第5話 婚約者が何をしたいのかがわからない

 ご飯を食べようと言ったのに、私は何故か人気のない裏庭に来ていた。それというのも、ジャニスが私を先導したからだ。


 裏庭の日当たりが良さそうなところにシートを敷いてクッションまで出した。マジックバッグというやつね。容量が見た目と明らかに違う。便利だから私も持っているやつだ。


「どうぞ、お座りください」


 勧められるがままに座ると、今度はお弁当が出てきた。ジャニスは紅茶を淹れている。お弁当はサンドイッチなのだが……私が好きな具材ばかり。スライス玉ねぎたっぷりの照焼きチキンに、フルーツサンド。グリーンサラダもある。野菜や果物が多めで、男性が好むとは思えないラインナップだった。

 というか、全部私の好物なんだが??なんでだろう。まあ、嬉しいからいいけど。


「……何故私の好物をご存知なのです?」


「ぶぇっ!?そそそそそうなのですか!?し、知りませんでした!」


 めちゃくちゃ動揺している。これはどう見ても知ってたのがバレたヤベェって反応だ。基本反応が薄いジャニスにしては珍しい。


「ジャニス……正直に言えば、今なら許してあげましてよ?」


 彼の喉をソフトタッチで撫でた。喉仏がごくりと動く。別に悪いことはしていないのだから許すも何もないのだが、ノリだ。


「マジョリカ様が美味しそうに食べた物を記録しておりまして……」


「ん?」


 記録??なんでそんなことをするわけ??え?それ、いつから??


「昨日お屋敷に行った際にシェフからマジョリカ様が好きなメニューを指導していただき、どうにか及第点となったのがこれです……」


「え、手作り?」


 プロ並みの盛り付けのこれが?手作り??やべぇ、女子力負けてるじゃないか。


「すすすすいません!気持ち悪いですかね!?でしたらすぐ別のものを」

「お待ち。婚約者が心を込めて作ったランチを気持ち悪く思うわけがないでしょう。いただくわ」


「ありがとうございます!!」


 どう考えてもお礼を言う側なのは私だと思うのだが……私の婚約者はよくわからない男である。


「いただきます。あら、おいしい」


 サンドイッチをかじってみたら、肉は柔らかくてジューシー。野菜もシャキシャキだ。お世辞抜きで本当に美味しい。

 お礼を言おうとジャニスを見たら、何故か倒れていた。何かをブツブツ言っている。鼻血といい、体調不良なのかと思ったら違った。


「ああ……私が手ずから作ったものをマジョリカ様が食べてくれている……何という幸せか……!死んでもいい……いや生きる……こんなに幸せでいいのだろうか……」


 どうしたんだ、ジャニス。これなんか変なもの混入したの?流石の私も戸惑いを隠せないんだけど。お前ってそんなキャラだったっけ??

 とりあえず一人で食べるのは気が引けるし、ずっとこんなよくわからない事をブツブツ言われ続けるのも嫌だ。


「ジャニス様も食べてくださいな。私、ジャニス様とランチがしたいわ」


 起き上がりこぼしの如くジャニスが飛び起きた。そして、サンドイッチを食べ始める。真顔でモグモグするのは可愛いと思えなくもない。美形だからだろうか。美形って得だわ。


「貴方が淹れてくれた紅茶も美味しいわ。ありがとう、これだけの物を用意するのは大変だったでしょう?」


「あ、いえ。騎士団ではもっと大量に作りますし……ただ、完璧を求めたのでかなり失敗をしました。あ、失敗したものは家人や私が食べたので食材を無駄にしたりはしていません」


「そうなのね。はぁ、おいしい」


  空気が和んだと思ったのに、またしてもジャニスは目をかっぴらいていた。なんなの!?それどういう表情なの!?


「え、ええと……ジャニス。そういえば貴方は耳と尻尾があまり動かないのね」


 空気を変えようと別の話題を振ることにした。獣人の耳と尻尾は自然に動くと聞いていたが、彼の耳や尻尾はあまり動かない。何かを聞いていると耳がピクピクする程度には動くけど。


「ええ、我々はそういう部分で相手に感情を悟られると不利ですから……気合で動きを止めています」


「………気合で」


「はい、気合で」


 それ、気合でどうにかなるものなんだろうか??いや、どうにかなっているから動かないのか。


「……ええと、じゃあ気合をやめたらどうなるの?」


「動きます」


「……そう」


 動かないわけではないのか。そうなのか。もう少し仲良くなれたら、気合をやめてと言えるだろうか。尻尾を触れるだろうか。尻尾触りたい。まだ無理か。痴女扱いは勘弁してほしい。


「……動かしますか?」


 ゆるゆると尻尾が動いた。何故かジャニスは恥ずかしそうだ。なにそれ萌える。ごちそうさまです。


「ええと……ジャニス様が嫌でなければ、二人の時は気合はいらないかなと……」


「いえ、気合は必要です。気を抜けば……尻尾が大変なことになります」

「なんでだよ」


 気合を抜くと彼の尻尾はどうなるというのか。私と接するには、気合が必要ということなのか。彼はそんな相手と結婚していいんだろうか。


 我が婚約者殿は、今日もわけがわからない。


 とりあえず、ご飯が美味しかったのでまた作ってほしいと図々しくもお願いしたら、真顔でわかりましたと言っていた。

 褒めても反応が鈍いので、何がしたいかわかりません。どうするのが正解なんだろうか。

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