第8話 (元)婚約者候補がクズすぎる件

 点滴を受けて元気になったジャニスとディナーをする事になった。私が経営する店の一つに行くことにする。お気に入りの店はいくつかあるが、中でもここの料理は最高なのだ。経営者権限で上級顧客用の特別個室を用意してもらった。持つべきものは、お金と権力!


「何でも好きなものを食べてちょうだい」


「その……あまり詳しくないのでマジョリカ様が選んでくださいますか?」


「食べられない物はありまして?」


「マジョリカ様が食べろと言うなら何でも食べます。むしろ、マジョリカ様が好む物を食べたいです」


 ジャニスは真顔だ。冗談なのか本気なのか、さっぱりわからない。


「……では、コースにしましょう。お肉とお魚はどっちが好きかしら?」


「肉が好きです」


 良かった、これは答えてくれた。魚よりもお肉が好きなのね。覚えておこう。


「では、このディナーコースで。メインは肉でお願いするわ。飲み物は……今日はノンアルコールカクテルで。ジャニス様はワインをお飲みになりますか?」


「……ええと……」


「ジャニス様、甘いものはお好き?私、ここのノンアルコールカクテルが好きですのよ。顧客に合わせて作ってくれますの」

「同じもので」


 ジャニスが私を好きかはさて置き、私が好む物を知りたがっているのは確かなようだ。なんとなく気恥ずかしくて……嬉しい。


「ジャニス様、ありがとうございます」


「はい?」


「今日は、とても楽しかったですわ」


「こちらこそ、ありがとうございます。とても楽しかったです」


 おお!?笑った……だと!?ジャニスがにこやかに笑うなんて、初めてでは!?

 そして次の瞬間、皿が割れる音がけたたましく響いた。


「マジョリカ様、見てきます」


「私の店よ、私も行きます」


「わかりました。くれぐれも私から離れないでください」


「ええ。頼もしい婚約者がいて良かったわ」


 言うが早いか、互いに駆け出した。

 騒動の元凶はすぐに見つかった。店員に怒鳴り散らす、出来損ないの三次元男。どう見ても、あれが騒動の元だろう。


「何がありましたの?」


「あ、オーナー!その、実は特別個室を使わせろと言われたのですが……あの方ってもうオーナーの婚約者候補様ではないんですよね?」


「……ええ、そうよ」


 まだこの店にその通達は出していないはずだが……洋品店の支配人辺りが気を利かせて他の店舗にも通達したって所かしら。


「特別個室はオーナーがお使いでしたし、鉢合わせてオーナーの気分を害するのは避けたほうがよいと判断してチーフがお引取りを願ったのですが……」

「逆に激高して暴れたわけですね」


 それにしても、また別の女連れか……。私は本当に、あの男のどこが好きだったんだ……?顔……そうか、やはり顔か。今は受け付けない顔か。あと声もか。

 まあ、今となってはどうでもいい。それより現状の対処をしなくてはならなない。アホとはいえ、腐っても第二王子。平民の店員達では分が悪かろう。


「何事ですの?」


「オーナー!」


 じろり、と第二王子を睨みつけた。睨みながら突き飛ばされたと思われる店員に声をかける。


「説明なさい」


 わざと他の客に聞かせるため、あえて倒れた店員から説明をさせた。


「第二王子殿下が予約もなくおいでになり、特別個室を使うとおおせでしたが、現在特別個室は使用中でして……誠に申し訳ないのですが本日はお引き取りいただくか、他のお客様同様お待ちいただくかになりますと申しました。すると、殿下は激高なさいまして、私を突き飛ばしそちらのカートにぶつかりましたので皿が割れ、大きな音を出してしまいました。申し訳、ございません」


 店員の対応に問題は無さそうだ。ため息をついて殿下に身体を向けた。


「殿下、この店は殿下の私物ではありません。私の店です。なぜこのような狼藉をなさったのか、うかがってもよろしいでしょうか」


「お前の教育がなっていないから、指導してやったまでだ!平民ふぜいが王族を門前払いするなど、不敬罪で処刑されても文句は言えないだろう!この程度で済ませてやったのだ!寛大な処置だろうが!!」


