第21話:獄炎
ごうごうと燃え盛る屋敷。飛び交う怒号。
その隅で、新発田は瀕死の御守番の首根っこを掴んで尋問する。
「侵蝕人の姿が見当たらないが、どこにいる? 言え」
「ぐっ……オレは鴉天狗の御守番だ! そんなこと、教えるわけ――――ガァアアア!?」
要求に応じない御守番を、新発田は槍で突き刺した。
同時にその穂先は勢いよく燃え上がり、炎が御守番の全身を一瞬で包み込む。
「ちっ……どいつもこいつも、つまらぬ意地を張りよる」
千年以上の時を超えて人の手に渡った伝説の炎槍。その威力は伝説に違わぬものであった。
だが此度の使い手は、果たしてこれを持つに相応しい者であったろうか。
殲鬼の武名はもはや過去のもの。今この男がしようとしていることは――
「だがまあよい。どうせ侵蝕人は皆殺しだ。すでにこの集落は包囲している。一人たりとも逃がしはせん」
炭のようになった骸から槍を引き抜き、新発田は部下に指示を飛ばした。
「騎馬武者はもっと奥の方を探せ! 侵蝕人を見つけたらこっち側に追い立てろ!」
「はっ!」
騎馬武者二人が、屋敷の門へと向かう。
が、門を出た瞬間に二人ともが馬から転落してしまった。
「新発田! やはりお前の仕業だったか!」
槍を手に現れたのは、忠信だった。
それを見て、新発田は一瞬の驚きを見せつつも、ニヤリと口角を上げる。
「誰かと思えば、甘粕のガキか。最近鴉天狗ごっこをしていると噂には聞いていたが、こんな所にいたとはな」
「これはなんの真似だ!? 謀反でも起こすつもりか?」
「それも悪くないが、あいにくと兵力が足りぬのでな。ならばせめて、この国とおさらばする前に、お世話になった鴉天狗にささやかな礼をくれてやろうと思うたのだ」
「?」
この時の新発田の顔に浮かんでいた笑みは、もはや人のものではなかった。
「侵蝕人を守るという名目でここまで来た鴉天狗の者どもが、侵蝕人を皆殺しにされたら、一体どんな顔をするのかな?」
「この……! 腐れ外道が!」
そのおぞましい言葉に、信忠は激昂し、槍を振るって打ち掛かる。
越後国を代表する豪傑に、まだ少年とも言える年頃の若輩者が挑む――一見無謀なことのようにも思えたが……
―――!? このガキ……
ものの一合、二合で軽くあしらわれた前回とは、まるで別人であった。
豪腕から繰り出される新発田の攻撃を、信忠はまともに受けることはせず、巧みな体捌きと槍捌きで受け流す。
新発田はその戦い方に見覚えがあった。
「貴様……才蔵から槍の手ほどきを受けたな?」
「ああ、でもそれだけじゃない。あなたと戦うことを想定した訓練も受けてきた。もう……前回のような不甲斐ない私ではない!」
言うなり、信忠は槍を突き出す。
見切れないほどの速さではない。が、竹のようにしなる信忠の槍は、回避する新発田を追尾し、その頬に傷を走らせた。
元々、武芸の才がなかったわけではない。
信忠の父は剛弓使いとして名を馳せた元殲鬼隊員である。槍と弓の違いはあれど、信忠はその才をしかと受け継いでいるようだった。
信忠の槍は、動く獲物を正確に捉える。
新発田はしばしの間、純粋な槍術だけで応戦した。
新しい槍が手に馴染んでいないとは言え、圧倒的格下だと思っていた相手を、素の力でねじ伏せられないことが許せなかったのだ。
それは武士としての、最後の意地であったろう。
だが長くは続かなかった。
一つ、また一つと生傷を増やしていく新発田。その穂先が、ついに火を吹いたのだった。
「!?」
「どうだ、驚いたろう? 須弥仙岳の妖怪を殲滅したという、伝説の炎槍――迦楼羅だ」
「妖刀の類か? どこでそんなものを……」
「曹徳寺の本殿に祀られていたのを頂戴したのよ」
「なっ!? 新発田……お前は一体どこまで……っ!」
地位も名誉もすべて失った新発田には、もう恐れるものなどなかった。恥も外聞もなく、ただ欲動の導くままに……
欲しい物は手に入れた。
あとは憎たらしいものを破壊し尽くすのみ。
鴉天狗がこの地に来ることさえなければ、新発田はここまで落ちぶれることはなかった。すべて思惑通りに行くはずだった。なのに……
新発田の否定したいものが今、目の前に広がっていた。
―――貴様らのすべてを奪い、我が覇道を狂わせたことを後悔させてくれる!
