track.24 入部テスト

 徐に突き出されたギターを手に取った霧島。彼女は躊躇することなくストラップを肩にかける。

 ギターの事なんて僕はよく分からなかったが、素人目から見てもソリッドで赤茶色のオシャレな代物だった。



 「リッケンバッカー330……ザ・ジャムでポール・ウェラーが使ってたモデルね。いい趣味してるわ……」

 「おいおい! 女番長、ずいぶんと詳しいじゃねーか! ますます気に入ったぜ!」



 佐伯先輩はギターを褒められ、余計にテンションを上げる。

 普通に考えたら、こういうのは社交辞令ってやつなんだ。だけど、霧島の場合はそんな気の利いたことを言うわけないので、素の反応だったのだろう。



 そしていよいよシールドをギターに繋ぎ、ギターアンプの電源が入る音と共に、ブオーンというノイズが部屋に広がった。

 ノイズの余韻が覚める前に、霧島はピックを持った右手を徐に振り下ろす。すると、近隣の教室から苦情がきそうなほどの甘美な爆音が、これ見よがしに鳴り響いた。



 「ふーん、こういう感じなのね……」



 霧島はニヤリと笑うと、慣れた様子で上下にピックをストロークし、メロディーを奏で始める。

 初めは一定のテンポで穏やかに、そしてしんみりとしたアルペジオから、やがて抑揚がついていく。最後にはハードロックかヘビメタか、超高速の激しいギタープレイをしてみせたんだ。



