第18話 婚約者と相当にアレな性癖

 とりあえずジャニスをなだめ、トイレに行ったのだが……迷った。おかしいな、曲がる所を間違えたのかしら。使用人に聞こうにも、人気がない。


「あ、にーさまのおひめさまだ!」

「ほんとだ!にーさまのおひめさま!」


 ちみっ子二人が駆けてきた。


「あら、ジュリとジュレ。こんにちは。使用人の方はどうしたの?」


「「まいた!」」


 流石は獣人。子供といえど、身体能力が高い。


「そうなのね。ねえ、わたくしをジャニスのお部屋に連れて行ってくれないかしら?」


「「いいよ!」」


 気になるなら見てしまえばよいのだ。ジャニス本人は私に見せてもいいと思っていたようだし、これも縁というやつだ。


「あのね、にーさまはおひめさまがすきなんだよ」

「だから、おひめさまがへやいっぱいなの!」


「……ん?」


 私がいっぱいとな?どういう事が考えていたら、すぐにジャニスの部屋へ到着した。


「にーさまはおひめさまがだいすきだから、はいってもきっとおこらないよ!」

「おひめさまがだいすきだから、きっとおへやにおひめさまがいたらよろこぶよ!よんでくるね!」


 双子は嵐のように走り去った。あまり時間に猶予は無さそうだ。


 ためらわずに部屋の扉を開いた。

 室内にはベッド、本棚、机と椅子。

 最初はよくわからなかった。壁が複雑な文様でゴチャついているのかと思ったら、違った。それは、写真だった。しかし、量が尋常ではない。部屋の中にはおびただしい数の写真。写真写真写真写真写真写真写真写真写真写真写真写真写真。

 窓も、天井も、隙間なくみっしり写真が貼られていた。


「………へ」


 そして、よく見るとその写真達には共通点があった。必ず同じ人物が写っているのだ。そう、写真にはすべて私が写っていた。よく見たら、枕も掛ふとんもクッションにも私と思われる女性がプリントされている。


「これはすごいわ……」


 見覚えのある写真から、撮った覚えが無いものまで。なるほど、人によってはこの部屋に狂気を感じて怖がるだろうなぁ。


「これも私かしら」


 椅子にチョコンと座る女の子のぬいぐるみは、私と同じ髪と瞳の色だ。とりあえずぬいぐるみを抱っこして椅子に座ってみた。天井にもみっしり写真があるので、私はあんまり落ち着かないなぁ。


「もうおしまいだ!すいません、お嬢様!お嬢様の心的外傷に対してなんとお詫びしていいか……!」

「我が子ながら、なんでこんな子になってしまったのか……!一生かけて償います!!」


 いつの間にか来たらしい侯爵夫妻の方が心に傷を負っている気がするのだが、気のせいだろうか。私は首を傾げた。ジャニスは涙目なのだが、どうしたというのか。


「俺の部屋にマジョリカ様が……!この椅子一生洗わない!」


 ジャニスは感動していたらしい。

 この部屋を見て、驚いた。日本のおぼろげな記憶から、ジャニスは私のストーカーであると結論した。だが、それがなんだというのか。



 素晴らしい。

 そう、非常に素晴らしい執着である。



 ここまで私に執着している男ならば、間違っても浮気などするまい。

 さらに、床には写真がない。シーツなんかの敷布にも私のプリントがない。これはつまり、写真であっても私を踏んだり下敷きにしてはならないという思いやりの現れ!彼は本気で私を大切にしたいのだろう。

 最高ではないか!彼なら私の本性も受け入れてくれるに違いない!!


