track.5 幼馴染は見ていた

 「あれはあれなのか? ……やっぱり振られたってことなのかな?」



 霧島の家から帰る途中、僕はロック史のレクチャーにあれ程やる気満々だった霧島の態度が、急に変わってしまったことに思索を巡らせていた。

 僕は最後に友達のいなそうな霧島を不憫に思って、「友達にならないか?」と聞こうとした。思えば、僕だって似たようなもんだし、余計なお世話だったのかな?

 きっとそうだ。僕の気遣いを下心と勘違いされて、警戒されたんだ。告白もしてないってのに振られるってのは、複雑な気分だった。

 それにしても、だいぶ変わった奴だとは思っていたけど、あれは斬新な振り方だな……。



 でも、例え勘違いだったとはいえ、振られたらもうそれまでとか、下心だけで近づいたチャラい奴みたいで嫌だった。

 そこで、僕に変なスイッチが入ってしまった。霧島に拒否られていることをわかった上で、さも興味があったのはロックだけってフリをして、CDを数枚借りることにしたんだ。彼女に呆れられながらもね。



 すっかり辺りが真っ暗になった中、僕は霧島から借りた見たこともないCDジャケットを眺めながら、深く後悔をしていた。



 「どうしよう……これ」



 家に帰ると、玄関に家族のものではない女もののローファーが置いてあった。

 僕が首を傾げる間もなく、ダイニングから母親の声が飛んで来る。



 「吾妻、遅かったじゃないの! 毘奈ちゃんが来たから、あんたの部屋で待ってもらってるわよ!」

 「ええ!? 毘奈が? なんで勝手に部屋に入れちゃうんだよ!」

 「いいじゃない、別に毘奈ちゃんなんだから!」

 「いや、むしろ毘奈だからダメなんだよ!」



 僕は何だか胸騒ぎがして階段を駆け登った。

 幼馴染ってのもあるが、うちの母親は毘奈のことをだいぶ気に入っていて、生意気盛りの妹も本当の姉のように慕っていた。

 だから、基本毘奈が来れば家族皆大喜びで、僕の糸クズみたいな人権など簡単に吹き飛ばされてしまうんだ。



 「毘奈!! ……ハア……ハア……」

 「どうしたの、吾妻? そんなに慌てちゃって」



 ドアを壊さんばかりの勢いで部屋に飛び込むと、制服姿の毘奈は予想に反し、部屋の椅子にお行儀よく座っていた。

 良かった、僕の早とちりだった。僕は思わず胸を撫で下ろしていた。だって仕方ないんだ。毎度毎度、毘奈を部屋に入れるとロクなことがないんだから。



 「おやおやお兄さん、もしかしてお探しなのは、このエチィ本ですかな?」

 「って、おまっ! やっぱり!」



 そうそう、こんな風にね。

 毘奈は背中から僕の秘蔵のエチィ本を数冊取り出すと、嬉しそうに僕の前へ掲げて見せた。



 「あーずまー、もう少し隠し場所工夫しないと、すぐに誰かに見つかっちゃうよー♪」

 「お前以外、誰もそんなもん見つけやしねーよ!」



 揶揄ってくる毘奈から、僕はふんだくるようにエチィ本を取り上げた。全く、油断も隙もあったもんじゃない。

 でも考えてみれば、こういうやりとりも久しぶりな気がする。高校に入学して毘奈に彼氏ができて以来、彼女が僕の部屋にまで来たことはなかった。



 「もう、そんなに怒らなくたっていいじゃん! せっかく久しぶりに可愛くて優しい幼馴染が、部屋に来たって言うのに!」

 「本当に可愛くて優しい幼馴染は、男子の部屋でエチィ本を漁ったりしません!」

 「ああ、確かに!」

 「確かにって、お前な……まさか、それだけの為に僕の部屋に来たんじゃないだろうな?」



 僕がそう言うと、それまでふざけていた毘奈は急に真剣な眼差しで僕を見つめる。



 「吾妻……霧島 摩利香と一緒にいたでしょ?」

 「(ギクッ!)いや、……あれはだな、あいつの生徒手帳をたまたま拾ったからさ……親切で届けようと」

 「届けるだけだったら、一緒に帰る必要ないよね?」

 「そ、それはだな……あいつがどうしてもお礼をしたいって……ハハ」



 だいぶ苦しかった。毘奈は僕の言い訳など全く信じてはいないだろう。

 そりゃ、ある意味学園一の有名人の霧島と一緒に帰ったりなんかすれば、誰かに目撃されて当然だ。僕は自分の脇の甘さを悔い、打開策を模索する。

 だがもはや、この執拗な秘密警察の追求から逃げ切るのは、不可能だったのだ。



 「あんなに念を押したのに! どうせ霧島 摩利香がちょっとばかし美人だったからって、鼻を伸ばして話を合わせてたら、成り行きで一緒に帰ることにでもなったんでしょ?」

 「違う! そんなわけ……」



 当らずとも遠からずってところか。まあ、普通に考えたらそう思うわな……。

 さすがの秘密警察……いや、幼馴染も霧島 摩利香のサイコっぷりには想像が及んでいないらしい。



 「で……でもさ、あいつの家に行って、ただレコード聴かせてもらっただけだしさ、何もなかったし……」

 「はあー!!? ほとんど面識もなかった女の子の、家にまで行ったの!?」

 「ほんとにただ行っただけだよ! それに最後はなんか……気まずくなっちゃってさ、えーと……いつか殺す……みたいなこと言われて」

 「何それ、コワッ!! それって、完全に目をつけられたんだよ! だから言ったじゃん!」



 もう何を喋っても墓穴を掘ってしまい、収拾がつかなかった。毘奈の僕と霧島へ対する疑念は、天井知らずに増すばかりだ。

 ここはもう、変に隠し事をしても仕方がない(既に大体喋ってしまったが)。今は皆がここまで恐れる、霧島 摩利香のことを深く知ることの方を優先しよう。



 「わかった、わかったよ! 確かに霧島に言われるがままついて行っちゃったのは事実だ。でもさ、実際話してみると、ちょっと人とは変わってるけど、とてもそんな悪い奴とは思えなかったぞ?」

 「ほーんとに、吾妻は何も知らないんだから! まあいいよ、誰も聞ける人いないだろうから、私が知ってること全部教えてあげる!」


 

 周囲から孤立していたこともあり、僕は本当にこういう話には疎かった。

 果たして、学園最凶と恐れられる謎の美少女、霧島 摩利香とは一体何者なのか? 彼女はどこからきて、何と戦い、何故あんなにも恐れられるのか?

 僕は謎に包まれた霧島 摩利香の扉に手を掛けようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る