 僕は霧島がギターを弾いている数分間、まるで夢を見ているんじゃないかと思ったよ。

 そうだ。こんなに驚いたのは、霧島が突然狼になってしまった時以来だった。

 とにかく、今この空間にいる全ての人が、神がかった彼女の演奏に魅了されていたのだ。



 「……ふう」



 さっきまでの暴力的ビートはどこえやら、演奏を終えて少し汗ばんだ霧島は、静かに深呼吸をして腕を下ろした。

 部室の中は不気味なほど静まりかえっていた。皆んな一様に驚きを隠せなかったんだ。

 そんな幻想的な沈黙も、佐伯先輩が手を叩き始めると、部員全てがスタンディングオベーションの大きな歓声へと変わった。



 「やるじゃねーか、女番長!」

 「凄いじゃないか! ただの不良じゃなかったんだね! 感動したよ!」

 「ふん、中々の腕じゃない。気に喰わないけど、認めないわけにはいかないようね」

 「ただただ怖い人かと思ったけど、超かっこいい!! そして、改めて見ると超可愛いし……」

 「学園最凶って話題性も十分、そして見た目にも花がある! うちのバンドに入って欲しいな!」



 皆んな掌を返したように霧島を称賛し始めるもんだから、霧島は照れ臭そうにしていた。

 僕としては何だか複雑な気持ちもあったが、これはこれで良かったんだ。……そう、霧島はね。



 「女番長……いや、霧島だったか? 俺は二年の佐伯 誠司さえき せいじな。軽音部への入部、歓迎するぜ!」

 「部長で二年の苗場 勇也なえば ゆうやだよ。楽器はベースね。よろしく!」

 「私は高妻 瑞希たかつま みずき、二年でドラムよ。……ところで、そっちのあんたは何が弾けるの?」

 「え? あ……いや」



 霧島があんなに神懸ったギタープレイをしやがったもんだから、自然と僕への関心もうなぎ上りってわけだ。

 軽音部員の方々の純粋な期待の眼差しが、眩しくてしょうがなかったよ。

 あきらめろ、考えるだけ無駄だ。どんなに知恵を絞り出したところで、僕がピアニカすら真面に弾けないことは覆らないのだから。



 「えーと……ロックは興味あるんですけど、楽器は特に……」



 再び部室内は静まりかえった。霧島のときとは違って、驚き……というよりは、むしろ落胆てのに近いのかもしれない。

 あまりにも変な空気になってしまったので、部長の苗場先輩が気を遣って申し訳なさそうにフォローしてくる。



 「あの……ごめん、一応部の最低限の決まりでさ、楽器が全く弾けない人の入部はその……ご遠慮頂いてるって言うか……」

 「で……ですよねー」

 「悪いな一年、俺的にはあまり好きじゃないんだが、それがルールってもんだ」



 苦笑いをする僕の肩を、佐伯先輩が慰めるようにポンと叩いた。

 残念だが、決まりなんだから仕方ない。いや、むしろ霧島は上手く溶け込めそうだし、僕は入らなくて済むから、一番理想的な展開なんじゃないか?

 さっきまで気まずさから一変、僕は霧島に歩み寄って諭すように言った。



 「ごめんな、霧島……やっぱり一緒には無理みたいだ。でもさ、もうお前は一人でも大丈夫そうだから、頑張ってみろよ!」

 「え……那木君?」

 「すみません、皆さん。ちょっと無口で不愛想な奴ですけど、仲良くしてあげて下さい」



 僕は霧島の保護者でもないのに、深々と頭を下げて彼女のことをお願いした。だが、霧島は納得いかない様子だ。



 「ちょっと! 那木君、何を勝手に!?」

 「いいか、霧島。いつも俺がついててあげられるわけじゃないんだ。俺がいなくても、色んな人と仲良くなれなきゃ……だろ?」



 そう言うと、霧島は儚げな顔をして俯いた。よしてくれ、お前にそんな顔されたら……。



 「……わかったわ。あなたにこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。一緒に来てくれてありがとう……」



 僕としては願ってもない結末だったはずだ。霧島にこんな寂しい顔をさせてしまったことに罪悪感を抱きながらも、僕はこの判断は正しかったのだと自分に言い聞かせた。



 「じゃあな、俺は先に帰るから、部活楽しめよ」

 「ええ……ありがとう、那木君」



 僕は愛想笑いを浮かべて部室を後にし、霧島はやはり寂しそうな顔をして手を軽く振った。

 霧島の自立の手助けができたわけだし、僕だって気の進まない軽音部への入部を免れたんだ。

 なのに、なんだろう……この後味の悪さは?



 僕はこの自己矛盾に耐えながら、必死に早歩きで昇降口を目指した。どうにも、あの霧島の寂し気な顔が頭から離れないんだ。



 「ハーイ! アズマ。今帰りかしら?」

 「……え?」



 調度そんな時、昇降口付近で僕を呼び止めたのは、あの青い目をしたブロンドの美少女、ノエル・スライザウェイだった。



 「ど……どうしたの? ノ……ノエル・スライザウェイさん」

 「やだな、私のことはノエルって呼んでよ。私もアズマって呼ぶからさ!」


 

 金髪美少女ノエルは、くったくのない笑顔をして甘い香りを漂わせながら歩み寄って来る。一体何なのだろう?



 「日本の学校って初めてだからさ、一人でちょっと探検してたの。良かったら、一緒に帰らない?」

 「え……!? まあ、別に構わないけど……何で僕なんかと?」



 彼女の周りには、休み時間の度に人だかりができてたわけだし、偶然にしても、ほとんど話しすらしていない僕を誘うか?

 可愛い女の子にはご用心ってね。僕は中学時代に酷い目に遭ってるから、その辺用心深いんだ。



 「皆んなが言ってたわ……隣の席の那木君は、あれでも怖い人だから気を付けろって……」

 「そ……それは(誤解です!)」

 「……私、アズマに興味があるの」

 「……え?」

 「だって……」


 

 ノエルは人差し指を唇に当て、意味深げに微笑みながら言った。

 どうやら、僕のロクでもなく退屈な日々は戻ってきてはくれないらしい。

 僕は早く気付いておくべきだった。この普通でない異国からの使者の到来が、既に僕らの非日常を加速させていたことに。



 ――君、フェンリルの臭いがするんだもん……」

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