赤いきつねと緑のたぬきを食べたら就職がきまった話。

いぬまる

丸山と緑野と赤井さんの話

 あるアパートの一室で一人の男が目覚めた。その男の風貌はどこか煤けていて、目を開けているのに何処も見ていない、そんな無気力な目をしていた。

 男は起き上がるもののベッドに座ったままボォーっとしている。しばらくすると男のお腹から「グー」という音が聞こえてきた。


「腹減ったな、出前でも取るか。」


 男は腹を満たすために出前を取ろうとした。だがふと時計を見てみると時刻は夜更け。男の住んでいる近くでは出前の取れる時間が終わっていた。


「仕方ない、コンビニ行くか・・・。」


 男は外に出るために支度をする。肌寒いので上に1枚上着を羽織り、財布とケータイを手に持ち外へ出かけた。

 トボトボと歩きコンビニにたどり着き暖かい店内へと入る。そして何を買おうかと考えていると、コンビニの扉が開き新たに客が入ってくる。男は気にせずに商品棚を見ていた。


「「丸山(さん)?」」


 丸山と呼ばれた男は突然声をかけられ体が跳ねる。そして恐る恐る声をかけられた方を向いた。そこには少しふくよかなタヌキ顔な男と、すらっとしていてキツネ顔な女がいた。


「緑野に赤井さん・・・」


 声をかけてきた者たちは丸山の知り合い、かつての同僚だった。


「ごめん、急いでるんで・・・」


 丸山は気まずくなり、本当は何にもないのに商品を買わず足早にコンビニを出る。その際にかつての同僚に声をかけられた気がしたが、気のせいだと立ち止まらずに出ていく。そのまま家の方に向かって歩いていると・・・。


「待ちなよ丸山!」


 緑野と呼ばれた男が追いかけてきた。


「何か用でもあるのか緑野」


「ああ、少しそこの公園で話さないか?赤井さんも直ぐにくるから。」


「少しだけなら・・・」


 丸山はここで断るとさらに気まずくなると思いその提案を了承した。二人が公園へと入るくらいで赤井と呼ばれた女が走ってきて二人に合流する。3人は公園にあったベンチへと座った。

 赤井はコンビニで何かを買ってきたみたいで、持っていたビニール袋から缶コーヒーを取り出し、それを全員に配った。


「どうぞ丸山さん、ホットコーヒーですが」


「ありがとう赤井さん」


 丸山は缶コーヒーを受け取り礼を言う。

 全員が静かにコーヒーを飲んでいると、緑野が話を切り出す。


「最近はどうしているんだい丸山?」


「特に何も・・・」


「そうかい・・・まああんなことがあったしね、ゆっくり休んでもいいと思うよ。」


「ああ・・・」


 丸山は小さな声で返答して、そのまま黙ってしまう。


「しかし許せませんよね、あのクソ上司!自分のミスなのにそれを全部丸山さんに被せて、その上その責任を取れとか言って退職させるなんて!」


「本当だよ!許せないよあいつ!」


 赤井と緑野がグチグチと上司に向けて愚痴っている横で、丸山は自身にあったことを思い出す。


 それはあるプロジェクトの事。その上司がメインにプロジェクトを進めて、丸山はその補佐をしていた。ある時にそのプロジェクトにおいて重大なミスが発生した。それを上司は丸山にミスを押し付けて首にした。そのおかげなのかプロジェクトは何とか持ち直したらしい。

