track.37 聖剣 対 魔剣

 ついに正体を現した最強の狼……。

 アレックスと呼ばれるその少年は、ノエルが抜いた剣を見て薄ら笑いを浮かべ立ち上がった。



 「へへへ、大英博物館秘蔵の聖剣か、ずいぶんと大そうなもんを持ちだしてきたな……」

 「これまでよ! 観念しなさい!」

 「しょうがねーなー……」



 アレックスは倒れた霧島に歩み寄り、不意に霧島に刺されていた古めかしい剣を引き抜く。霧島が悲痛な声で嗚咽を上げた。



 「き……霧島!!」

 「……ダメよ……那木君……逃げて」

 「アズマ、下がってて。君をかばって戦えるような相手じゃない!!」



 アレックスは引き抜いた剣についていた霧島の血をぺろりと舐め、首を傾げながら剣を構える。



 「純血のフェンリルの血じゃねーな。どうやら、摩利香は雑種みてーだ。道理でよえーわけだよな……」

 「霧島が……弱い?」



 僕に戦慄が走った。あの人間離れした強さの霧島が弱いだって? それじゃ、こいつは化物染みた霧島よりずっと強いってことか?

 


 「極東に俺らの生き残りがいるって聞いて、この国まで来てみたが、やっぱり本物のフェンリルはもう俺だけみてーだ。てめーらのせいでな……」



 アレックスの目つきが急に鋭くなった。まるで親の仇でも見るようにノエルのことを睨んだのだ。

 それを見たノエルが、今度はアレックスのことを嘲るように言う。



 「上手く騙していたつもりみたいだったけど、口を滑らせたみたいね。妹のこととなると頭が回らないのかしら?」

 「ああん? 忘れるわけねーだろ! てめーらエルフに殺されたロキシーの恨みを!!」



 ノエルの挑発に、これまで飄々ひょうひょうとていたアレックスが、怒りに任せて斬りかかってきた。ノエルもそれに応戦し、剣と剣のぶつかり合う甲高い音がリビングに響いた。

 それにしても、アレックスは今ノエルのことをエルフって呼んだのか? エルフって、ファンタジーに出てくる耳の尖がった……。

 僕はそんな疑問を抱きながらも、霧島からアレックスが離れたところを見計らって、血まみれの彼女を抱き上げて隣のダイニングへと避難した。



 「霧島、大丈夫か!? しっかりして!」

 「那木……君、逃げて……あの剣は……ヤバいの……」

 「ヤバいたって、今ノエルが!」



 僕らが逃げてきたリビングでは、ノエルとアレックスがカーテンやソファを切り裂きながら、壮絶な剣の競り合いを繰り広げていた。

 しかし、力で優っているのか、アレックスがノエルを徐々に押しているように見える。



 「俺はいつか仲間を増やして、エルフどもに復讐するのさ。この魔剣グラムで、てめーらを根絶やしにしてやる!!」

 「そんなこと、私がさせない!! 聖剣エクスカリバーで、あんたのくだらない妄想を叩き潰すわ!!」



 ノエルがそう叫ぶと、彼女の体から青い光みたいなものが立ち上る。すると、彼女の耳の形がどんどん長くなり、物語に出てくるエルフそのものの姿になっていった。それとともにノエルの動きがどんどん速く、技のキレも増していったんだ。

 それにしても、魔剣グラムにエルフに聖剣エクスカリバーって、もう何でもありだな。

 目の前で繰り広げられる異世界の戦いに、僕は眉唾な言葉を全て事実と受け入れざるを得なかった。



 「ちっ……本性を現して身体強化しやがったか、まあいい」



 急に力を増したノエルに対し、アレックスは舌打ちをした。すると、今度は不敵な笑みを浮かべて、僕らに話しかけてきた。



 「なあ兄弟、いいことを教えてやるぜ。こいつらエルフどもの本性をよー」

 「……え?」

 「正義面してるがな、こいつらはディープ・ステート、国際金融資本、ビックテック企業……ほぼ全てのエスタブリッシュメントどもの親玉だ。知らず知らずのうちに、お前ら人間はエルフどもに支配されてるのさ」

