第22話:変わらぬ心、移ろう心

 侵蝕人の援護に向かっていた唯月は、新発田の兵を出会い頭に斬り捨てた。

 向こう側にはさらにもう一人、逃げ惑う侵蝕人を追い立てる兵がいた。

 ここからでは間に合いそうもない。

 無防備な侵蝕人の背に、刃が振り下ろされる。

 が、その寸前――

 侵蝕人の影から細長い影が飛び出し、賊兵の体に纏わり付いた。

「ひぃ!? なんだこれは!?」

 賊兵の体を這いずり回るその影は、蛇の形をしていた。

 ―――この術は……

 唯月はそれに心当たりがあった。

 背に回った蛇影はぐんぐんと大きくなり、そこから現れた腕が、手にした黒刀で賊の首筋を切り裂いた。

 賊兵が倒れると、蛇の影から人が出てきた。

「お手柄だったな、月光のくノ一よ。お主が知らせてくれなければ、今頃悲惨なことになっていただろう。感謝してもしきれぬくらいだ」

 現れたのは鵺丸だった。

 鵺丸が腕をかざすと、目が一つしかない奇妙な烏がその腕に止まった。

「さて、向こうもカタが付いたようだな」


     *  *  *


 その夜――

 鴉天狗の幹部たちは、襲撃に遭った者たちを慰労するため、集落で一夜を過ごすことになった。

 この襲撃で、応戦した御守番が数名犠牲になったが、新発田が早々に討たれたためにそれ以上の被害は出なかった。

 集落に侵入した賊はすべて斬り捨てられ、外で包囲していた賊兵も夕闇に紛れて逃散してしまった。


 集落の外れの開けた場所に、二人の男女の姿があった。

 武蔵坊と唯月である。

 他の者たちが鵺丸の屋敷でくつろいでいる中、武蔵坊が一人浮かない顔をしてふらりと出歩いたのを見て、唯月が付いて行き、そのまま二人で散歩をしていたのだ。

「初めてだった……本気で人を殺そうと思って殺したのは」

 武蔵坊は低くつぶやいた。

「あの時、オレはただ、あの男を骨も残さず焼き尽くしてやりたかったんだ。この世から消し去ってやりたかった。当然の報いだとは思ってるけどな」

 唯月は無言でその表情を覗き見る。普段は自信に満ち溢れている男が、今は深く眉を寄せ、なにかを噛み締めるように唇を引き結んでいる。

「思い知らされたよ……自分があんな残虐なことができる奴なんだって。人らしく生きようと足掻いてはみても、所詮オレは化け物なんだって」

 握り締めた拳が震えていた。武蔵坊の瞳には、諦めにも似た自己嫌悪が浮かんでいる。

「この調子で、いつか本当に人の道を踏み外しちまうんじゃないかって思うと……怖いんだよ」

 静かな夜の中、武蔵坊の声だけが虚空に溶けていく。

 じっと武蔵坊を見つめていた唯月だが、やがて武蔵坊と同じ空を見上げて、一歩進み出た。

「私には人の道というものが分からない。ただ上の命令で動くだけだ。だがお前の生き様を見届けてきた者として、お前がどう生きたいのかは分かっているつもりだ」

 唯月の声音はいつもと変わらず淡々としていたが、そこには確かな意志が宿っていた。

「もしお前が、己の望まぬ道へ進もうとするならば――その時は、私が命を懸けてお前を止めよう」

「!」

 武蔵坊はビックリして唯月を見た。

「お前、月光の忍だろ? オレなんかのためにどうしてそこまで……?」

 問われた唯月は、今までの冷淡な表情からは想像もつかないような、柔らかな微笑みを浮かべた。

「ふっ……どうやら、私も少しおかしくなってしまったようだ。今ならお前の気持ちも、少しは分かるような気がする」

「?」

「安心しろ。私から見てお前はさほど変わっていない。最初に会った時からずっと、信じた道をまっすぐに進んでいる」


 このやり取りを、木陰から覗き見る者が二人いた。

「唯月め。最近様子がおかしいと思っていたら……やはりそうだったか。妖怪なんぞにうつつを抜かしおって」

御頭おかしらの命令を無視したって本当だったんですね……まさかあの唯月がね」

 月光の頭領十六夜と、地獄耳の木耳きくらげである。

甲賀者こうがものも顔負けの戦闘能力と伊賀者いがもののような冷徹さを併せ持った逸材であったが、あれでは使い物にならん」心底がっかりしたような目で、十六夜はくノ一を眺め遣った。「今後の作戦に支障が出ては困るのでな……ここらで降りてもらうしかあるまい」


 翌朝、いつもより早く起きた武蔵坊は不思議と清々しい気分であった。

 ―――そういや、あいつに一言もありがとうって言ってねぇな……

 集落の危機を報せてくれたのも、憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれたのも唯月だった。

 感謝を伝えても素っ気ない反応が返って来そうなものだが、昨日の唯月は少し違っていた。どちらにしても、これだけのことをしてくれた者に感謝の言葉の一つもないのは、としてあるまじきことだ。

 しかし、どれだけ探し求めても唯月は見付からなかった。

 困り果てたところで、月光の頭領に出くわした。やっとのことで告げられたのは――

「唯月なら極秘の任務で離脱した。オレから言えるのはそれだけだ」

 ただ、それだけだった。

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