新発田が槍を振り回すと、その憎悪を具現化するかのように炎が渦を巻く。
『迦楼羅・
そこから繰り出された突きを、信忠はかろうじて槍で受け流す。
「ぐぁっ……!?」
だが渦巻く炎は槍の防御をすり抜けて、信忠の肩を焼いた。
鋭い痛みに顔を歪ませつつも、信忠はさらに身を引いた。直後、迦楼羅の纏っていた炎の渦が勢力を増し、信忠のいた空間を呑み込んだ。
「まだまだぁああ!」
すっかり上気した新発田は立て続けに振り回しと突きを浴びせかける。
この時点で信忠にはもうなす術がなかった。大火傷覚悟で突っ込んでどうにかなる相手でもない。炎のせいで近付くことすらできず、ズルズルと後退していく。
そして――壁。
「どうした? 儂を倒すための訓練を積んできたのではないのか? ククク……残念だったな。所詮無駄な努力よ」
所々服が焼き切れ、肩で息をする信忠を嘲笑するように新発田は言った。
「なんとみすぼらしい姿だ。だが貴様にはそれくらいがお似合いだ。死ね! 成り上がりの田舎者め!」
炎槍迦楼羅が激しく燃え盛る。
最大火力で信忠を葬り去るつもりだ。
だが槍を突き出そうとした次の瞬間、炎を浴びたのは新発田の方だった。
「!?」
折しも巻き起こった突風が、炎を吹き飛ばしたのである。
新発田の足元には矢が突き立っていた。
「ちっ……もっとみすぼらしい奴が来たな」
燃え上がる屋敷の屋根には、袖の破れたような毛皮を纏った大男。
武蔵坊である。
「テメェ……新発田! これは一体どういうことだ!?」
「見れば分かるだろう。侵蝕人を皆殺――」
ドガッ!
新発田が言い切るより早く、武蔵坊は飛び降り様に拳を叩き込んだ。
槍で受け、仰け反るように後退する新発田。
新手から主を守るため、それまで見守っていた晴家の私兵が動き出す。
「晴家様を守れ――ぎゃっ!?」
だがまたしても現れた新手に、二人が瞬く間に斬り捨てられた。
唯月。善見山城にいる鴉天狗の者たちに急を報せたあと、武蔵坊とともに先行していたのである。
「唯月。ここはオレがやる。お前は侵蝕人の避難を優先してくれ」
「……分かった。他の幹部たちもじきに来るはずだ。無茶はするな」
「心配いらねぇよ。分かってんだろ。オレがこんな奴に負けるわけねぇって」
「ふん……」
心配というよりは、名残惜しそうに唯月はその場をあとにした。
大胆不敵な武蔵坊の口ぶりを、新発田は嘲笑った。
「……こんな奴に負けない? ククク……妖怪。その自信はどこから湧いてくる? この儂を見くびり過ぎだ」
それを聞いて、壁にもたれていた信忠が思い出したように忠告する。
「武蔵坊さん、気を付けてください! 新発田は炎を操る妖槍を手に入れて、以前よりも遥かに強くなっています!」
「……のようだな」
ゆらりと構え、敵手を睨みつける武蔵坊。
新発田もまた不敵な笑みを浮かべて、槍の穂先を下げて構える。
先に動いたのは武蔵坊。新発田は槍を振り回して炎の渦を作り、向かい来る敵に渾身の一撃を放つ。
『迦楼羅・渦焔突き!』
だがすでに武蔵坊の姿はそこにない。
「!」
壁を蹴る音に反応し、新発田は咄嗟に槍を動かした。
ガッ!