 そうして首になり、何もかもやる気がなくなりただ無気力に1日を過ごしているのが丸山の現状であった。


「悪い、そろそろ帰るわ」


「あっ、ごめんね。ついあいつの愚痴ばっかり・・・」


「すいません丸山さん・・・。あっこれよかったらどうぞ。私たちからの差し入れです」


 丸山が帰ろうとすると、赤井が持っていたコンビニの袋を渡してくる。丸山はそれを受け取り帰ろうとする。すると緑野と赤井が声をかけてきた。


「丸山、また連絡するよ!」


「丸山さん!私も連絡しますね!」


「ああ・・・それじゃあ・・・」


 そうしてかつての同僚と別れて家に帰った。家に帰り着くと、男のお腹が「グー」っとなった。


「あ・・・何も買ってなかったな。このもらった袋の中に何かないかな」


 そう言って袋の中身を確認する。


「あ・・・これ・・・」


 コンビニの袋から出てきたのはカップ麺であった。『赤いきつね』と『緑のたぬき』だ。


「なつかしいな・・・あいつら、自分の名前と顔を合わせるとこうなるって言って、3人でよく食べてたな」


 そう言いながら男はカップ麺を食べるために湯を沸かし、まずは『赤いきつね』に湯を入れた。待ち時間が経つのをそわそわと待つ。そして時間が経ったので蓋をはがした。


「そうそう、この匂い。そしてなんといってもこのお揚げ・・・うまい」


 男は夢中で食べきり、今度は『緑のたぬき』に湯を注ぐ。早くできろ早くできろと繰り返し呟き、時間が経つと「できた」と嬉しそうに声をあげた。


「このふやけた天ぷらが良いんだよな。でもあいつらは後で入れてサクサクなのがいいって・・・」


 男は食べながらかつての事を思い出していた。

 まだ入社したてだった頃、よく3人で集まってあーだこーだ言いながら仕事の展望を話し合い、いつかすごい仕事を成し遂げるんだと言いあっていた。


「ぐすっ・・・うっ・・・」


 男は自分でも気づかないうちに泣いていた。涙がスープに落ちてしまい、少ししょっぱく感じてしまった。


「はは・・・お礼、言わなきゃな・・・」


 男はそう言ってスマホを取り出し、かつての夢を語り合った同僚二人にお礼の言葉を送った。


 ・

 ・

 ・


 次の日、男は目を覚ますと変わっていた。

 無気力だった目は光を取り戻し、やる気に満ち溢れていた。

 男はその日からがむしゃらに動いた。直ぐに就職先を決めて働きだし、その会社で精力的に働いてメキメキと昇進していった。

 その間にもかつての同僚達と連絡は取りあっていたが、直接会うことはなかった。しかし男が再び働き出して数年たったある日に、たまたま3人の予定が合ったので会わないかという事になった。

 男はかつての同僚達に、俺の自宅で飲まないかと誘う。かつての同僚達はそれに了承し、男の家へ集まった。


「いらっしゃい二人とも!」


「おじゃまするよ丸山」


「おじゃましますね丸山さん」


 緑野と赤井を部屋へ招き入れて、お酒とおつまみを飲み食いする。そうしているうちに3人は小腹がすいてきた。すると丸山がいい物を買ってあるといって用意しに行った。

 そうして丸山が何やら持って戻ってきた。


「お待ちどうさま!」


「あれ・・・」


「これって・・・」


「ああ、とってもいいものだろう?」


 丸山は笑顔で二人にそう言い、二人もそうだねと返した。

 そうして丸山・緑野・赤井は、3人にとって思い出となる『赤いきつね』と『緑のたぬき』を食べだした。緑野と赤井はやいのやいの騒ぎながら食べていた、丸山は一人静かにそれを見ていた。


(あの夜に、無気力だった俺に元気をくれた二人。)


 丸山は二人からカップ麺に視線を移し食べ始める。


(そしてそれを思い出させてくれた思い出の食べ物。)


 やいのやいの言っていた二人はいつの間にか静かになり丸山を見ていた。丸山は笑顔で返し2人にも食べようと促し、3人は食べ勧める。しかし緑野と赤井はまた直ぐに何かを喋り始める。それを丸山は笑顔でゆっくりとカップ麺を食べながら見ていた。


 幸せの味を噛みしめながら・・・。


                                  終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤いきつねと緑のたぬきを食べたら就職がきまった話。 いぬまる @jokusukida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