「なるほど?不敬罪ですか」


「そうだ」


「では、何故殿下は捕縛されませんの?」


「……は??」


 第二王子がポカンとした。仕方がないので、アホでもわかるように説明する。


「よろしいですか?今まで殿下が無料で買い物や食事ができていたのは、私の婚約者候補だったからです。いずれはどの店も殿下のものになるわけですから何も言いませんでしたし、私も許可しておりましたの。ですが、婚約は先日白紙撤回されました。つまり……どういうことになるのかしら?」


「……つまり、この店からすれば今の殿下は無銭飲食の常習犯……ですかね?そりゃ、当然ながら王族だろうと無銭飲食する奴は客ではない。当然ながら入店自体が拒否されますよね。しかも、元婚約者候補の店に他の女連れとか……常識的にありえません。しかも、妥当な説明をした店員に暴力行為までしています。なんなら私が無銭飲食と暴行の現行犯で、今捕縛しましょうか?」


 ジャニスが懐から縄を出した。あの……大変お顔が怖いですよ?おまわりさーん……のかわりである騎士は貴方でしたわね……。でも、いくら王太子専属の近衛騎士とはいえ、第二王子を捕縛してもいいのかしら??

 ところで、その縄はいつも持ち歩いている備品なのかしら?それとも特殊性癖なのかしら……気になるわ。


「……そうですわね。とりあえず捕縛していただいて、壊したお皿の請求書と一緒にお城に送りつけましょうか。あ、そこの貴方!支配人を呼んでちょうだい。ついでにこれまでの請求書もまとめて持ってくるよう伝えて!」


「こちら、捕縛完了です」


「むぐ!むぐぐ!!」


 第二王子は猿ぐつわをかまされた上に縛られていた。あ、これは縄抜けできない縛り方だわ。流石は近衛騎士。顔が真っ赤だけど……まあ青くないし鼻は出ているから窒息もしないでしょう。

 連れの女性は捕縛された第二王子を見て逃げた。見覚えがないから、平民なのかしら?賢い判断だわ。こいつに関わってもろくな事はないもの。

 ところで、腐っても王族なのに護衛はいないのかし……居たけどなんだか怯えているわね。何に怯えているのかしら。とりあえず護衛と思われる人達に話しかけた。


「ええと……第二王子殿下をこのまま王宮に……」

「責任持ってお届けします!!」

「すいません邪魔してすいません!!」

「ヤメようって何度も言ったんですよマジでええええ!ごめんなさいすいません勘弁してくださあああい!!」


「??」


 後ろのジャニスを見るが、無表情である。威嚇しているように見えるのかもしれない。


「ジャニス様、捕縛してくれてありがとうございます。もし第二王子殿下から苦情がありましたら、私のお願いで助けたときちんと言ってくださいね?」


「問題ありません。王族のくせに無銭飲食するアホの言葉など、誰も聞きませんよ」


 おっと、辛辣ぅ!でも、正直嫌いじゃないわ。思わず笑っちゃったじゃない。


「それはそうね。護衛さん達、寄り道せずにお願いするわ。さて、こちらで飲食中の方々、多大なご迷惑をおかけしました。お詫びに、本日の食事代は全額オーナーであるわたくしが持たせていただきます。どうぞ、今後も当店をご贔屓に」


 優雅に礼をすると、拍手が聞こえてきた。せっかくのディナーだったのに、アホのせいで台無しだわ。高級店は評判が命。食事代は迷惑料と口止め料だ。




 特別室に戻る途中、ジャニスが話しかけてきた。


「マジョリカ様、かっこよかったです」


 そう言ってジャニスが笑ってくれた。その笑顔を見てあの騒動も悪くなかったと思うなんて、私ったら単純だわ。


「貴方もなかなかでしたわよ。さ、私達もディナーを楽しみましょう」


 そう言って腕をギュッと抱きしめたら、目をかっぴらいていた。振りほどかれなかったので、嫌がってはいないんだと思いたい。

 いつかこの表情の意味がわかる日は来るのだろうか……。とりあえず、この後のディナーは楽しく美味しくいただけたのでよしとしよう。

 今日のノンアルコールカクテルは桃とオレンジのファジーネーブル風だった。普段と違ってフルーツがハート形だったのは、デート仕様なのかしら。少し気恥ずかしいけど、なんとなく嬉しかった。

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