もしもしボックス




「もしもしボックスって知ってる?」

「何それ、もしもボックスじゃなくて?」

 うちの大学の近くに、変わった場所があるらしい。学食で薄いカレーをすすっていると、暇なら見に行こうと志村に誘われた。

「あれだよ」

「電話ボックスじゃん」

 大学構内から歩いて十二分、村岡が指したのは、ガラス張りの直方体、普通の電話ボックスだ。最近は公衆電話も珍しくなってきたが、わざわざ見物に行くほどのものではない。

 これは特別なんだよ、と村岡は言う。

「遠くにいる人と話ができるんだ」

「電話ボックスじゃん」

「いいから、試してみろよ」

 言われるがまま一人で電話ボックスに入る。

 番号を押す必要はない。十円玉を入れて受話器を持って呼びかけるだけでよかった。

「もしもし?」

「――アニキ」

 受話器に手を当てて、電話ボックスの外で待っている村岡を呼ぶ。

「おい! どういうことだよ! これ!」

「だから言ったじゃん、特別だって」

 受話器から聞こえてきた声は、弟のものだった。声変わりをしていない、中学生当時の声にそっくりだ。でも、そんなはずはない。

「十年前に、弟さんが交通事故に遭ったって、この前話してたろ。だから声だけでも聞ければって」

「え?」

「夜の二時に、ここの電話に向かって、話をしたい人をリクエストするんだ。次の日の昼の二時に来て、受話器を取るとその人と話ができるんだよ」

 もしもしボックスの噂を説明してくれた。確かに、これは特別らしい。でも……。

「死んでない」

 手が震える。電話ボックスの外の志村がやけに遠くにいるように感じられた。

「弟が交通事故に遭った話はした。大きな事故だった……でも、死んでないんだよ!」

 盛大に骨折した弟は、数ヶ月の入院を余儀なくされた。しかしその後回復し、運良く重い後遺症も残らなかった。成績の良かった彼は、現在東京の大学で元気に学生生活を満喫している。

「じゃあ、この受話器の向こうにいるのは……?」

 受話器から、紙やすりで擦ったようなノイズがした。慌てて受話器を耳に当てると、数秒の沈黙の後、野太い声が聞こえてきた。

「……騙されなかったか」

 何者かがため息をした気配があり、そのまま一方的に、電話は切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る