緑狸国という国があった。

2つの国は長い間戦争をしている。

始めは1つの大きな国だった。

もともと原因が何だったのかはみながあまりよく覚えていない。実際は、他国との鉱山の利権を巡る問題で、国内で方向性が違ったとこから起きた。

それが今は東西に分裂し、戦争をするまでになっている。そして、2つの国で大きな問題の1つとなっているのが、「赤いきつねと緑のたぬきどちらがより美味しいか」だ。

そんなものどうでもいいだろうと、最初はあきれているものもいた。

しかし、半世紀がたつうちに、どちらが美味しいかは国民の関心事となっていた。

そして、赤狐国が緑狸国の小麦の輸入を止めたことにより、緑狸国の国民の怒りを買った。

緑狸国は乾燥した地域もあり、育てられないことはない。

それでも彼らにとって小麦は重要だった。

それほどまでに、海老天ぷらの存在は大きかった。

そんな赤狐国と緑狸国の両方で雇われているシェフがいた。

その男の名はトリック。

腕利きのコックで、王宮の料理も担当するほどだ。

赤いきつねと緑のたぬき両方のレシピを知っている、唯一の人間である。

そして、赤狐国と緑狸国が誕生してから52年、その日は両方の国の建国記念日だった。

それぞれの国ではその国の郷土料理が食べられることになっていた。

トリックはその前日落胆していた。

なぜかというと、その日は両方の国で仕事が任されていたからだ。

しかも、レシピを知っている他のシェフはその日は休みをとっている。

家族と一緒に食べるのを年に一回の楽しみにしているシェフもいて、休みをとるのを止めるわけにもいかない。

「どうすればいいんだ。」

トリックは1人馬車に乗りながら呟いた。

荷台には大きな小麦のはいった袋が乗っている。

材料調達から始めなくてはならなく、国民全員分の赤いきつねと緑のたぬきとなれば相当な量になる。

疲れた彼は、農家に間違った要望をしてしまう。

そうとは知らずに彼は、赤狐国にそば粉、緑狸国に小麦粉を送ってしまった。

そして、祭りの日。

ろくに寝ていない彼は、思い体を持ち上げ、厨房に向かう。

彼は厨房に立ち、そば粉を取り出してそばを作り始める。あまりの面倒くささと疲れから、そばとつゆ、具材の作り方を他のシェフに教えてつぎの仕事に向かおうとする。

「待ってくださいトリックさん。去年と作り方が違わないですか?」

弟子のコックが慌てて聞く。

「はあ、そんなことないだろ。わからないとこがあるなら俺が教えながら作っていいから。」

眠気でトリックは不機嫌そうに答える。

弟子が疑問に思うのも当然だった。

トリックの作ったのは緑のたぬき。

そしてここは赤狐国。

いくらレシピを知らないシェフでも、めんの色が変わったら気づく。

しかし、トリックは聞こうとしない。

3日前から多忙だったのだ。

その後2時間ほど弟子たちに作り方を教え、緑狸国に向かう。

夜の2時から始め、今は朝の7時だ。

8時に緑狸国に着き、数分後に厨房に立つ。

そして小麦粉の入った袋を開ける。

トリックの寝ぼけていた頭も段々と冴えてきた。

「小麦粉多くないか?」

ふと思い、口にする。

そこには去年の倍以上の小麦粉がある。

「どうしたんですか?」

シェフの1人が聞く。

「俺は、緑狸国で赤いきつねを作ろうとしてるんだ!」

トリックは嘆く。

「赤いきつねってまさか敵国の?」

シェフは驚いたように聞く。

「ああそうだ。しかも俺はその国で緑のたぬきを作っちまった!」

トリックは自分がしたことの過ちに気づく。

「裏切り者!」

「反逆者!」

厨房にはトリックを避難する声が飛ぶ。

「俺はやめる。作らない。国家転覆罪で捕まりたくない。」

シェフの中の1人が言う。

すると、トリックははっと何かに気づく。

「いや、作ろう。赤いきつねを作ろう。俺は今まで両方の国を見てきた。国は違えど美味しいものを食べる顔は一緒だった。この国も、みんなうれしそうに毎年赤いきつねを食べてる。それはあっちの国も一緒だ。あっちだって緑のたぬきを笑顔で食べてる。この2つの国に何の違いがあるって言うんだ。」

