第20話:暴走
翌日――夜が明ける前に戦は終わっていた。
それはどちらの陣営にとっても、突然のことであった。
時は遡り――夜。
「晴家はどこだぁ!?」
曹徳寺は大混乱に陥っていた。
主君義氏が忽然と姿を消したのだ。その軍の総指揮を執っていた男とともに。
「信繁様! ちょっとこちらへ……」
大捜索の末、ようやく見つかったのは――
「っ……!? これは……」
首を失った骸。服装からして、間違いなく義氏のものであった。
誰の仕業であるかは、容易に想像がついた。
「なん……ということを……! 晴家ぇえええ!」
その頃、新発田晴家の姿は義弘軍の宿営の中にあった。
手に持っていた血まみれの布包みを、敵総大将の前で広げてみせる。
出てきたのは義氏の首。
新発田は主君の首を手土産に投降したのだった。
夜のうちに曹徳寺の残党も投降勧告を受け入れた。
半年間に及んだ越後の後継者争いも、これにて完全に終結したのであった。
結果として、義氏に味方した曹山宗は許され、義氏派の武将たちも死を免れることになったわけだが、後者の処遇については本拠地へ帰還してすぐに詳細が話し合われることとなった。
当初は、曲がりなりにも内乱終結の立役者となった新発田に恩賞と相応の地位を与えるはずであった。
だがこれには異論を唱える者が多数出た。
主君を裏切ったという点で、やはり心証が悪かったのだ。家臣たちは義弘も同様に裏切られる可能性を危惧した。
特に強く反対していたのが色部であった。
「元義氏派の間でも、晴家に対する怨嗟の声はよく聞かれます。もし晴家を厚遇するならば、彼らは反感を抱くことでしょう」
「確かに……信繁辺りが黙っていないだろうな」
信繁の怒りっぷりは、ここ数日家臣たちの間で話題になっていた。
「我々にとって今最も重要なのは、元義氏派の者たちと和解することです。内乱から立ち直り、国政を充実させるにあたっては、彼らの力が必要不可欠。そのためにもまずは、彼らに対する信頼を示してやらねばなりません」
色部の声には、やや冷酷な響きがあった。
「最後まで主君に忠誠を尽くした者と、主君を殺し相手方に寝返った者と、どちらを信頼するか――我々の姿勢を示しておく必要があるでしょう」
数日後、元義氏派の者たちに裁定が言い渡された。
各々で多少の差はあれど、概ね寛大な内容であった。ほとんどの者は帰参を許され、先代義秋の頃の働きが評価された者に至っては、元の役職へ復帰することさえ許されたのだ。
以前と同じ体制に戻すことで円滑に政を執り行うため――というのが表向きの理由であったが、一人だけ明らかに冷遇された者がいたことで、元義氏派の者たちは悟ることとなった。
自分たちは、新発田晴家より信頼されているのだと――
私邸で結果を知らされた新発田は、大いに不満であった。
与えられた役職は、実権のない名ばかりのものだったのだ。手柄に見合っただけの金品も贈られてきたが、それが余計に厄介払いの意図を感じさせた。
「ふざけるな! 誰のお陰で勝てたと思っているんだ!」
実際にはすでに勝負はついていたのだが、新発田はそう叫ばずにはいられなかった。
相応の恩賞を――少なくとも、他の義氏派の者たちより寛大な処遇を受けることを期待して行動を起こしたというのに、ものの見事に裏目に出てしまった。これほど阿保らしいことはない。
主君殺しという、武士としてはこれ以上ないほどの不名誉を、新発田はただ一人で背負うことになってしまった。
「晴家様、どちらへ!?」
「黙ってついて来い!」
新発田はすぐに行動を起こした。引っ越しでもするかのように荷物をまとめると、僅かな手勢を伴って屋敷を発ったのだった。
曹徳寺本堂――
人気のなくなった本堂の中を、新発田とその配下たちが進んでいく。
来た道には、何人もの僧侶がうめき声を上げながら横たわっていた。
「そこぉおおお!」
新発田らの前にまた一人、僧侶が現れる。
「下心が溢れ出ておるわ! なにをするつもりだ! いくら貴方様といえど、ここは無断で立ち入ってよい場所ではないぞ! 即刻立ち去れバカ――」
ドゴォ!
