track.23 軽音部のならず者

 あの後、休み時間の度にノエルの周りには人だかりができていた。

 僕はそれが鬱陶しかったのと、僕がいると変な雰囲気だったので、授業が終わる度に席を外していた。

 だから、あの奇妙な外国人留学生とは、特に関わることもなかったんだ。

 


 そう、僕にとっての天王山はまさにこれからなのだから。

 


 「ねえ霧島、本当に今日行くの?」



 放課後、僕らはいつものように屋上で待ち合わせをしていた。いつもクールな霧島が、いつになくやる気に満ち満ちた顔をしていた。



 「今日行かなくて、いつ行くの?」

 「だよね……」



 あの時は、彼女への思いが溢れて啖呵を切ってしまった。だけど、こんなにいきなり行くことになるとは思わないだろ?

 プロポーズしたのはいいものの、その次の日に相手の両親に挨拶に行くような気分かな? まあ、プロポーズなんてしたことないけど。



 そんなこんなで、僕らはあの暴力的なサウンドが廊下まで漏れてくる、クソうるさい軽音部の部室前に立っていたんだ。

 実際そこに立ってみると、霧島は硬直して微動だにしなかった。そりゃそうか、彼女の立場からしてみれば、せっかく門を叩いてみたのはいいけど、門前払いで入部を拒否られてしまうことだってあり得るからな。



 「えーと、霧島……開けるよ?」

 「……ええ」



 いつまでもここに突っ立てるわけにはいかなかったので、僕は扉を叩いて静々と開いてみた。

 コードが乱雑に地面を駆け巡った広めの部室の中では、僕の好きではない如何にもヤンチャそうな男子や女子が、皆思い思いにギターやベースを掻き鳴らしていた。



 「あ……あの……ちょっといいですか?」



 おそらく、このやかましい楽器の音にかき消されて、僕の声なんて全く聞こえちゃいなかったろう。案の定、僕は気付かれなかった。

 しかし、僕の後から霧島が入って来ると、部屋の空気は一変する。皆んな一斉に演奏を中断すると、まるで猛獣でも入って来たみたいに彼女に注目したんだ。



 「あ……あれって、もしかして一年の霧島 摩利香?」

 「ままま……間違いありません! A組の霧島 摩利香です!」

 「ってことは、あの男子が『皇海の狂犬』!?」

 「お……俺たち、何かしたか!?」

 「とりあえず、先生呼んで来た方が良くない?」



 まあ、普通に考えたらこうなるわな。霧島は部員たちの狼狽っぷりに、どうすればいいのかわからないようだ。

 ここは僕が話をつけなきゃいけないのかな……と、思ったときだった。

 部員の中から、髪がもじゃもじゃで黒縁メガネをかけた冴えない先輩が、緊張した面持ちで前に出てきたんだ。



 「きき……君たち、一体何の用だい!? ここは君たちみたいにケンカをするような生徒が来るところじゃ……」

 「い……いいえ、違うんです! えーと、軽音部に入部希望なんです!!」

 「……え?」



 僕のカミングアウトを聞いて、このメガネの先輩は固まってしまった。

 驚くのも無理はない。名実ともに学園最凶の女子と、何故か狂犬の二つ名で呼ばれることになってしまった男子が、二人して自分たちの部活に入りたいなんて言ってくるんだから。

 この固まってる男子を尻目に、その後ろから昔の海外ドラマに出てくる女優みたいな、少しきつめの化粧をした女子がしゃしゃり出てくる。



 「ちょっと勇也! 何固まってんのよ! いい、あんたたち、不良だからロックをやるなんて、案着な発想だとは思わないの?」

 「い……いや、僕らは不良だからとかじゃなくて……」



 ああ、なんかこの先輩、当たりが強くて苦手だな。僕が何を言おうとしても、真面に喋らせてくれないんだもの。



 「とにかく! 私たちはあんたたち不良のいいなりになんか、絶対にならないんだからね!」



 こりゃダメだ。この二人は、これでもまだ口をきいてくれるだけマシだが、他の部員たちなんて壁際で皆んな青ざめた顔をしているんだ。

 一見無表情な霧島も、心なしか悲し気な雰囲気を醸し出している。



 「那木君……帰りましょう。やっぱり、私が来るような場所じゃなかったの……」

 「霧島……」



 霧島は静かに踵を返し、僕もそれに続こうとする。

 僕としては軽音部に入らなくて済んで良かったものの、自分で変わろうと第一歩を踏み出した霧島にとっては、あまりに可哀想な結末だった。



 「おい、ちょっと待てよ一年!」



 そう、あの破天荒な先輩が現れるまではね……。



 何やら、部室の奥の方から不敵な声が聴こえた。目を向けると、そこにはサングラスをかけてブレザーの代わりにミリタリージャケットを着た変な奴が、机に脚をのっけて椅子にのけ反るように座っていた。 



 「瑞希みずき、不良だからってだけで、何も追い返すこたーねーだろ?」

 「なによ佐伯さえき? だったら大人しく入部させるって言うの?」



 佐伯とかいうヘンテコな先輩は、椅子からゆっくりと立ち上がると、部室を闊歩するようにチンピラみたいな歩き方でこちらへ近づいて来る。

 なんだなんだ? こいつ、どこぞの外国のロックスター気取りかよ?



 「へー、お前が噂の女番長ってわけか。近くで見ると、ずいぶんといい女じゃねーか……」



 佐伯先輩はサングラスをとると、霧島を舐めるように見ながら言った。ちっ、変人のクセに意外とイケメンじゃないか。

 霧島はそれに狼狽えるかと思いきや、さすが学園最凶の女だ。一歩も引かずに、したり顔をして言葉を返した。



 「あなた……スティーヴ・マリオットに似てるわ」



 それを聞いた佐伯先輩は、嬉しかったのか思わず声を上げて笑い出したんだ。



 「ははは……お前、スティーヴ・マリオットを知ってるなんて、ずいぶんと見所があんじゃねーか!」



 二人は謎の外国人の名前に感じ合うものがあったようで、向かい合って不敵な笑みを浮かべていた。

 


 「いいぜいいぜ! お前らが本気でロックしたいってんなら、やってみろよ! お前、楽器は何ができるんだ?」

 「ギターよ……」



 そう言えば、霧島の家に行った時、壁際にエレキギターが置いてあったな。ロックが好きなだけあって、やっぱりそれなりに弾いているんだ。



 「ちょっと佐伯! 勝手な事しないでよね、部長はこれでも勇也なんだから!」

 「おいおい瑞希、別にまだ入部させるなんて言ってないさ、この俺直々に入部テストしてやるって言ってんだよ……」

 「……は?」



 瑞希っていう当たりの強い先輩をさらっと流し、佐伯先輩は部室の隅に立て掛けてあったエレキギターを掴んで、首を傾げる霧島に差し出したんだ。



 「あいにく、誰でもウェルカムってわけにはいかねーんだ。俺のギターを貸してやる。ここでロックがしたけりゃ、自分の腕で勝ち取ってみな!」

 「……いいわ、何か弾けってことね」

 「せいぜい、俺が痺れるくらいのプレイをしてみな、女番長よ」



 挑発染みた佐伯先輩からの提案に、霧島は得意気な顔をしてギターを受け取った。

 そして、この時点で既に僕などお呼びでない感は満々であったのだ。

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