横合いから飛び出した武蔵坊がその炎槍を両手で掴む。黒く硬化した両の腕が、熱気で歪んで見えた。そのまま槍を粉砕する気である。
だが、先に音を上げたのは武蔵坊だった。
「ぐおぉおお!?」
対抗するように槍から吹き出した炎が、手を焼き、顔に吹きつけ、武蔵坊は堪らず手を離した。
「クク……どうやら火力はこちらの方が上のようだな」
「野郎……」
ヒリヒリと痛む腕を気に掛けながらも、武蔵坊は気迫十分に新発田を睨みつける。
新発田にはそれが滑稽に映ったようだった。
「なにをそんなに必死になることがある? 侵蝕人など、いつ人に牙を向けるかも分からぬ厄介者ではないか。死なせてやるのが世の為だとは思わぬか?」
「ふざけるな! 邪気に侵されていようが、あいつらはあいつらなりに、人として生きようと足掻いてんだよ。なにも知らねぇ奴が、死んだ方が世の為とか勝手なこと抜かすんじゃねぇ!」
「綺麗事を……どうせ放っておけば人を襲うようになるのだろう? ならばそうなる前に殺してやるのが道理というものよ」
その言葉は、武蔵坊の胸の奥に燻っていたものを烈火へと変えた。
「だから……勝手なこと抜かすんじゃねぇって言ってんだ!」
鴉天狗の者たちが幾度となく浴びせられてきた言葉。
半妖として生きてきた武蔵坊自身も、生きていく中で幾度となく苛まれ、一度は受け入れてしまいそうにもなった。
だが今の武蔵坊は違う。それでも生きようという確固たる意志と信念があった。
村の者から愛されて育った武蔵坊は、その大切な者たちを守るために妖怪とも戦った。これからも彼らとともに生きたかった。なのに、妖怪だからという理由で牢に繋がれた。
受け入れられるわけがない。そんな世の中でいいわけがない。
武蔵坊が侵蝕人を守りたいと思うのも、そうした境遇を重ねていたからだ。
彼らは人より邪気が多いだけで、鴉天狗の保護する者のほとんどは人になんら危害を加えていない。御守番の見守りがあるとはいえ、彼らの多くは人並みに生きているのだ。
そんな彼らを世の為にならぬと一方的に決めつけ、排除しようとする世の中が、武蔵坊には許せなかった。
「たった今、人の道を踏み外してるのはどこのどいつだ! ああ!?」
怒号とともに殴り掛かる武蔵坊。
感情任せの単調な攻撃だが、予想を超えるその勢いに新発田は押し込まれる。
―――チッ……こやつ、完全にヤケになっておるわ……
感情の昂りは妖力を高める。新発田の言葉が、武蔵坊の持つ妖本来の力を呼び覚ましてしまったようだった。
軽い挑発のつもりが、思わぬ方向に転がってしまったことに新発田は舌打ちする。
だが武蔵坊が冷静さを失ったこと自体は狙い通りであった。
押されに押され、逃げるそぶりを見せる新発田。
まっすぐに突っ込んでくる武蔵坊。
そこへ――新発田は守勢に回る間に溜め込んでいた炎をすべて解き放った。
『
龍が炎を吐くかのようであった。
槍先から放たれた炎は油を得たが如く、瞬く間に数十倍にも膨れ上がり、一帯を呑み込んだ。
勢いそのままに突っ込んだ武蔵坊は避け切れるはずもなく、腕を交差させたまま炎の中に姿を消す。
「ク……ハハハ! 愚かな妖怪よ。こんな単純な策に嵌りおって――――!?」
勝ち誇るように笑う新発田はしかし、燃え盛る炎の中から黒い影が迫り来るのを見た。
ガッ!
次の瞬間には、炎の中から伸びてきた異形の腕が、新発田の首根っこを掴まえていた。
鷲のように鋭く伸びた爪が、皮膚を食い破り、血を滴らせている。
「逃げんじゃねぇよ……テメェの勝手な都合で命を奪おうとしたからには、相応の報いを受ける覚悟はあるんだろうな?」
「馬……鹿な……!」
新発田を睨みつけるその顔も、もはやこの世のものではない。
腕と同様に皮膚は黒く硬化し、こめかみからは角のようなものも生えている。
それは言うなれば、地獄の罪人に責め苦を負わせる獄卒のようであった。
「世間から死を望まれながら生きてきたオレたちがどんな思いをしてきたか、身を以って知れ」
「ま、待て……! 早まるな! ぐ、あぁあああああ!」
鬼の目に宿る残酷な光に慄き、命乞いをする新発田であったが、もう遅い。
ジュウ――と肉の焼ける音がして、その体から急速に水分が失われていった。
あまりの高温に、新発田の背にあった建物がメラメラと燃え上がる。
夕焼け空に高く立ち上る黒煙は、まるで地獄の在りかを世界に知らしめるかのようであった。
武蔵坊はしばらく、ゴォオオ――と燃え盛る炎の音だけを聞いていた。
「――――さん! 武蔵坊さん!」
「!」
必死に名を呼ぶ声で、ようやく武蔵坊は我に返る。
振り返ると信忠がそこにいた。その顔は心配しているようでもあり、怯えているようでもあり――
「新発田は……もう……」
武蔵坊の手に握られていたのは、所々煤けた人の骨であった。
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