「ふん、相変わらずうるさい奴だ」
槍の一振りで僧侶を弾き飛ばし、新発田が向かったのは、本尊の安置された部屋。
中に足を踏み入れると、深みのあるお香の匂いがふわりと鼻をかすめた。灯明の淡い光が金色の装飾をかすかに照らしている。
正面には、槍を構えた武神の像が鎮座していた。鋭く光る双眸は、闇を貫くかのような威厳を宿している。片手に握られた三叉の槍は堂々と天を指し、その刃先は蝋燭の炎を映しながら、静かに揺れていた。
「越後の宝永山の異名が示す通り、太古の昔――
新発田は神像の手に握られた槍に手を掛ける。
「
グッと強く握ると、槍の穂先から炎がほとばしる。
「ククク……これは素晴らしい……! 本物だ!」
柄も徐々に熱を帯びていく。本来の持ち主である神像の指が、ゆっくりと緩んでいく。そして――
バキン!
槍は神像の手を離れたのだった。
「ああ……! なんと罰当たりな……」
「気にすることはない。どうせもうこの国に用はないのだからな」
「本当に……幕府の元へ向かうのですね?」
「そうだな……だがその前に、もう一つやっておきたいことができた」
「なんです?」
新発田は手にした伝説の槍をまじまじと見つめながら、えも言えぬ高揚感に包まれていた。
「儂の人生を狂わせた者どもに、目にものを見せてやるのだ。この迦楼羅を以ってな」
雪崩を打って山を下っていく新発田の軍勢を、林の中からうかがう者があった。
―――この方角は……まさか……
白銀の短髪に、爛々とした金色の瞳。顔立ちは美しく、少年にも少女にも見えた。その装束からして、月光のくノ一と分かる。
表情は彫像のように変化がなく、冷然としているのが常であったが、今はやや動揺しているようにも見えた。
―――武蔵坊に知らせなければ……
猫のように軽やかに木から飛び降りる白銀のくノ一。だが飛び降りた先に、また一つの影が降り立った。
「待て
「………」
月光の頭領――
「あれのことなら放っておけばいい。手出しは無用だ。これは他の全員にも伝えてある」
「……なぜです? 今、集落にはあの軍勢を防ぐだけの戦力は――」
「防ぐ必要はないと言っているのだ」
「!」
「目的を思い出せ、唯月。どうせ事が済んだ暁には足枷になる者たちだ。この際、まとめて間引いてもらおうではないか」
唯月の瞳がにわかに熱を帯びた。
「恐れながら……その命はお受けできません」
「!」
立ちはだかる十六夜を迂回して、唯月は飛ぶように走り去って行った。
「あの馬鹿……!」
唯月があれほど感情を露わにしたのを、十六夜は初めて見た。ましてや命令を拒否するなど、今までであれば考えられないことだった。
* * *
善見山の麓にはそこそこの規模の集落があった。
中央には長屋が建ち並び、外縁には大小の屋敷、さらに集落すべてを木柵が囲っている。それは長屋に住まう者たちを見張るための配置であった。
越後大名が、鴉天狗と彼らが匿う
豊かな自然と雄大な
ただ、宿場町として賑わっていた
「いい場所なんだけどなぁ……なんつーか、もっとこう……パーっと遊べる所ないかなぁ」
集落で一番高い屋敷の庭先で、
「八幡にいた頃は近場に歓楽街もあって、遊び場所に困らなかったんだけどなぁ……」
集落まで用意してくれた越後
「歓楽街とかはないですけど、この辺でも遊べる所はありますよ。猪狩りとかどうでしょう? いい狩場を知ってます」
目を輝かせながら自らの趣味を勧めるその若者は、背丈は成人ほどであったが、まだ十代半ばほどに見える。短めの総髪が初々しい。
元殲鬼隊の父
吉良義弘が越後大名になって以降、鵺丸と幹部たちは善見山城内に与えられた屋敷にいることが多く、普段からこの集落にいるのは侵蝕人とその縁者、最低限の御守番だけである。
鵺丸が妖しげな術で抑えているため侵蝕人の暴走もなく、抑え役の御守番も間引き役の月光も、今は本来の役目から解放されていた。
この日もまたのどかな時間が流れていたのだが――
「大変だ! 今すぐみんなを避難させるんだ!」
突然、信忠たちの前に、息を切らせた御守番が現れた。
紺色の服で見えにくいが、手傷を負っているようである。
「なにがあった!?」
「越後の兵が、急に襲って来たんだ!」
「越後の!? 信忠、これはどういう……」
「分かりません! 私はなにも!」
一瞬、疑いの目を向けられた信忠だったが、手傷を負った御守番に問う。
「誰の兵か分かりますか?」
「分からん! だが目立って強いのは大槍を持った男だった。あれは……ここにいる人だけではどうにもならん」
「!」
「早くしろ! みんな殺されるぞ!」
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