第七幕 曹山の乱

第19話:越後統一へ

 越後の内乱は義弘よしひろ派が善見山ぜんけんざん城を奪取したことで大勢が決したが、義氏よしうじ派の抵抗は半年が経過してもなお続いていた。

 国内勢力のことごとくが敵方につく中、義氏派は曹徳寺そうとくじに立てこもって、しぶとく抵抗を続けた。

 越後統一を阻んでいたのは、この寺を本拠地とする曹山宗そうざんしゅうの僧侶たちである。

「チッ、なんでお坊さんがこんなしょうもない負け戦に首突っ込むんだよ! テメェら関係ねぇだろ!」

 超重量の偃月刀で僧兵を弾き飛ばしながら、坊主頭の強面男がうざったそうにわめき立てる。

「恩返しのつもりなのだろう」

 冷静にそう答えたのは、目に隈のある色白男。両手には真っ黒黒な直刀が握られている。

「世事に疎いお前でも酒呑童子しゅてんどうじの話くらいは知っているな? あの騒動の時に酒呑童子に乗っ取られたのがここ曹徳寺だった。そして酒呑童子を討伐した剣士のうち二人までが義氏派についている。つまりそういうことだ」

「こっちだって片桐かたぎりがいるじゃねぇか!」

「あいつは越後の出身ではないからな。それにあいつが顔を出したところで、味方したいと思うか? あの体たらくで、おまけに酒呑童子の力まで持っていると来たら……」

「ケッ、使えねぇ奴!」

 今はぐうたら昼寝をしているらしい味方を罵って、偃月刀の男は新手の僧兵に向かって行った。


 義弘軍本陣――

「正門方面は着実に押し込んではおりますが、僧兵の抵抗が激しく、日没までの攻略は難しいかと思われます」

上江洲うえず犬童いんどうの二人を寄越したというのに、まだ粘るか」

 色黒の肌、漆黒の目を持つ男が、その報告を受けてため息をついた。

 鴉天狗からすてんぐの長――鵺丸ぬえまるである。

 善見山城の戦いで義弘派勝利の立役者となった鴉天狗は、今回の戦でも最強の切り札として期待されている。

「曹山宗の僧は棒術に長け、気を自在に操る特別な力を持つと聞き及びます」

 総大将義弘の側に控える男が言った。

 この戦で参謀を務める色部いろべ正成まさなりである。

「先代義秋よしあき様が酒呑童子と戦った際にも、曹山宗の何人かは酒呑童子に深手を負わせたとか。それだけの手練れ……一筋縄では行きますまい」

「ククク……面白ビックリな坊主たちもいたものだ」と鵺丸。驚きを口にするものの、焦る様子はなかった。「だが、結局は酒呑童子に勝てなかったのだろう? ならば問題ない」


 曹徳寺は山林の中に築かれた寺院で、戦国期には土塁や堀切が作られ、寺全体が簡易的な要塞と化していた。歩いて登るだけで修行になりそうなほどに山道は険しく、数で大きく上回る義弘軍が手こずるのもここに理由があった。

 今、鴉天狗お抱えの忍衆――月光げっこうの一人が木陰で息を潜めていた。

 彼らもこのような条件下での戦闘は得意としている。この隘路からの攻略を任されたのも、そうした能力を買われてのことだ。

 視線の先には巡回する僧兵。こちらに背を向け、木のそばを通り過ぎていく。忍は今だとばかりに小刀に手を掛けるが――

「そぉおおこかぁあああ!」

 突然振り向いた僧兵は、抜刀の隙すら与えずに木陰に潜む侵入者に棒を叩き込んだ。

 頭蓋を割られた月光の忍は、支えを失った木偶人形のようにバタリと倒れ込んだ。

「殺気が溢れ出とるわ馬鹿者が!」

 そう吐き捨てた僧兵は、次なる敵の気配を感じ取った。

「そこぉおおお!」

「なっ!?」

 木の上の死角から忍が飛び掛かるが、これもまたハエのように叩き落とされる。

 一分の隙もない。この僧兵一人に、すでに四人もの月光の忍が討たれている。

「む? この大きな殺気は……」

 今度は石垣の下から、なにかが勢いよく近付いてくるのを僧兵は感じ取った。

 敵から見つからないよう身をかがめ、棒を構える。

 そして敵の影が下から飛び出してきた瞬間、

「そぉおおこかぁあああ!」

 その脳天に渾身の一撃を叩き込んだ。

「貴様も殺気が隠しきれてないわバ……」

 決め台詞を言いかけて、僧兵は驚愕に目を見開いた。

 高級な樫の木でできた棒がベッキリと折れ飛んでいた。打たれた男はふらつく様子もない。

「痛ってぇな……なんだよいきなり」

「バ、バカ……バケモ――」

「馬鹿で悪かったな!」

 僧兵は顔面にお返しの拳を喰らい、林の向こうへ吹っ飛んでいった。

「チィ……お坊さん殴ってると、なんだか罰当たりなことでもしてるような気分だぜ」

 男は頭をさすりながら、複雑な思いを口にする。

 背丈は六尺約百八十センチメートルを超え、毛皮の服からむき出しになったたくましい上腕、浅黒い肌と精悍な顔立ちはさながら野生児のようである。

 妖怪犍陀多かんだたと人の間に生まれた半妖の男。名を武蔵坊むさしぼうという。

 彼は人に混じって暮らしていたが、村を襲った妖怪を退治した際に妖怪であることを知られ、牢屋敷に囚われるという不遇な運命に見舞われた。そこを鵺丸に拾われ、以来鴉天狗に付き従っているのである。