 「馬鹿なことを言わないで! 私たちは人外の脅威から人類を守っているのよ!」

 「よく言うぜ、邪魔な人間どもを沢山消してきたくせによ。守ってるのは、お前らに都合のいい人間だけだろ?」

 「黙りなさい!!」



 アレックスの発言に、ノエルがムキになって反論している。奴の言葉を全部信じるわけではないが、さっき拷問を受けていた時の恐ろしいノエルが脳裏に浮かんだ。

 どんな経緯かは知らないが、おそらくアレックスの妹が殺されたのは事実なのだろう。そう考えると、二人を一概に善悪では判断できなかった。



 そんな時、僕の腕の中にいた霧島が、徐に僕の手を掴んだんだ。僕の手が彼女の血で真っ赤に染まった。そして彼女は、消え入りそうな声で必死に何かを伝えようとしている。



 「もっと……大きな力が……必要……」

 「霧島、喋るな! 今はノエルに!」

 「夜が……夜がくれば……私は」



 最初は負傷が酷くて意識が混濁してきたのかと思った。だけど、彼女の鋭く美しい瞳は全く死んじゃいなかったんだ。

 夏の高い太陽も、いよいよ日没を迎えようとしていた。アレックスとノエルが激闘を繰り広げている緊迫する室内も、徐々に青い闇に包まれていく。

 気が付けば、アレックスの魔剣グラムが突き刺されていた霧島のお腹の傷から、薄っすらと紫色の光が立ち上り始めていた。



 「霧島……? 一体……何をするつもりなんだ?」

 「あの人は……フェンリルに勝て……ない。だから……私が!」



 霧島の傷から立ち上る紫色の光は、徐々に量を増して鮮明になっていく。

 一方、ノエルとアレックスは、相変わらず熾烈な舌戦をしていた。もはや、僕らの常識の預かり知るところではなかった。

 


 「お前らエルフどもは、数では勝てない人間の中に入り込んで、支配層を牛耳った。そうして、見事に人間への復讐を実現させたのさ」

 「殺す・奪うことしか能のないケダモノが、私たちの種族の何が分かるっていうの!?」

 「綺麗事並べて、裏で薄汚ねーことしてるてめーらの方が、よっぽど悪党だって言ってんだよ!」

 「本当におしゃべりな狼! 無駄口を叩けないように息の根を止めてあげる!!」

 「へん、やってみな!」



 

 リビングの中央で交差する伝説の聖剣と魔剣。必殺の一撃を切り結んだ二人は、お互い真反対の壁を見つめて微動だにしない。

 長い長い沈黙が続き、二人の人外の存在による戦いは、ついにその勝敗を決したのだ。



 「そ……そんな、聖剣エクスカリバーが!?」


 

 ノエルの握っていた聖剣エクスカリバーの刀身が、音を立てて粉々に砕けた。アレックスは振返って高笑いした。



 「はーっはは!! もしやと思ったが、やっぱレプリカだったか。本物のエクスカリバーなら、こんなもんじゃねーだろうからな」

 「な……なんですって!? 大英博物館保管の秘宝が……偽物だというの?」

 「オリジナルのエクスカリバーは、大昔に湖に返還されて以来、行方知れずのはずだ。所詮、紛い物じゃ本物には勝てないってことさ!」



 勝ち誇るアレックスは、残忍な笑みを浮かべながら、剣を失ったノエルを斬りつける。ノエルの綺麗な白い肌から鮮血が舞った。



 「へへ、終わりだなクソエルフ。てめーにも、ロキシーの苦しみを味あわせてやるぜ!!」

 「きゃぁぁー!!」

 「の……ノエル!!?」


 

 肩を切り裂かれ、ひざまずくノエル。傷口を押さえて痛みに耐える彼女の顔に、アレックスの魔剣グラムの剣先が向けられる。

 正直なところ、ノエルには色々思うところはあった。それでも、このまま彼女を無残に殺させるのは……。

 僕が右往左往しているのを尻目に、負傷していた霧島がよろめきながら立ち上がる。



 「先輩……あなたは根っからの悪人じゃない。でも……あなたが私から自由を奪おうとするのなら……」

 「へ、こいつを殺るまでそこで行儀良く待ってな。そうしたら、またさっきみたいに可愛がってやるからよ」

 「霧島、無茶だ!」



 霧島の腹部から溢れ出る紫色の光は、いよいよ輝きを増して何かを形作ろうとしていた。

 彼女はへたり込んでいた僕に微笑みかけると、目の前の最強の敵を見据え、力強い声で言った。



 「私は……あなたと戦って、自由を勝ち取ってみせる!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る