「ジャニス」


「はい」


 写真を力いっぱい引っ剥がした。


「ぎゃあああ!?」

「私が……本物がいれば、写真なんていらないわよね?」


「………へ?」

「いらないわよね?」

「はい!」


 睨みつけたら頷いた。うむ。素直でよろしい。


「私の方が写真よりいいわよね?」

「はい!」


「じゃあ、撤去しましょうね」

「………はい」


 耳と尻尾がしんなりしている。かわいそうだが、この部屋で暮らすのは流石に遠慮したい。


「そのかわり、私と毎日会いましょう。公爵邸の離れを私と貴方のお家にするわ。すぐに改装するわね」


「い、いいんですか?」


「ええ。貴方がこの写真達ををアルバムにしまったご褒美よ。流石にこの部屋は落ち着かないもの。私も貴方と暮らすのだから、多少は私の好みに合わせてくれると嬉しいわ」

「しまいます!今すぐしまいますとも!」


「ねえ、ジャニス」


 彼はせっせと写真を丁寧に剥がしていたが、私が呼んだらすぐに作業の手を止めて近寄ってきた。忠犬のようだ。氷の騎士様はどこかに行ってしまったらしい。


「なんですか?」


「私が貴方を監禁したいと言ったらどうします?」

「いいですよ。一応仕事、辞表出してからでもいいです?そこはけじめつけないと。シフトとかも困るでしょうし」


 ジャニスは真顔だ。まさかノータイムでオッケーしてくるとは思わなかった。しかも、長期の監禁を想定して身辺整理まで。

 彼は本当に私の理想そのものだ。こんな男とは二度と出会えないに違いない。


「辞表を出す必要はないわ。監禁したいけど、それは駄目だって理解しているもの」


「別に俺はかまいませんよ?貴女が喜ぶんならなんでもします。それこそ、不安なら歩けないように足の健を切ってもいいし、喉を潰してもいい」


 ジャニスは、とても純粋で狂気じみている。なんて素敵な男性なのだろう。そして、若干素がでている。いい感じだわ。


「でも、そうしたら貴方と結婚できないわ。貴方が痛い思いをするのも嫌」


「……そうなんです?」


「そうよ。王太子殿下は、私をこの国に縛り付けておきたいのよ。私が本気を出したら、この国の経済が大変な事になるしねぇ。そもそも、ウチの稼ぎ頭である時兎族は私の言う事しか聞かないから、私を敵に回せば確実に国が滅ぶわ」


 稼ぎ頭の時兎族は転移ゲートを管理する一族。彼らしか転移魔法は扱えない。つまり、私は転移という移動手段を牛耳っているわけだ。転移ゲートは設置型のためどこにでも行けるわけではないが、設置すればその土地に莫大なお金が流れる。だからこそ、誘致するために他の貴族達は必死で私の機嫌をうかがうのだ。

 ジャニスがあからさまに嫌な顔をした。


「なるほど、逆もまた然りですかねぇ。俺、一応ドラゴンスレイヤーの称号持ちなので、万が一のために縛り付けときたいみたいなんですよねぇ。俺はマジョリカ様以外に縛られたくないんですけど」

 

 ドラゴンスレイヤーとは、一騎当千の戦士に与えられる称号であり、ドラゴンの血を浴びた戦士でもある。ドラゴンスレイヤーは国に一人いるだけで、牽制になる。それほど与えられるのは稀なものであり、実際の戦争において、たった一人で戦局をひっくり返したなんて話もある。


「そうなの。王太子殿下にとっても、この婚約はとても利になるものだったのね」


「そうだと思います」


 ドラゴンスレイヤーを監禁だなんて……早まらなくてよかったわ。大損失じゃない!本人は足の健を切ってもいいとか言ってたけど……いいわけないわ!


「ねえ、ジャニス」

「はい」


「私に毎日どこで何したか報告書を書いてくれますか?」

「いいですよ。昨日の分、今書きます?なんか居るなあと思ったけど、マジョリカ様のとこの使用人だったから放置してましたが……あ、三十分単位でいいです?」


「いいですよ。全くついていけなかったってうちの子泣いてたわ」


「そりゃ、悪いことをしましたね。はい、昨日の分です」


本当にいい男だ。差し出したその手を引っ張り、抱きついた。


「ジャニス、私は決めました!!貴方と結婚します!なるべく早くできるよう、両親にお願いしてきますわ!」

「お願いします!」


 そこでようやく硬直していた侯爵夫妻とジャニス兄に声をかけた。写真を引っ剥がしたあたりから、何故か放心して固まっていたのだ。


「そんなわけで、変な女ではございますが末永くよろしくお願いたします!ジャニスは必ずやわたくしが幸せにいたしますわ!」


「マジョリカ……!俺も全力で君を幸せにすると誓うよ!」

「ああ、ジャニス……!」


「ええとつまり……色んな意味でお似合いの二人ってこと?」


 呆然としつつもジャニス兄が呟いた。お似合いだなんて、照れますわー!

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