「いいんじゃないか? 罰当たらなそうな変な奴だったし」

 武蔵坊に続いて、どっこらせと石垣を上がってきた男が言った。

 笹野ささの才蔵さいぞう。妖力を宿した竹槍一本で戦う鴉天狗指折りの勇士である。

「そんなことより、集まってきてんぜ……面倒くさい奴も一人」

 道の先には多数の兵を引き連れた鎧武者の姿があった。

 新発田しばた晴家はるいえ――本庄ほんじょう信繁のぶしげと並び義氏派最強と目される大槍の使い手である。

「また貴様か。今日という今日は逃がさんぞ」

「血だるまになって逃げてたくせになに言ってるんすか」

 挑発に釣られて新発田が足を踏み出したが、そこで角笛の音が鳴り響いた。撤退の合図である。

「はぁ……せっかくいいところだったのに。血だるまにならなくてよかったですね。先輩」

「待て才蔵!」

 退散する才蔵に槍を振るって打ちかかる新発田。

 それを受け止めたのは、武蔵坊だった。

 素手で槍の穂先を掴んでいた。むき出しの腕は黒く変色し、所々棘も生えている。槍と接触した部分からは蒸気が立ち上っている。

「オレが火だるまにしてやってもいいんだぜ?」

 新発田が強引に槍を引き寄せると、武蔵坊も手を放し、その場を離れていった。

 小さくなっていく宿敵二人と、熱で穂先が捻じ曲がった愛槍とを交互に見遣って、新発田は小さく舌打ちした。


 寺の本堂に戻った新発田は、この籠城戦がもう長くは持たないであろうことを悟った。誰も彼もが満身創痍で、報告を聞く限りでも今日一日で多くの兵力が失われた。

「明日が最後になるやもしれぬな」

 深刻なつぶやきに振り向くと、そこには信繁がいた。

 見事な虎髭を生やしたその顔は英気に満ち溢れていたが、全身に布が巻かれ、動きもややぎこちない。

 善見山城で片桐と交戦した際の傷が、まだ癒えていないのである。

「すまぬな……私が参戦できぬばかりに。明日は私も出陣しよう。もはや勝敗を覆すことは叶わぬが、せめて最期くらいはこの名に恥じぬ働きをせねば」

「馬鹿を言え。その体でなにができるというのだ」

「なっ……!? 貴様なにを言うか!」

 長年の戦友からの思いがけない言葉に激昂する信繁。

 なお衰えぬその気迫に新発田はたじろぐが、

「い、いや……信繁。お主の力を疑っているわけではない。ただ……戦うからには最後まで勝つ方法を考えるべきだと言いたかったのだ。死に急ぐことはあるまい」

 苦し紛れの言い訳をして、その場を去って行った。

 つい本音が出てしまった。信繁が当初期待していたほどの働きをしていないことにいら立ちがあったのだ。

 趨勢を決定づけた善見山城の戦いでも、最大の敗因は信繁の敗走だったと新発田は考えていた。実際には信繁一人でどうにかなる戦況ではなかったのだが、それほどに信繁が敗れるのは想定外のことだった。相手が殲鬼隊時代には無名だった片桐だったと聞けばなおさら。

 その後の合戦にも信繁はまったく参加できなかった。そのせいで形勢逆転の機をことごとく逃していたのである。

 実のところ、新発田は義弘と義氏、どちらが主君でもよかった。ただ信繁が義氏に付いたからそれに倣っただけのことだった。圧倒的に優勢だと思ったから選んだ。ただそれだけだ。

 それなのに、いざ蓋を開けてみればこの様である。

 信繁の穴を埋め合わせるためにてんてこ舞いしては、すべて空回り。

 なんと惨めな最期だろうか……

「晴家よ。こんな所にいたのか……探したぞ」

 声がした。半年間、ずっと頼りなく感じた主の声である。

 振り返ると、そこには義氏がいた。

「愚かな私でも皆の様子を見れば分かる。明日はもう持たぬのであろう?」

 新発田が黙りこくるのを見て、義氏はまた悟った。

「そうか……すまぬな。私のためにここまでやってくれたというのに」

「殿……」

「だが、もう少しだけ力を貸してはくれまいか? そなたの……皆の努力を無駄にはしたくない。私なりに考えたのだが、今夜のうちにここを脱して、幕府を頼るというのはどうだ?」

 そう提案する義氏は、泣きつくかのような哀れな顔をしていた。

「先代の意向には反することになるやもしれぬ。だが私は、私のために尽くしてくれた者たちが、ここでことごとく討ち死にするのが耐えられぬのだ」

 義氏は、家臣のためを思って言っているつもりなのだろう。

 だが新発田の目には、そうではないように映っていた。

 この男は、自分の命が惜しいのだと。

「殿……お言葉ですが……」

 いやに落ち着いた口調で、新発田は言った。

 その瞳は夜の山林のように暗く、冷たかった。

「それならばもっとよい方法がございます」

 その言葉で、義氏の顔はパッと明るくなった。

 もとよりよい案だとは思っていなかったのだ。代替案があるならば縋りたいくらいであった。

「なんだ? 言ってみよ」

 期待を寄せて先を促す。

 夜風に混じって、白い閃光が走ったように見えた。

 義氏は首筋に生温かいものを感じた。

 だがそれも、一瞬のことであった。

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