トリックはシェフたちに言う。

「あいつらと俺達は違う。じゃあ同じだったらそもそも戦争なんかしてねえだろ!」

シェフの1人が反論する。

「それはお互いを知らないからだ。赤狐国は緑のたぬきを知らない。緑狸国は赤いきつねを知らない。だから、それぞれの美味しさがわからない。」

トリックは話す。

「なら作ってみろよ。」

先ほど反論したシェフは言う。

「わかった。」

トリックは言い、その数時間後に赤いきつねは完成した。

甘いつゆの香り、大きなお揚げ。

シェフたちの食欲を赤いきつねはそそらせる。

「い、いただきます。」

シェフたちはおそるおそる箸で食べる。

すると、驚いたような顔をする。

汁の染みた甘いお揚げ、もちもちの麺、絶妙な味付けのつゆ。

その全てに感動していた。

「作りましょう。もう戦争なんてする必要ない。」

シェフたちは口々にそう言う。

そして、国民分の赤いきつねが完成した。

緑狸の国王は、出てきた赤いきつねに眉をしかめる。

「だれじゃこれを作ったのは。」

国王が部下に聞く。

「トリックという男だそうです。」

「そいつを牢屋にぶちこめ。」

国王はイライラしながら命令する。

部下が去ったあと、国王は赤いきつねを見つめる。

食べたくないからといって、こんなに美味しそうな匂いを嗅いだなら、腹を空かせている時に食べないというのは無理がある。

「少しだけ。」と国王は言って、箸でうどんを挟む。

ズルズルズルっと音をたててうどんをすする。

「うっうまい!」

国王は驚きのあまり声をあげる。

試しにお揚げも食べてみる。

甘く、どこか懐かしさを感じる味に国王は涙した。

「大臣、大臣よ!」

大声で呼ぶと何事かと大臣がやってくる。

「国王命令じゃ。赤いきつねを食べることを義務とする!」

王様は興奮して言う。

「全ての国民が食べなくてはならない。もちろん戦場にも伝えろ。」

「わかりました。伝えて参ります。」

大臣がさると王様は美味しそうに赤いきつねを食べる。

「うむ、実に美味である。」


一方戦場ではこの日は一時終戦となっていた。

赤い旗が掲げてある赤狐国の本陣。

そこではむさ苦しく男たちが赤いきつねが届くのを待っていた。

本来、赤いきつねは国の厨房で氷魔法を使って凍らし、戦場に運ばれてから熱魔法で解かされて食べる。

しかし、そこに届いたのは緑のたぬきだった。

「なんだこれ? 黒いうどんか?」

戦士たちは戸惑う。

若い戦士たちはそばを見たことがない。

「なんと、国王命令だとよ。食べなくちゃいけないみてえだ。」 

「チッ! 俺はあのいつものうどんを期待してたのによお!」

戦士たちはそんな会話をしながら器に入れた緑のたぬきを解凍する。

出来上がり、美味しそうな匂いを放つ。

「お、俺は食うぜ。ソ、バだかなんだか知らねえが腹が減った。」

ある兵士は言う。

ズルズルズルとそばをすする。

「う、うっっめめえええ!!」

その兵士は叫ぶ。

他の兵士も、「おいまじかよ。」とか、「嘘だろ?!」と言って食べてみる。

「そばもヤバイけどこの天ぷらもサクサクで超うまくないか?!」

みな大喜びだった。

喉ごしのよいそばにサクサクな海老天ぷら。

彼らが今まで出会ったことのない美味しさがあった。

この日、それぞれの国では敵国の料理を誰もが食べていた。そして知った。

食に国境はない。

「おいしい」は正義だと。

この日は2つの国の終戦記念日となっている。

トリックは釈放されるどころか英雄と崇められ、銅像がつくられた。

2つの国は1つの国に戻り、半世紀以上続いた戦争は幕を閉じた。


この話はその後も語り継がれることになった。











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