第6話 婚約者を守るモノ

 午後の授業は魔物について。この世界には魔物も存在する。倒して魔石から魔道具と呼ばれる品を作る。魔物は脅威であり、資源でもある。


 ゲームのシナリオだと、そろそろ魔王が復活するんだよね。あれ、ということは旗色が悪くなれば近衛とはいえ騎士であるジャニスも前線に出る危険性があるのではないか。


 私の婚約者は、私が守らねばならない。


 今こそ公爵令嬢の金とコネと権力の使いどき!!


 ノートを取りつつ、効率的に回れるルートを計算するのだった。





 授業が終わった!婿を守るためにいざゆかん!私は立ち上がると迷わずジャニスの手を取った。


「ジャニス様、本日の休暇、残り時間を私にください!」


「え?はい。いくらでもどうぞ」


 首を傾げたが、ジャニスはあっさり同意した。言質は取ったぞ!レッツゴー!

 学校内の馬車スペースで待機していた御者に声をかける。


「マルクス!鍛冶工房に急いで!」

「へい!喜んで!!」


 毎度その返事は公爵家の御者としてどうよと思うのだが、それを補って余りある程に腕が良いのがマルクスだ。馬車に保護魔法を展開し、馬への強化魔法も併用できるマルクスは、普通の馬車の数倍の速さで走らせることができるのだ。しかも、馬車内は快適。彼の馬車に乗ると、他の馬車が嫌になるのだ。


 マルクスのおかげで、すぐに工房へ到着した。


「親方ー、いるかしら?」


「おう、お嬢か。依頼か?」


「ええ、大急ぎで彼に剣を作って欲しいの」


「え」


 いきなり話を振られて驚くジャニス。親方はジャニスの身体を見ている。


「ほうほうほう……獣人か。いい筋肉してやがるな。利き手は左……右も使えるか。このタコからして基本は左で長剣、右は投げナイフか短刀だな」


「はい。手だけでわかるのですか?」


「手と筋肉のつき方だな。実用的ないい筋肉だ。お前さんなかなかの手練だな。お嬢、この仕事、受けた!」


 親方に認められるとは、流石は私の婚約者。未来の婿である。この親方、ドワーフの中では変わり者で、人の町で鍛冶仕事をしていた。その腕を見込んで私がスカウトしたのだ。最高の設備で最高の装備を作らないかと聞くと、親方は頷いて私の手を取った。

 そして、親方は才能を開花させた。現在では奇跡の天才鍛冶師、またの名を鍛聖とも呼ばれる私の隠し玉で、稼ぎ頭でもある。

 そういや、ゲームで最終武器を作ったドワーフがいたような……。親方に似ているような……?親方は失敗した三次元じゃないから気のせいよね??うん、気のせい気のせい!


「ええ、お願いしますわ!ボーナスで欲しがってた秘蔵の火酒もつけちゃうわよ!」


「大盤振る舞いだな、お嬢」


「素材はこれでね」


 とっておきの鉱石を惜しげもなくゴトゴト置いていく。


「おいおい、ナニを作らせるつもりだよ!?マジか!?兄ちゃん、何者だ!?」


「私の婚約者ですの!未来の婿殿のために、最高の剣を作って欲しいのよ!未来の婿殿の命はお金では買えないわ。これは大盤振る舞いではなく、必要経費よ!」


「いや、婿殿を何と戦わせるつもりだからこんな……まあ、やるけどな。こんないい素材、なかなか使えねぇし!おら、兄ちゃん!計測するぞ!」


「え……」


 ジャニスはどこが遠い目をしたまま連れて行かれた。どうしたのだろうか。




 しばらくしてジャニスは開放された。まだまだ買いたい物があるので次に行かねば。


「あ、いけない。大事なことを忘れるところだったわ」


 親方に耳打ちしたら、楽しげに笑ってくれた。


「オーケーオーケー!いや、お嬢もついに目が覚めたか!そうかそうか!だから兄ちゃんが未来の婿ってか!承知したぜ、お嬢!! 二度とここの敷居はまたがせねぇぜ!!」


「……何の話ですか?」


「うふふ、まあ色々ね。次に行かなきゃいけないから、急ぎましょう」





 武器とくれば、防具なのだが……。


「いい……素材がいいから、全部いいわ!」


「……ええと……まだ着るんです?」


 ここで罠が発生した。イケメンだから、何でも似合う!しかし、いい装備を買わねばならない。防具は未来の婿殿の身体を守るものなのだ。しかし、素材がいいから何でも似合う。いっそ試着したやつ全部買っちゃうか?

