第12話 お昼ご飯と婚約者
あれから第二王子に会うこともなく平穏に過ごすことができた。今日のランチは何にしようかしら。
「マジョリカ様……」
無駄に顔がいい婚約者殿が頬を染めてバスケットを差し出してきた。そうか……今日も作ってくれたのか。何時に起きてるんだろう。ちょっと気になる。
しかし、バスケットのサイズからして明らかに女性騎士二人の分は無さそうだ。
「えっ、パイセン手作り!?」
「お前らの分はない。マジョリカ様の分だ」
「……うわぁ……愛が重たいですね……」
「ケチッス。気が利かねぇッスな。まあ、パイセンの手料理なんざ、何が入ってるかわかんねぇからタダでも食べねッスけど」
「よし、死ぬか?」
ジャニスが凶悪な笑顔を浮かべたので、とっさに誤魔化すことにした。
「エクレアちゃん、ショコラちゃん。これでランチを食べてきて」
私の学生証をエクレアちゃんに渡した。この学生証は、クレジットカード的にも使えるのだ。使い方を説明したら、エクレアちゃんが怯えてしまった。
「ぴええええ……つまり、悪用できるすんげぇ怖いカード様じゃないッスか!」
「悪用しないでしょう?学食のメニューを全制覇したってよろしくてよ。私を誰だと思っていますの?その程度、痛くも痒くもないわ。それより、食べる時間が無くなることのほうが問題よ。迷惑料だと思って、遠慮なく食べてきなさい。これから、当面昼代は私持ちよ!ほら、お行きなさい!お昼ご飯抜きは辛いわよ!」
「ゴチになります!」
「ありがとうございます!」
そう言って急かすと、二人は慌てて食堂へと駆け出した。
「ごめんなさい、貴方に確認せずに行かせてしまいましたわ」
「問題ありません。あいつらは人数合わせみたいなものですから。では行きましょう」
なんとなくだが、ジャニスの機嫌は直ったようだ。わずかに微笑んでエスコートしてくれた。
昨日と同じく人気のない裏庭にシートをひいてランチを食べた。今日は白身魚のフライサンドがメイン。フルーツサンドがとても美味しい。海藻のサラダまである。
「美味しい……ジャニスはお料理が上手ですのね」
「いえそんな……」
ジャニスは目を伏せて誤魔化すように食べ始めた。食べる速度は早いのに、下品に見えないからすごい。あっという間に自分の分を平らげてしまった。
そういえば、ご褒美……あげてないわ。ふと、食べかけのフルーツサンドが目に入った。かじったところはちぎって、かじってない部分を彼に差し出す。
「ジャニス、あーん」
「!?」
目をかっぴらいたまま真っ赤になるジャニス。この顔って照れている……のかしら?
「ほらほら、頑張ったご褒美ですわよ。あーん」
「あ、あーん……」
「美味しいですよね」
「……いやもう、味とかわからないですけど幸せです。ありがとうございます」
真っ赤なジャニスって可愛いわ。和んでいたら、ジャニスから質問をされた。
「……あの」
「何かしら?」
「あのアホのどこが良かったのでしょうか」
アホって第二王子よね?どこ……?
「顔かしら。でもね、昔は私達……もっと仲良しでしたのよ」
第二王子がアホになってしまったのは私の責任も結構ある。昔はとても仲良しだった。成長するにつれ、私の方が勉強のできがよくなり差が出てきた。当初は第二王子も負けじと頑張っていたが、要領の差なのか私に勝つ事は無かった。
第二王子は勉強で勝つ事を諦め、違う方法で私より優位に立とうとした。
私は、そんな彼を囲うことにした。
愚かになるように、何もできないように、私が全て面倒を見るつもりで。
ヤバいわ。かなり私にも責任があるのではないかしら。ふり返ってみれば、私も私でなかなかやらかしている。王家も途中からは私に任せていたし……私なら第二王子をコントロールできると思われていたようだし。
そもそも、第二王子って立ち位置が結構微妙だったのよね。あれで正妃の子供だから、下手をしたら国王になった可能性もある。
私にその気があったなら、恐ろしい事に奴は王太子になっていたかもしれない。私は王妃になるより公爵夫人として自領の統治と商売がしたかったから、あえてそっち方面の教育を受けず私は公爵位を継ぐための勉強に勤しみ、周囲にもそれをアピールした。
王太子殿下がかなり優秀だったこともあり、現状彼が次の王でほぼ決まりだろう。
「うーん、結構私も第二王子殿下に酷かったかもしれませんね」
私の都合で彼は王座を遠ざけられた。そういえば、その件で不満を言われたこともあったね。仕方ないじゃない。私は王妃になんてなりたくないもの。
「いや、だとしてもアホはやり過ぎです。勝てないとしても努力を続けるか、別の秀でたものを探すべきですよ。王座が欲しければ、他の者と婚約するなりマジョリカ様を説得して努力すべきでした。そもそも、どれもマジョリカ様を蔑ろにしていい理由にはならない。今回の件は因果応報、身から出た錆です」
「まあ、私への態度についてはそうね」
せめて表向きだけでも私を大事にしていたなら、仮面夫婦になっていたと思う。それよりも、今の方がずっと楽しいから、きっとこれでよかったの。
よく考えたら、美しくて好き勝手させてくれる婚約者に、権力と使い切れない程のお金……。私って今、すごく幸せなのでは!?
「どうしました?」
「大変ですわ、ジャニス!私ったら、今がとても幸せかもしれないのです!思い切って婚約を白紙撤回してよかったですわ」
「そうですか」
ジャニスは僅かに微笑んだ。少し笑ってくれるようになったわね。やはり笑顔の美形は目の保養だわ。
「そうですの。ところでジャニス、貴方はいつまで私をマジョリカ様と呼びますの?」
「ぐふっ!?」
「私は貴方をジャニスと呼ぶのですから、当然貴方も私をマジョリカと呼ぶべきですわよね?」
「げほっ……ぐふっ!」
紅茶が変な所に入ったのか、ジャニスはしばらくむせこんでいた。
「あらあら、大丈夫ですの?」
顔を覗き込んだら、何故か赤かった。え?私には呼び捨てでってねだった上におかわりまでしておいて、その反応は何??あわよくば、私にもタメ口でとお願いするつもりだったのに。
「心の準備をさせてください……できたら一ヶ月ぐらい……」
「長過ぎましてよ!?」
ジャニスはそのまま両手で顔を隠して転がってしまった。ジャニスの照れるポイントが、よくわかりません。
後でさり気なく戻ってきたエクレアちゃんに聞いたところ、種族にもよるが基本獣人男性が女性を呼び捨てで呼ぶのは『愛してるよハニー』と言うようなものらしい。え?じゃあ……もしや私って『愛してるわダーリン』って言わされてましたの?
エクレアちゃんは、知らないほうがいい事ってあるッスよねーと否定も肯定もしなかった。
エクレアちゃーん!答え!答えをプリーズ!!
※獣人は女性が優位になりがちなので、別にマジョリカが呼ぶのはおかしくないが正解です。
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