 そう、私が経営する服飾兼防具店でジャニスファッションショーが開催されてしまった。


「いやまあ、マジョリカ様が楽しいならいくらでもお付き合いしますけど、そもそも……騎士団には制服があるから使わないと思いますよ?この鎧とかは」


「…………(ニコッ)」


 そ の 通 り だな!!


 ついつい無駄にファッションショーやっちゃったわ!!素材が良すぎて何でも似合うからつい!!制服あるからいらねぇってそらそうよね!仕方がないから笑って誤魔化そう!!


「そうね!遊びはここまで!アミュレット持ってきて!!騎士団の制服につけられるやつ!!」


「何と戦わせるつもりなんです?いやまあ、マジョリカ様がやれって言うならドラゴンぐらいまでならなんとかしますけど。こんなお高い物つけて戦うのはちょっと嫌なのですが」


 こやつ、真顔で何を言っているのだろうか。ドラゴンって騎士団が一丸になって勝てるかどうかな生き物だろうが。私はそんな無茶振りせんわ。


「言いません。昨日の薔薇のお礼と、婚約祝を兼ねての贈り物です。何より、貴方の身を守るためなのですわ。貴方は私の婚約者なのですから、怪我なんてしては駄目よ。アミュレットは壊してもいいわ。あなたが無事なら安い物よ」


「……はい」


 なんだかうつむいてしまった。生意気言うなよ小娘がとか思われているのかしら。とりあえず、見た目は普通だけど最高級のアミュレットも用意できたからよしとしよう。武器も防具も問題なしね。武器は多少時間がかかるけど、いいものができるでしょう。まあ、魔王復活までには間に合うわよね?多分。


「あ、支配人」


「はい」


 耳打ちすると、支配人が目をかっぴらいた。早足でジャニスに近づき、くれぐれも!くれぐれもお嬢様をよろしくお願いしますと言っていた。

 やめろ、婚約者殿に事故物件だと思われたらどうしてくれるんだ。そんなによろしくするんじゃない。あと、手は握るな。私の婚約者なんだぞ。


 不安に思ったが、ジャニスは比較的(多分)上機嫌だったのでよしとする。


「俺も買い物していいですか?これが欲しいんですが」


 赤い石のネックレスだった。しかし、見るからに女性ものだ。え?これをジャニスが?……ありだなきっと似合うに違いない。


「素敵ですね」


「ええ、貴女にとても似合うと思う。その……もっと豪奢なものをお持ちとは思いますが……プレゼントさせてください。婚約の記念に、残るものとして渡したいのです。花は枯れますし……」


 私 に か !!


「うれしい……ありがとう」


 もっといい言葉があったと思うけど、胸がいっぱいでそれしか言えなかった。赤い石はジャニスの瞳と同じ色で、とても素敵だ。モチーフは薔薇。私達の婚約祝いにぴったりではないか。華美過ぎないから普段遣いもできる。こっそり学校でもつけていこうかな?

 こういうプレゼント、初めて!私は第二王子に貢ぐばかりで、貰ったことがないのだ。思い返すと、やはりあやつクソだな。思い出さなきゃよかった。テンション下がったわ。


「ねえ、ラッピングはいらないわ。今つけてくれる?」

「喜んで!今すぐ買います!!」


 ジャニスはものすごい勢いで走り、すぐにネックレスを持って戻ってきた。髪を持ち上げれば、ジャニスがネックレスをつけてくれた。ひんやりとしたチェーンの感覚が嬉しくてたまらない。


「似合うかしら?」


「はい……」


 おい、お前そう言いつつこっちを見てないじゃねぇか。何故かジャニスは両手で顔を覆ってうずくまっていた。

 また鼻血だろうか。興奮して勢いよく走るからだよ。鼻血対策に回復魔法入りのアミュレットも購入すべきか結構真剣に悩んだ。

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